人間嫌いの最強探索者、成り行きでダンジョン配信者を助ける ~ダンジョンに籠り続けてたけど、これを機に少しずつ外に出てみようと思います~

ゆーき@書籍発売中

第一章

第一話 限界を迎えつつある俺の前に――

 ここは静岡県浜松市。

 都市の中心たるアクトタワーからそう遠くない場所にある住宅街。

 そこにある、ごくごく普通の一軒家に俺――川品大翔かわしなたいがは住んでいた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 この時期特有の冷たい強風に吹かれながら、必死に自転車を漕いで帰宅した俺は、荒い息遣いを整えながら家の中に入る。

 暗い玄関。そこで手袋を外し、上着のポケットに突っ込むと、靴を脱いで家に上がった。そして、直ぐそこにあるリビングへと向かう。


「……」


 一瞬躊躇いつつも、俺は意を決してリビングのドアを開けた。

 すると、そこにはソファで酒を飲んだっくれている父と、愉快そうにテレビを見ている母の姿があった。

 父は俺の姿を見るなり、立ち上がると、一気に詰め寄って来た。

 そして、酒臭い息を吐きながら、声を荒げる。


「おい! 今日の金出せやぁ! さっき借金取りクソ共が来やがったぞ!」


「……はい」


 怪しい所からも金を借りている父は、そう言って早く金を出せと言ってくる。

 そんな父に、俺は言われるがまま、懐から今日のバイトで稼いだ分の金が入った茶封筒を取り出した。

 父はそれをひったくると、イラつくままに茶封筒を破き、中身を確認する。


「……ちっ しけてんな。この前借金が増えたんだから、その分これから稼いで来い、役立たずが!」


 そう言って、父は俺をリビングの外に叩き出した。


「役立たずが……ったく。産まなきゃ良かった。お前なんて」


 ソファにどっかりと座る母は、俺を見るなりそんな言葉を吐き捨てる。

 直後、父によってバタンとリビングのドアが閉められた。


「……ははっ」


 暗い廊下で、俺は自分でもよく分からない、不気味な笑みを零すのであった。

 その後、俺は2階にある自室へ行くと、上着とネックウォーマーを脱ぎ、リュックサックを下ろした。

 そうして身軽となった俺は、自室のドアを閉めると椅子に座る。そして、机の上に置かれているノートパソコンを開いた。


「さて、やるかぁ……今日の執筆」


 これからやるのは小説執筆。

 こう見えても俺はラノベ作家で、本も出している。主に書いてるのは鬱系で、読者からは”リアリティがある”などと称賛されている。

 ははっ そんな称賛も、俺には皮肉に聞こえたよ。何故リアリティがあると言われるのか、それは身に沁みて分かっている。


「……だが、向いてはいるし、稼ぐ為にもやらねぇとな……さて、今日はこのシーンか」


 これから書くのは、学校でのイジメのシーン。俺はそれを、、執筆していく。

 直接、間接、傍観者。

 救いは無い。

 そんな光景を、ディスプレイに刻んでいく。


「……こんなところか」


 1時間ほどかけて、今日書く予定だったシーンを書き終えた俺は、とあるネット小説のサイトに移る。

 そして――今生きている唯一の理由とも言える、web小説を読み始めた。

 俺は、ラノベを読むことが好きだ。

 好きなジャンルはファンタジー物。その中でも、最近はダンジョン物をよく読んでいる。

 冒険し、誰にも害されない強さを手にする主人公たちの姿に、俺は憧れていた。

 ああ、この幻想ゆめが現実になったら、どれほど幸せだろうか。

 物語を読みながら、俺は何度目かも分からない、その考えに思いを馳せる。


「……時間か。早く行かねぇと」


 午後4時を指す時計を見て、俺は一気に現実へと引き戻された。

 上着、ネックウォーマー、手袋を着用した俺は、リュックサックを背負うと、また外に出た。

 理由は――次のバイト先に行く為。


「……はっ もう限界だよ」


 そんな言葉が、無意識に口から零れ落ちる。

 普通のクズだった父が死んだ事で、本当のクズである母の歯止めが利かなくなり、そして母が再婚し――

 小学3年生から始まった地獄の日々。

 学校で、俺に関わってくる奴は全員敵だった。傍観者が、仏に見えた程だ。

 逃げられる場所に逃げても、結局家に連れ戻される。

 結局、俺に関わる人間は全員、俺を苦しめるんだ。好きの反対は無関心と言うが――俺にはその無関心こそが最良だった。

 ああ、もう――人間なんて嫌いだ

 この日々も――そろそろ終わらせたい。


「……だが、弱い俺じゃ、どうすることも出来ねぇんだよ……」


 全てを諦めたかのように、深くため息を吐いた俺は、雑念を払うと自転車を漕ぎ始めた。


 ◇ ◇ ◇


 午後9時50分。

 バイトを終えた俺は、冷たい夜風に吹かれながら、取りあえずといった様子でスマホを開いた。

 そして、母からメールが届いていることに気が付く。


「……マジかよ。嫌だなぁ……」


 恐る恐る内容に目を通した俺は、思わず頬を引きつらせ、気を落とす。

 なんとそこには、壊れたから牛刀を買って来いと書かれていたのだ。


「ちっ 雑に使いやがって……買ってくるしかねぇのかよ……殴られるの確定で」


 こういう何か買って来いと命令された場合、基本的に俺がその日稼いだ金から出すことになっている――と言うか、それしか手が無い。

 そして、そうするとその日父に渡す金は減るわけで……


「あいつは、俺の事情なんざ知ったこっちゃないからな」


 どうせ、「うるせえ! 少ねぇんだよ稼ぎが!」と怒鳴られ、殴られるのがオチだ。


「……憂鬱だ」


 そう言って、俺はげんなりとしながらも、逆らうことなんて出来る筈も無く、渋々牛刀を買いに行った。


「……はぁ。思ったより高かったな」


 何とか牛刀を購入した俺は、ため息を吐きながら、駅周辺を歩いていた。

 まさか、牛刀があんなに高いだなんて、思いもしなかったよ。

 無論安い物もあったが、安物過ぎると「なに安物で済ませようとしてんだよ!」と怒られる故、仕方ないのだ。

 1人に怒られるか2人に怒られるか。

 俺は前者を取った。それだけだ。


「まあ、いいや。早く帰って、あいつらが寝静まった頃にラノベの続きでも読むか……」


 唯一の楽しみを口に出し、気を紛らわせようとしながら、俺は線路下の駐輪場に停めた自転車へと向かって、歩き出した。


「……ん?」


 バスターミナルの前まで来たところで、俺はふと異変を感じた。

 これは――揺れている?

 立ち止まってみると、確かに足裏から振動を感じた。

 やがて、その揺れは次第に大きくなっていき、それに伴い周囲では悲鳴の混じった騒ぎが広がっていく。


「地震か」


 自分でも驚くぐらい、冷静に状況判断が出来た俺は、とうとう南海トラフでも来たのかと思いながら、その場にしゃがみ込むと、リュックサックで頭を守った。

 だが――やがてその揺れは、予想だにしない結果をこの場に齎す。


 ガラン、ガララン――


 前方から聞こえてくる、テレビのニュースで聞いたことがあるような、建物が崩れる音。

 そっと視線を向けてみると、バスターミナルの一部が、次々とその下に広がっている通路に崩れ落ちていたのだ。


「マジかよ……こっちは大丈夫か!?」


 バスターミナル周辺に立ち並ぶビル――それらが倒壊しないか気が気でなかったが、意外なことにそれらは大して揺れている感じでも無かった。


「最近の耐震技術すげぇな」


 悠然と聳え立つビル群を目にし、そんな場違いな言葉を口にした――直後。


 ガラガラガラガラガラ――


 まるで限界を迎えたかのように、バスターミナルが完全に下へ崩落した。

 自身を打ち付ける轟音と激しい揺れ。

 俺はそれを必死にしゃがみながら耐え続ける。

 するとやがて、鳴り響いていた轟音が収まり、それと時を同じくして揺れも収まった。


「あ~何とか助かったか……」


 俺は思わず安堵の息を吐くと、頭を守っていたリュックサックを、そっと下に下ろした。

 ふと、俺はバスターミナルの方に視線を向けた。すると、そこにはバスターミナルとほぼ同じ大きさの大穴が開いていたのだ。


「やっば……」


 とんでもない光景を目の当たりにした俺は、驚愕を露わにする。

 だが、意外にもその驚愕は直ぐに収り、冷静になった。


「……ん?」


 そのお陰か、俺は違和感に気付く。

 どういう訳か、俺含む周囲の人のスマホから、緊急地震速報のアラームが鳴っていないのだ。


「ん~……地震だったら絶対鳴ってるハズだしな……もしや、床の経年劣化とか、そんな感じか?……いや、でもそれは――」


 騒ぎに包まれるこの場で、俺は一体何がどうなっているんだと、頭を悩ませる。

 そんな時だった。

 現実ではあり得ない光景が、この世界で産声を上げたのは。


「……なんだ、あれは――」


 それは、誰が言った言葉だろうか。

 前方――大穴を見てみると、そこから黒くて人形の醜悪な化け物が、這い出るように出てきたのだ。

 しかもそれは、1体だけではない。

 その後ろから、続々と出てくる。

 数は――こちら側に向かっている奴だけでも30体は居るだろう。


「う、うわあああああ!!!」


「逃げろおおおおおお!!!」


「どけえええええええ!!!」


 当然、ここはとんでもない程の大騒ぎとなり、皆脱兎の如く、周囲の人を押し退けながら逃げていく。


「に、逃げるか!」


 俺も一瞬呆けてしまったが、直ぐに群衆の流れに乗って逃げようとした。


「きゃあああ!!!」


「あっ……」


 だが、見てしまったのだ。

 前方で、ひび割れた地面に右足が挟まって転び、そのまま動けなくなっている1人の女性の姿を。

 そして、そんな彼女を第一の獲物とばかりに、幽鬼のような動きで襲い掛からんとする、醜悪な化け物の姿を――


「はあああああ!!!!」


 気が付いたら、俺はその女性に向かって走っていた。

 無我夢中で走り――そして、醜悪な化け物の鋭い爪が、女性の柔らかな肌を斬り裂かんと振り下ろされた瞬間、俺は持っていたリュックサックを思いっきり振るった。


「ギャアア!!」


 襲い掛かって来ていた1体の化け物は、そのまま後ろに倒れ込む。


「はああああ!!!」


 俺は、そんな化け物の頭を何度も何度も、無我夢中で踏み続けた。

 すると、化け物は死んだのか、はたまた気を失っただけなのか――取りあえず、動かなくなった。

 前方を見やると、続々と他の化け物が大穴からこっちに近づいて来ているが、まだ猶予はある。

 今の内に、助けないと!


「落ち着いて! 手は必要ですか!」


 俺は醜悪な人形の化け物に迫られたことで、パニックに陥っていた女性に振り向くと、声を上げる。


「は……い、いえ! 1人でも抜け出せそうです!」


 一時的とは言え、危機が去ったことで僅かながらも冷静さを取り戻したのか、両手で自身の右靴を掴み、靴を脱ぐことでその隙間からの脱出を試みようとする。


「グギャアアアア!!!!」


「ギャギャギャアアア!!!」


 だが、奴らはそんなの待ってはくれない。

 むしろ、一番近くに居る人間えものなのだから、真っ先に殺してやろうとばかりに集まって来た。


「ちっ 何でこんなことしてんだよ……」


 そんな光景を前に、俺はそう悪態を吐く。

 この女性を助けたところで、意味なんて無いのに。

 だが、ここまでやって見捨てる訳にもいかない。


「やるしかないか……」


 覚悟を決めると、俺はリュックサックから先ほど購入した牛刀を取り出した。

 そして、慣れない手つきで構える。


「はああああ!!!」


 俺は声を上げながら、思いっきり牛刀を1体の化け物の顔面に振り下ろした。


 ザシュ!


 表現しがたい手応えと同時に、赤黒い液体が俺の体に降り注いだ。どろりとしていて、気持ち悪い。

 だが、そんなの気にしている暇は無く、新たに2体の化け物が迫って来ていた。


「まだか!」


「すみませんっ! あとちょ……あ、抜けた!」


「逃げろぉ!」


 待っていた言葉をようやく耳にした俺は、すぐさま逃げの態勢に入ろうとする――が、先にこいつらを対処しないと。


「ギャギャギャ!!!」


「グギャアアァ!!!」


 彼我の距離は、あと1メートルしかない。

 俺は1歩引くと、振り下ろされる奴らの腕を、リュックサックで引っ叩き、まとめて怯ませた。

 チラリと後ろを見てみると、女性はもう走り出している。

 これならもう、大丈夫だろう。


「よし。俺も逃げ――」


 直後、俺は息が詰まるような感覚と、浮遊感を覚えた。

 咄嗟に下を見てみると、ひび割れていた地面が、崩落し始めていたのだ。


「まず――」


 俺は咄嗟に手を伸ばす。

 だが――掴めなかった。


「うわあああああ!!!!!」


 そうして俺は為すすべなく、闇の中へと吸い込まれていくのであった。


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という訳で、新作です!

初めての現代ファンタジーもの!

どうか、モチベに超繋がりますので、フォローや★★★、宜しくお願いします!

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