第12話 もう一人じゃない
ハッとして目を開ける。だがそこは真っ暗な暗闇だった。
そんな暗闇に色々な情景が勝手に映し出されていく。お母さんの怒った顔、妹のゴミを見るような目。高校生の睨んだ表情。そして金髪の男達が私を囲い路地裏まで連れて行かれたこと。
あれは過去、私の身に起きた一日。それが夢として、とてもリアルに再現されていた。
なんだか呼吸が少し苦しい。
視線を這わせると、隣の部屋からぼんやりとした光が見える。その光に導かれるようにベッドを出るが、ソワソワしてしまって落ち着かない。そのため枕を両手で抱えるようにして、ゆっくり歩く。
隣の部屋を覗き込むとクイニーはソファー、ミンスくんは床で丸まってぐっすり寝ている。だが、ザックくんはまだ起きているようで、カウチに寄りかかるようにして薄暗い明かりの中で本を開いている。
「ザックくん」
そう小さな声で呼びかけると、突然名を呼ばれたことに驚いたのか一瞬、肩をビクつかせる。が、私の顔を見ると、穏やかな表情を向けてくる。
「眠れなかったのか?」
「ううん。ちょっと怖い夢を見ちゃって…」
「そうか。それなら私と少し、話でもするか?」
「うん。…あっでも、ザックくんは眠らなくて大丈夫?」
「私は二時間も眠れれば十分だ。お茶でも淹れるから、ここに座って待っていろ」
「うん、ありがとう」
そんな言葉に甘えさせてもらい、カウチの端に腰掛ける。
ザックくんが静かに、紅茶を淹れている姿をぼんやりとした光で眺める。が、どうしても無言の時間で先程の夢を思い出してしまいそうで、その後ろ姿に話しかける。
「どうしてミンスくんは床で丸まって寝てるの?」
「ミンスは昔から寝癖が悪いからな。ベッドの上で寝ていたはずが朝、目覚めると床に落ちているなんて事しょっちゅうだ。だから初めから床で眠った方が落ち着くらしい」
「そうなんだ。なんだか可愛らしいね」
「まぁ一緒に寝ると、少し面倒だけどな」
「ザックくんはミンスくんのこと、よく知ってるんだね」
「まぁ幼馴染みだからな」
「そっか。…ねぇ、ザックくんは毎日この時間は起きてるの?」
「ん?いや、毎日って訳じゃ無い。ただ寝ている時間があれば、本を読んでいたいんだ」
「そっかぁ。本って面白いよね」
「あのさ」
「なに?」
「そんなに無理矢理話を続けようとしなくても、私はここから居なくならない」
「え?」
「怖い夢を見ていたと言っていたから、無言の時間が怖いんだろう?夢を鮮明に思い出してしまいそうで」
「もしかしてエスパー?」
こんなにも私の考えている事ってわかるの?
全て考えていたことがバレていたとなると、格好悪い。こんな歳にして、未だに夢ごときに引っ張られるなんて。
この世界に来るまでは自分の気持ちを隠して作り笑いをしたり、時にはポーカーフェイスなんかも上手かったのにな。
「さっき言っただろ?アンリ様は素直だって。分かりやすいんだ」
「私ってそんなに分かりやすいのかな」
「あぁ。ここのメンバーはみんなして分かりやすい。だがまぁ、思っていることが分かりにくくて、抱えている気持ちにすら気がつけないよりは断然良い」
「でもこの歳で、そんな夢なんかを怖がるなんて格好悪いよね」
「そんなことない。誰だって、どんな凶悪犯だったとしても夢には抗えない。だから怖いんだ」
「凶悪犯って例えが極端」
「そこの例えはなんだって良いんだ。気にするな」
そう恥ずかしそうに言うのが、いつものザックくんとは違ってなんだか可愛らしい。するとわざと咳払いをすると真剣な顔に戻る。
「幸せな夢は目が覚めた途端、忘れてしまう。目が覚めた時、ちょっとした幸福感があったとしても、どんな夢を見ていたのか分からない。それでも嫌な夢はいつまでも鮮明に覚えているモノだ。特に厄介なのは、実際の記憶と夢が結びついたときだな」
「ザックくんも怖い夢、見たりする?」
「そりゃあ見るさ。それにミンスなら、怖い夢を見たと言って泣きついてくる」
「あはは、ミンスくんらしい」
「そういう時は、誰かとひたすら会話するのが一番だ。夢の内容を思い出すのは辛いが、誰かと一緒なら気持ちは楽になる。ほら、これ」
「ありがとう」
受け取ったティーカップには温かいハーブティ。鼻腔をくすぐる香りは、少しずつ落着いた気持ちを運んで来てくれそう。
同じカウチに少し隙間を空けてザックくんも腰掛ける。二人で座るには小さなカウチだが、今はこの距離感の方が落ち着く。
「夜はまだ長い。眠くなるまで好きに話せば良い。だからといって無理に夢のことを話せとは言わない。けど聞いて欲しいと思うのなら、私は聞く。それが大まかだろうが、詳細にだろうが、好きに選んだら良い」
そんな言葉が優しくて、私は夢の内容を大雑把だが話してみることにする。もちろん、それが現実で起きたことだとはバレないように。
「それは怖い夢だったな」
「うん。その夢はもちろん怖かったし、何より世界に私の味方は誰一人居ないんじゃないかって」
「そうか…。じゃあアンリ様は、今もこの世界に独りぼっちだと感じるか?」
「ううん。だって今はザックくんがいるから」
「そうか、それなら良かった」
「それにクイニーにミンスくん、屋敷に帰ればお父様とお母様、それにフレッドやルエもいるから」
「あぁ、アンリ様には味方がたくさん居る。楽しいことを共に共有するのはもちろん、怖い思いをしているときに守るのも私達の役目だ」
「私、いっつも守られてばかりだね」
「そんなことはない。みんな、いつもアンリ様には助けられている」
「でも私、何もしてないよ?」
「何か特別なことをしなくても、そこに居てくれる。それだけで大きな支えになってくれていることもある」
「そっか。それならいいな。私にはみんなを物理的に守れるような力は無いから」
実感は無いが、それでも私が居るだけでみんなのことを助けることが出来る。それが無性に嬉しい。
ハーブティーを飲み干し、体がポカポカすると段々と体が重たくなってくる。
こうしてザックくんとたくさんの話をしたのは初めて。いつもは大抵みんなの輪で話しているから。
普段、仲裁役やまとめ役に回ってくれるザックくんだが、こうして話すと本当に周りのことをよく見ていて、そして周りの人のことを大切に想っているんだと伝わってくる。
「おっ、段々と眠たくなってきたようだな」
「うん…」
「その眠気がどこかに消えてしまう前に、ベッドに戻った方が良い」
「ここで寝ちゃダメ?」
「こんな所で寝たら体を痛めてしまう」
「じゃあ部屋の明かりを付けて眠っても良い?」
「明るくしては眠れないだろう?…もしかしてまだ眠るのは不安か?」
「うん…」
いくら眠気が来て安心していても、誰も居ない部屋で暗闇の中眠るのは怖いし、寂しい。
「仕方ない。今日は特別に寝かしつけてやるから。それなら怖くないだろう?」
「本当?」
「あぁ、だから大人しくベッドに行くぞ」
「うん」
布団はすっかりと冷えていたが、私が入り込むと少しずつ温かさを取り戻す。
ザックくんはベッドに腰掛けているらしいが、この暗闇に目が慣れていないから、どこに居るのかいまいち分からない。
「ちゃんと居る?」
「ここに居る。まだ目が慣れないのか?」
「うん。お願いだから、私が眠るまでどこにも行かないでね」
「分かっている。ほら、ゆっくりと目をつぶって」
「うん。…ねぇ、背中トントンして欲しい」
「背中?ほんとアンリ様はミンスにそっくりだな。分かった。ほら、トントン、トントン」
ザックくんの手は布団越しでも温かくて、ゆったりとしたテンポで振動が伝わってきて心地良い。私の心拍もどんどんゆったりとしたテンポになってきた。
怖い夢を見ませんように。そう願いながら、再び夢の世界に旅立った。
「…もう寝たのか。今度は良い夢を見られると良いな」
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