第10話 初めてのお泊り会
次の日の昼頃、馬車に揺られ学園に向かう。昨日の話では、クイニーとザックくんはいくつか授業に出る必要があるらしく、それが終わり次第向かうとのこと。
私は、夕方になってから向かうと折角のフレッドのお休みが少なくなってしまうと思い、昼食を取ってすぐ屋敷を後にした。
荷物を詰めた鞄を持ってくれるフレッドと並んで学園を歩く。こうして二人で並んで学園を歩くのは初めて。
制服を纏った学生達の中を歩いて行くフレッドは、執事服でどうしても目立っているように見えてしまうが、周りはどうやら気にしていないらしい。当の本人も特に気にする素振りを見せずに歩いて行く。
別館に入り、階段を登っていく。この時間帯だからか、別館はいつもより静かでその分、二人分の足音がよく響く。隣をチラッと見ると、かなり荷物は重たいはずなのに、涼しげな表情。
「荷物重いのに、階段キツくない?」
「大丈夫ですよ。それにいい運動になると思えばプラスです」
「すごいね、ありがとう」
ようやく三階まで登りきり、ドアの前に立つとポケットから鍵を取り出す前にドアが開く。ドアを開けてくれたのはミンスくんで、私を見るとパッと笑顔を向けてくれる。
「やっぱり、アンリちゃんの足音が聞こえたと思ったんだ!」
「ミンスくん!おはよう。早い時間に来てたんだね」
「本当は夕方からでもいいかなって思ったんだけど、屋敷に居てもソワソワしちゃうから来ちゃった!」
「そうだったんだ」
そんな風にいつも通り会話をしていると、隣に立つ人物を思い出す。
「あっ、ミンスくんごめんね。フレッドに重たい荷物持たせちゃってるから、話の前に入って貰ってもいい?」
「フレッド?あっ、舞踏会の時の…!いいよいいよ、ごめんね気が回らなくて。二人とも早く入っちゃって」
私がフレッドに向かって頷くと、彼は部屋の中に入りゆっくりと荷物を下ろす。その周辺には三つの荷物が置かれていて、クイニー達もおそらく先に荷物だけ置きに来ていたのだろう。
そして荷物を下ろしたかと思うと、いきなりミンスくんに向かって頭を下げる。いきなりの行動にミンスくんですら、驚いている。
「えっ、ちょっと?」
「先日は舞踏会でアンリ様を助けていただき、ありがとうございました」
「そんな!僕は何も…。どちらかと言うと、ザックやクイニーのおかげだし」
「いえいえ、シェパード様が駆けつけて下さったことで、アンリ様の気分が楽になられたかと」
「それなら僕より先に居た君の方が、よっぽど心強かったと思う。だから君もアンリちゃんのことを守ってくれてありがとう」
「私のような者にそんな…」
そうしてなぜか二人はお互いにありがとうと言い合い、私からするととても奇妙な風景が続いた。
しばらくして「では、そろそろ」とフレッドが私に声を掛けてくる。
「アンリ様、私はそろそろお邪魔します」
「もう行っちゃうの?少し休んでいけばいいのに」
「いえ、私が邪魔をするわけには行きません。それにずっと馬車を外に停めたままでは、邪魔になるかも知れませんし」
「そっか、わかった。じゃあ今日一日、楽しんでね?」
「はい、失礼します」
フレッドが一人で歩いて行く後ろ姿を見ていると、なぜか胸の辺りがギュッと苦しくなる感じがしたが、それがなぜかを考える前にミンスくんに声を掛けられる。
「アンリちゃん、今のフレッドって人、オーリン家で働いている使用人?」
「うん、私の執事。いつも側に居てくれて、色々と教えてくれたりするんだ」
「へぇ、そうなんだ。それにしても、しっかりとした人だね。言葉遣いも丁寧だし、所作にも文句の付けようがないや」
「うん。本当にフレッドってすごいんだ。ダンスもとっても上手だし」
そう何気なく言ったつもりだったのに、余程驚いたのか「そうなの?」といつもは見せないような疑うような表情を向けてくる。
「私が舞踏会で踊ったダンスを教えてくれたのはフレッドだよ」
「へぇ…。貴族でもない彼が、アンリちゃんに教えられるほどなんて、すごいね」
「うん!」
「アンリちゃんは彼のこと、相当大切に思っているんだね。従者なのに」
「身分とか関係ないよ。私は私のことを大切にしてくれる人のことを、大切にしようって思ってるだけだから」
「そっか…、珍しい考え方だね」
やっぱりミンスくんだったとしても、身分差を気にするんだ。そんな風に思っている間にも、ミンスくんはいつものフワフワとした雰囲気に戻っていた。
しばらくの間、二人でくつろいでいると廊下から足音が聞こえ、すぐにドアが開いた。
ザックくんはいつも通りの表情だが、横に立っているクイニーはなんだか不機嫌な気がする。彼の周りだけ負のオーラが漂っている。ミンスくんもその不穏なオーラにはすぐに気がついたようで、ザックくんに「どうしたの?」と呑気に聞いている。
「実はここに来るまでの間に、かなりの人数の女子学生に囲まれてしまったんだ。まぁ、いつもの事と言ったらいつもの事なんだが…」
「あいつら、どこから聞いたのか俺らのクラブのことを聞きつけたらしくて、自分の事も所属させろってうるさいんだ」
「あぁ、そういうことか。んー、一体どこからそんな情報、聞きつけたんだろうね」
そんな風に三人して悩んでいるものだから、「そんなの簡単だよ」と間に入る。
すると、三人は同時に私に視線を向け、クイニーに関しては明らかに、お前がバラしたのかという表情を向け睨んでくる。
「違うよ?別に私がバラしたわけじゃないから。そもそも私、他の人となんてしゃべれないし」
「じゃあどうして簡単だなんて言うんだよ」
「それは私も一応、女子だし?」
「言ってる意味が分からねぇ」
その一言で、私のスイッチが入り熱弁を始める。
「いい?女子って言う生き物はね、自分の好きな人や推しのためなら努力を惜しまないの。最新情報は常にチェックして、少しでも視界に入れて欲しいから思い立ったらすぐに行動する。出来ることなら相手のことは全て把握していたいから、常日頃の観察は欠かせない。そして誰よりもその人のことを知っていたいから誕生日はもちろん、好きなもの、好きな色、嫌いな曜日まで全てを把握するの。それが女子って生き物なんだよ」
そう一息に言い切ると、それまで見せたことのなかった私に驚いたのか三人して口をポカンと開けて間抜け面。
「僕、アンリちゃんがこんなに語ってるの初めて見た」
「えぇ、私も」
そんな風に言っているが、今まではこの素顔を見せる場面がなかっただけで、これでも一応は元推し活をしていた身。
クイニー達のことを近くで見ていると、可哀想だとは思うし面倒くさそうだなとは思うけど、どうしてもそんな行動を取ってしまう女子の気持ちも分かってしまう。
アイドルとか好きな俳優がいたわけではないけど、漫画や小説でお気に入りのキャラクターを見つけては恋心を抱き、スマホやパソコンでこれでもかと検索を掛けキャラクターのことを知り尽くし、グッズなんてものが発売された日には雨の日だろうが並んでゲットしていた。
時にアニメ化や実写映画化が決まった日には嬉しい気持ちの反面、独占欲の塊だったあの頃は声優やら俳優目的で新たな人に知られるのが嫌でドロドロとした感情に包まれていたっけ。
今になってみれば懐かしい記憶だが、その頃の私には推し活や、私だけの妄想世界でハッピーエンドを作ることだけが、あの頃の唯一の楽しみだった。
今思い出せば、完全にいわゆるオタク的思考だったと思う。でも悪い思い出ではないと思ってる。
そんな風に過去の私に想いを馳せていると、邪魔するようにクイニーが口を挟む。
「つまり、女子はめんどくせーって事だな」
「愛がある、って言ってもらえるかな?」
「はいはい、そうですか」
これ以上何を言っても聞く気がないのは分かるから、早々にこの話は終わりにしてしまおう。
そう諦めようと思っていると、ナイスタイミングで「よし!」とミンスくんが声を上げる。
「折角の楽しいお泊り会なんだから、この話はここまで!さぁ、早速何する?」
「何するって言われてもなぁ」
「お泊り会をしたいと言ったのはアンリとミンスだろ。二人で決めるんだな」
「えぇ?人任せだなぁ」
そうは口で言いながらも、ミンスくんはトコトコと私の横までやって来ると可愛らしい満面の笑みで「どうしよっか」と小首をかしげながら言ってくる。
…うん、今日も相変わらず可愛い。
「えー、お泊り会って言ったら何だろ」
「よく聞くのはあれじゃない?ゲームとか、お茶会」
「お茶会か…。でもさ私、クイニーが優雅に紅茶を飲んでゆっくりしている姿なんて想像できないんだけど」
そんな風に冗談交じりに言うと、「おい!」と突っ込みが飛んでくる。
「おい、失礼だぞ。俺だってお茶くらい飲む」
「あはは、ごめんって。冗談だから」
そう適当に返すと、気に入ってないようでブツブツ何か言っているが無視を決め込む。
「でもさ、この時間にお茶会って言うのも違和感あるよね。僕、さっきお昼食べたばっかりだし」
「確かに私も今は無理かも」
「だよね」
「んー、じゃあミンスくん何か遊べるようなもの持ってきた?」
「えっとね〜…、あっ!僕トランプなら持ってきたよ!」
「いいじゃん、トランプやろう。なんかお泊り会って感じがして、すごくいい!」
「えへへ、じゃあ僕取ってくる~」
すぐにミンスくんはゴソゴソと自分の荷物から小さな箱を持って戻ってくる。
トランプなんて本当に久しぶり。最後にやったのっていつだろう。
「何やるの?ババ抜きとか大富豪?」
そんな風にやったことのある遊びを挙げたつもりだったのに…
「なんだそれ、聞いたこともねぇぞ」
「え?知らないの?」
「知りませんね」
「僕も知らないよ?」
そう三人に言われてしまった。大富豪はともかく、ババ抜きなんて誰でも知っているゲームだと思っていた。
三人が知らないって事は、そんなゲーム自体存在しないのだろうか…
「じゃあみんなはトランプと言ったら何?」
「そんなのトランプと言ったら神経衰弱かポーカーだろ」
「ポーカー?何それ?」
ポカンとした表情で三人を見ると、そんなことを知らないのかと言った目を向けてくる。いつも仲間に付いてくれるミンスくんですら…。
もちろん神経衰弱は分かる。私の知っている神経衰弱なら、だけど。あの二枚のカードをめくって同じ数字を揃えていくやつ。
でも肝心のポーカーなんてやったこともないし、聞いたこともない。
いやもしかしたら、そんなゲームが存在していたのかも知れないけど、少なくとも私の周りでやっている人はいなかった…はず。
「俺ポーカーを知らないやつなんて初めてだ。まさかそれが幼馴染みだなんて…」
「アンリ様には悪いが私も初めて…。幼少からダンスと同じようにポーカーは仕込まれて来ましたから。私達には将来そういったもので付き合いする場面が多々あるからと…」
そんな風にこの世界での常識を話す二人の言葉がグサリと胸に突き刺さる。
…だって私、この世界に来たのつい最近だし。そう投げつけたい気持ちを抑えつける。
「あっでもほら、アンリちゃんって学園に入るまでは社交界に出てくることなかったじゃん?だからオーリン伯爵もわざわざ教えなかったんじゃない?」
「ミンスくん…!」
今はただフォローしてくれたミンスくんが天使か何かのように見えてくる。
ミンスくんのフォローを聞いた二人は「なるほど…」と言ってくれているし…、ほんとミンスくんが居てくれて良かった…!
そして改めて、学園に入るまで、つまり私がこの世界にやって来た日まで社交界に出されることがなくて良かったぁと思う。
時々、異世界から来たことが理由に話が合わなかったり、貴族社会で当然のことを知らない事がある。そんな時に、今まで社交の場に出てこなかったからと適当に返しておけば、変に詮索されることや、疑われることも無く、何となく「まぁそうか」程度に受け入れてもらえる。
もしも、そのハンデがないまま、この世界で生活していたとしたら、それまで社交界に出ていたアンリを知っている人には別人のように思われ、面倒なことになっていただろう。
…ん?でもそう言えばクイニーは幼馴染みで、元々の私を知っているはずだし、何よりお母様やお父様、お屋敷の人は誰よりも私のことを見てきたはず。それでも今のところ違和感を感じている様子はない…。
もしかしたら、元々の私と今の私はあまり変わらないのかも知れない…。
あれ?そう言えば、私がこの世界に来る前も私はこの世界で生活をしていたはずで、その頃のアンリは一体どこに…?
…あぁダメだ。止めよう。こういう難しい話を考えても、きっとキリがない。
「折角だしポーカー、やってみる?アンリちゃんもこれからやる機会があるかもだし。今日はただ楽しむって事を目的に」
「うん、やってみる」
「じゃあどうしよっか。僕はやり方とか説明するの苦手なんだよねぇ」
「あぁ、ミンスは止めた方が良いだろうな。ミンスの説明では理解するのに普通の倍の時間は必要になるだろう」
「でしょ?でも僕、クイニーに説明させるのも止めておいた方が良いと思う」
「は?なんで」
「だって一度説明して、もしもう一度同じ説明するように頼まれたらどうする?絶対怒るでしょ?」
「お前は俺をなんだと思ってるんだよ」
そんな二人の様子を呆れたように眺めていたザックくんは溜息を一つ吐くと、「あぁもういい」と二人を静止させる。
「私がアンリ様には説明しておくから、二人はその間にラウンジの貸し切り予約と、それから布団をどこからか借りてこい」
「は、どうして俺らが」
「私が説明している間、二人はやることがないだろう。それにどうせ遅かれ早かれ行くことになるんだ。もし夕飯の時に周りを女子学生に囲まれても良いと言うのなら、別にラウンジの予約は取らなくて良いし、布団を掛けずに眠ると言うのなら布団を借りてくる必要もないが…」
「あぁもう分かったよ。行けばいいんだろ。ほらミンス、行くぞ」
「うん、行ってきま~す」
そうしてクイニーはブツブツと文句を言いながらミンスくんと共に部屋を後にした。
ザックくんはミンスくんがおいていったトランプを取り出しながら「初めから大人しく行ってくれれば良いものを」と呟いている。
「ザックくんってクイニーと仲いいよね」
「私とクイニーですか?そうでしょうか。あまり自覚はないですけど…」
「私目線だと、お互いに何でも話せる友達って感じがするよ」
「まぁクイニーは、あの通り口は悪いですが、それでも大抵言っていることは理に適っていますし、正直ですから、話していて楽しいですよ。時々子どものような我儘を言い出す部分は面倒ですけど」
「あはは、確かに」
「思ったことを素直に口に出せる。ミンスもそうですが、良い所だと思いますよ。それによって、もちろん傷つく人がいるというのは分かっていますが、嘘をつかれながら共に居るより、ずっと信頼できます」
「そうだね。やっぱりザックくんは二人のこと、大切なんだね」
嘘をつかれながら共に居る、という言葉で一瞬胸が痛くなる。別に嘘をつきながら過ごしている、と言うわけではないけど、でもやっぱり隠し事をしていると言うのが引っかかる。だからといって正直に話すわけにも行かない。フレッドと黙っている約束だし、なにより私の身を守ると言う意味でも重要だから。
「さぁ、一旦あの二人のことは置いておきましょう。二人が戻る前に大方説明しなければなりませんから」
「うん、お願いします」
そこからザックくんによるポーカーについての講座が始まった。
「ポーカーというのはジョーカー以外の計五十二枚と、チップを使います。そして勝敗は強いハンド、つまり役を作った人の勝ちです」
「役?」
「はい。大雑把に言うと一人五枚の手持ちカードで、決まった組み合わせの手持ちを作っていくゲームなんです」
「なるほど。じゃあその決まった組み合わせって言うのがいくつかあって、それぞれに強さが決まってるって事?」
「簡単に言うとそうです。まず一番強いのはロイヤルストレートフラッシュと言って同じ種類の十、J、Q、K、Aのカードが揃うことです。カードの模様、ハートやスペードなどでも勝敗は変わってくるのですが、滅多にこれになることはないと思うので、今は割愛しますね」
「Aがその強いって言う組み合わせに入ってるのって、なんか不思議。一番小さい数字なのに」
「ポーカーではAのことを数字の一として扱わないんですよ。その名の通りエースだと思っていれば良いでしょう」
「わかった」
「初めにカードが五枚配られるのですが、かなりの強運がない限り何かの役がすでに完成していると言うことは無いでしょう。そこで親の左横からビットとパスを選びます」
「パスはそのままの意味だよね。ビットって言うのは?」
「ビットはチップを出すことです。勝利すればその場に出ているチップを全て回収できるので、ビットをするのは勝てる自信がある人ですかね。ただ、一人がビットをしてしまえば、それ以降の人はパスができなくなります。そして一周したところで、今度はコール、レイズ、ドロップを一人一人言っていくんです。コールは前のプレイヤーと同じチップを出す。レイズは前の人より多く出す。ドロップはそのゲームを棄権するときに言います」
「棄権なんてできるの?」
「えぇ、負けを確信したときはあえて棄権するんです。負けが分かっているゲームでチップを出し続けても得は無いですから。これも一つの作戦です。そしてここで一周したら、強い役を作るために一人ずつ手札を交換するんです。もちろん交換せずにそのまま持ち続けても構いません。そしてその後はビットかチェックを選択します。チェックというのはパスのことです。これも一周したところで、コール、レイズ、ドロップをし、最高ビットに対して誰もレイズせずに一周回ると終了です。ここで全員の手札を見せ合い、強い役の人が勝利、よってチップを全て獲得します」
「結構難しそうだね…」
正直、途中から聞いたことの無い言葉のオンパレードで今はまだ頭が混乱している。役の種類も教えて貰ったが、種類が多すぎて全く覚えていない。
「後は実践あるのみです。まぁ、ここに居る全員アンリ様が初心者と言うことを分かっているので、大丈夫ですよ」
「そっか、そうだよね。丁寧に説明してくれてありがとう」
「いえいえ、ポーカーのやり方を知っていて損はありませんから。社交界ではポーカーをしながら重要案件を決める、交渉するといった事は頻繁に行なわれているそうですよ」
「そんなに…。もうそれじゃあ普通のゲームとは違うね」
「えぇ、そうですね。ですから私達も幼い頃から仕込まれてくるんですよ」
そこで一気に室内に沈黙が漂う。
ザックくんが苦手、と言うわけでは無いが、こうして二人きりになるのは初めてで、正直何を話したら良いのか分からない。ミンスくんと居るときは大抵ミンスくんから話を振ってくれるし、かなり話の内容も合うから気楽なんだけど。
「あの…」
「なんです?」
「前から気になっていたんだけど、どうしてザックくんは私にだけ敬語で話すの?」
「ダメ、でしたか?」
「ううん、そういうわけじゃ無いんだけど、クイニーやミンスくんに対しては敬語で話していないから、ちょっと気になっちゃって。もちろん私はあの二人より、ザックくんに出会ったのは最近だけど、でもみんなで居るときに私だけ敬語で話されると、受け入れられて無いんじゃ無いかなって…」
そう心の中に隠していた不安を吐き出すと、ザックくんは珍しく慌てたように「そんなわけないです!」と声を上げる。
「私にとってアンリ様もとても大切な方の一人です。そうですね…、私はどこかでアンリ様のことをオーリン伯爵のご令嬢で、自分なんかよりも上の立場の方、そして女性だからと、思っていたのかも知れません。アンリ様が気になるようでしたら敬語、止めましょうか」
「うん。無理にとは言わないけど、その方が接しやすいかも」
「分かりました。…では無くて、分かった。ただ、呼び方はどうしようか。呼び捨てはなんだか違う気がするし、ミンスのようにアンリちゃんと言うのも違う気がする。アンリさん?いや、それも変だな」
「無理に変えようとしなくても、決まるまでは今のままでも良いよ?」
「…そうだな。それにやっぱり私の中ではアンリ様はアンリ様だから、それが呼んでいてシックリくる」
それに「確かに」と笑っていると、「ずいぶんとお二人さんは楽しそうだな」と低い声が離れたところから聞こえてくる。
ドアの方に視線を向けると、掛け布団を抱え顔が見えなくなっているクイニー。そしてドアを開けたのはミンスくんで、その手には何も持っていない。どうやら全てクイニーに持たせて来たらしい。
「ミンス、全てクイニーに持たせてきたのか」
その声に「もぉ~」と声を上げたミンスくんは頬をプクッと膨らませるが、とても可愛い。そして何やら自慢げに咳払いをする。
「僕だって一階の階段手前くらいまでは持ったんだよ?だけど、お布団を抱えてたら転びそうになっちゃって、そこから持ってもらったんだもん」
「そんなこと言って、布団を借りる場所はここの一階だろ。ほとんど自分で持ってないじゃ無いか」
「まぁまぁ細かいことは気にしない~」
「そんな会話どうでも良いから、通してくれ」
「あっ、ごめんごめん」
クイニーは隣の部屋に入っていき、持っていた掛け布団らを下ろすと伸びをしながら戻ってくる。いくら布の塊とは言え、あんなに持っていたらかなり重たいはず。
「それで、ラウンジの予約は出来たか?」
「それが、夕方から予約している人達がいるらしくて、その後の時間で予約してきた。だからちょっと遅い時間なんだけど」
「別にそれくらい良いさ。それまで小腹が空いたら紅茶でも淹れて、お茶菓子をもらってくれば良い」
「あっ、それなら私みんなで食べられるようにって焼き菓子持ってきたよ」
「え、本当?」
「ちょっと待っててね」
そう言うと小走りで、フレッドが運んでくれた荷物の元まで向かい一番上に乗せていたカゴを取り出す。本当は、包みのまま持って来ようと思っていたが、割れてしまうかもと言うことで、フレッドにカゴを用意して詰め替えていた。中身は...うん、一つも割れていない。
「これなんだけど」
「わぁすごい。美味しそう~」
「へぇ、こんな菓子、初めて見た」
「たくさん持ってきたから、遠慮せずに食べてね」
「アンリちゃんは用意が良いね!じゃあ早速一つもらっちゃおう。…ん〜、これすごく美味しい!」
「良かった」
「ザックとクイニーも食べてみなよ。すっごく美味しいから」
「あぁ、じゃあ言葉に甘えて。…確かに美味しい」
「こんなに美味しい焼き菓子がアンリちゃんは毎日食べられるなんて、アンリちゃんのところのシェフを雇いたいよ」
「あっ、えっと…」
「どうしたの?」
「これ、私が作ったの」
「えぇ!アンリちゃんが作ったの!?すごい!」
「そんな、アンリ様が自ら作らなくても、作らせることも出来るのでは?」
「うん、多分頼んだら作ってくれると思う。でも私、料理することが好きなんだ」
そう言うと、二人は一気に感心したような声を出す。ただ一人、クイニーはどこか小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「ふっ、そんなこと言って本当はシェフの味が気に入らないんじゃねぇのか?あいつらはどこか学校で料理を学んでいるわけでもねぇし」
そう言われると、それまで褒められフワフワとしてた気持ちが一気に萎んで、カチンとくる。
これだけの期間、クイニーのことを見てきたから彼が貴族以下の階級を毛嫌いしているのは分かってる。最近はそういった発言にも言い返さずに聞いていた。
それでも何も知らないクセに、私の大切な人達を想像や固定観念だけで悪く言われるのはイライラする。
「そんな風に言わないで!シーズさんやルエの作ってくれる料理はとっても美味しいんだから」
「そんな事言われても、貴族は普通キッチンなんて場所にそもそも立たないんだよ」
「普通じゃ無いとしても私は入るの!それに私にとってルエは友達なの、馬鹿にしないで」
「冗談じゃ無い。あんな労働者階級を友達なんかと一緒にするな」
「何がダメなの?同じ人間でしょう?」
「身分が違うだろ。あいつら労働者階級はいつまで経っても貴族になることは出来ないし、対等の立場になることなんてあり得ない」
「それはクイニーが対等に思ってないだけでしょ?別に貴族とか、貴族じゃ無いとか友達になるのに関係ないよ!」
「お前は変だ」
「変でいいもん!」
長身のクイニーに立ち向かう私はきっと周りから見たら、大きな犬にキャンキャン吠える小さな子犬だろう。きっとクイニーに私の言葉は何も届いていない。
そうだと分かっていたとしても、私の大切な人達を侮辱された事に対するイライラは止まらない。
「二人とも、そこまでだ」
そう声を掛けてきたのは、それまで私達の動向を見守っていたザックくん。
「二人の言い分は分かる。だからってお互いに言い合っても、何の解決にもならないだろ」
「そんな風に言うって事は、お前もアンリの言っていることが正しいと思うのか」
「そうは言ってないだろう。クイニーの言うように、労働者階級は貴族と一緒になれない。その考えは私達貴族が大抵持っている考え方だ」
「そうだろ」
「だが考えてみろ。アンリ様は私達とは違う。幼い頃から外に出されることも少なく、大切に育てられてきた。幼馴染みであるお前とは関わっていたのだとしても、社交界にでていなければ、関わりは自ずと屋敷の中だけだ。そしたら必然的に屋敷の者と関わりを持とうとする気持ちだって分かるだろ?」
「だが…」
「もうこの話は終わりだ。これ以上、険悪な雰囲気になったところで良いことは何も無い。それは自分でも分かるだろう?別に私達は言い合いをしたいから、お泊り会をするわけでも、クラブを作ったわけでも無い」
「…あぁ、分かったよ」
「アンリ様も、それでいいか?」
「…うん」
正直に言えば、まだ怒りは込み上げてくるが、確かにザック君の言う通り私達は喧嘩をしたくて集まっているわけじゃない。
それにきっと無理がある話なんだ。私の元いた世界と、ここフェマリー国では大きな違いがある。それはお互いの中でそれぞれ当たり前の事として存在している。当たり前の常識を変えるなんて事は何よりも難しい。
「よし、じゃあ折角アンリ様もポーカーのルールを覚えたんだ。みんなでやろう。な、ミンス」
それまで黙り込んでいたミンスくんを見ると、私の影に隠れ涙目になっている。
咄嗟に抱きしめると「わっ」と声を上げられるが、お構いなしだ。
「ごめんね。怖かったよね」
「ううん、僕の方こそ見ていることしか出来なくてごめんね」
「いいんだよ。ほら、涙拭いて、一緒に遊ぼう?」
「うん!じゃあ最初は僕が親をやるよ!」
「うん、よろしくね」
ミンスくんの頭をゆっくりと撫でて離れると、すっかり元気に戻ったようで安心した。
やっぱりミンスくんはそうでなくっちゃ。
「あっ、チップはどうする?」
「うーん、言われてみればそうだな。さすがに本物のお金を掛けるわけにはいかないからなぁ」
「じゃああの飴を掛ければ良いんじゃない?」
「クラブの部屋にそれぞれ配布されている飴か。あれだけの量があれば十分足りるな」
そうして暖炉の上に置かれている大量の飴が詰められたカゴから、均等に飴を四人に配るとポーカーが始まった。
私とクイニーの間には、なんとも言えない気まずい空気が漂っているし、ザックくんやミンスくんがその空気を打開しようと明るく努めているのが目に見えて分かり、なんだか申し訳ない。
だがそんな気まずい雰囲気は自然と消えていく。
一通りを終え、最後に手札を見せ合う時間。私は内心ですっかり勝利を確信していた。なぜなら、色々な役を紹介されたが、私の手札はその中でも一番強いと紹介されていた手札だったから。
まずザックくんとミンスくんが手札を公開し、ザックくんはフラッシュ、ミンスくんはストレート。
ようやく私の番になり、堂々と手札を公開すると二人は「えー!」と声を合わせる。
「嘘でしょ!初めて見た。本当にアンリちゃんって今日が初めてなんだよね?」
「うん!」
「どうりでニマニマと不自然に笑っていた訳か」
そして誰もが私が勝者だと確信していたとき、横から静かに「ふっ」と笑い声が聞こえる。それは今の今まで黙っていたクイニー。
「残念だったな。俺の勝ちだ」
そう宣言しながらカードを公開すると、それも私と同じくロイヤルストレートフラッシュ。
「えぇ!クイニーも?!すご~い」
「このときって二人とも勝ちなの?」
「残念だけど、勝つのは一人。カードの柄でも強さが違うからな」
「あっ、さっきザックくんが割愛するって言ってた…」
「そう、確かにこの役は最強だけど、でもその中でもスペード、ハート、ダイヤ、クラブの順で強さが変わってくる」
「私はハートで、クイニーはスペード…」
「って事で俺の勝ちだ」
「えぇー、そんなぁ」
このカードが揃ったとき絶対勝てたと思って、めちゃくちゃレイズしまくってたのに…。
「ねぇ、待って!私の残りの飴、一つもないんだけど!!」
そう叫ぶと、三人はゲラゲラと吹き出したように笑い出す。
「計画性なさ過ぎ、あはは」
「ねぇ、笑わないでよ。だってこの役が一番強いって教わってたんだから、揃った瞬間勝ち確だと思うじゃん!」
「仕方ないやつだな。ほら、俺の飴、分けてやる。だから今度こそ、俺に勝ってみせるんだな」
その後、三回ほどゲームをした。その結果、クイニーが一勝、私が二勝した。これで私とクイニーは同点。
そんな私達を前に、二人は焼き菓子やら飴を頬張りながら項垂れている。
「ねぇザック?これ僕たち勝てないよ」
「そうだな。二人とも強すぎる」
「僕たち、結構小さい頃からやってたよね?」
「あぁ、クイニーは昔から強かったが、まさかアンリ様にも一度も勝てないなんて」
「アンリちゃんにルールを教えたときに、何か必勝法でも教えたの?」
「そんなの知っていたら今頃私が全勝してるだろ。そもそもポーカーは運要素が大きいし」
「じゃあ生まれ持った才能?」
「だろうな」
「えぇ、いいな~」
そんな二人を前にクスリと微笑むと「勝者の笑みだ」と揶揄ってくる。
「ねぇ次は神経衰弱やろうよ。このままポーカー続けても僕たちに勝ち目ないからさ」
「うん。そうしよっか」
そのままトランプを全て回収して混ぜ、机に並べるとクイニーから順に神経衰弱が始まった。
結果として勝ったのは私。
「え、嘘でしょ!アンリちゃん強すぎ!」
「神経衰弱なら記憶作業が得意な私、もしくはミンスが勝てるかと思っていたのに」
「途中から無双してたな」
「あはは、実は私、こういう記憶は得意なんだ」
思い出すのはかつての私。長編小説を読んでいると、登場人物が大勢出てきてその人物がどんな時に何をしていたのか把握していないと、展開がいまいち楽しめないことがあった。だからなのか、気がついたときには自然と覚える作業が得意になっていた。
まぁだからと言って、何でも覚えていられる万能な機能ではなく、自分が熱中したことにのみ発動するから、勉強には一切役に立たない。
「それ、僕たちじゃ勝ち目ないよ」
「まぁでも、クイニーには勝てたし良しとしよう」
「そうだね。クイニーがここまで弱いなんてビックリ」
なんと予想外なことに、クイニーの手元には二ペアしかカードがなかった。そのため、自然と四位が決まっていた。ちなみに二位はザックくんで、三位にミンスくん。二人は一ペアの違いで勝敗が付いた。
「うるさい。俺が覚えていたところを三人して取っていくのが悪いんだろ」
「だってクイニーがどこを記憶しているかなんて知らないもん」
「まぁ良いじゃないか。一回くらい、私達に負けても」
「じゃあ結局、トランプに関してはアンリちゃんが一番強いって事だね!」
と、それまで自分でも知らなかった特技?を発見することになった。
「よし、じゃあ一番弱かったクイニーには私達にお茶を淹れてきてもらおうか」
「は?どうしてそんな話しになるんだよ」
「クイニーだってずっと頭を使っていたのだから、喉が渇いただろ?」
「いや、そこじゃなくて。どうして俺が淹れるんだよ」
「良いじゃないか。”ビリ”だったんだし」
「そう言ってるお前だってポーカーでは散々負けてただろ」
「あれはあれだ。それか、もう一度神経衰弱でビリを決めても良いが、結果は自分の中で分かるだろ?」
「…あぁもう、分かったよ。淹れてくれば良いんだろ。味の文句は受け付けないからな」
「あぁ」
不貞腐れた子どものようにクイニーは食器棚の方に向かっていく。
そんな様子が、面白くてつい笑いそうになってしまう。
「ザックくんって、本当にクイニーの扱い上手いよね」
「ね!羨ましい~」
「そんなこと言ってるミンスくんだって、クイニーの事たまに使ってるよね。布団のこととか」
「えー?あの時は本当に困ってたからだよ。そうじゃない時とかは、クイニーに何か頼んだつもりが、なぜか僕がクイニーの分までしていることだってあるし」
「それはきっと二人が素直すぎるからだな。特にミンスはちょっと褒められたりしたら気分が良くなるだろ?それを上手く使われているって訳だ」
「え~、じゃあこれからは褒められても素直に喜ばない方が良いのかな~」
「そういう所が素直なんだ。でもミンスもアンリ様も、そのままで良い。その性格は付けようと思って身につくモノじゃなから」
そう言われるが私って素直なのかな?と思いながら、ラウンジの予約時間までのんびり過ごした。
時間になり本館の最上階に向かうと、本当に学生は誰一人居ない。昨日の昼間、あんなに囲まれていたのが嘘みたい。
私達の夕食はすでに用意されていて、そのまま席に着き料理を堪能する。
その料理というのは、いくら貴族専用のラウンジだったとしても学園だから、いわゆる学食のメニューが出てくるのだと想像していた。けど、実際は一つ一つ丁寧に作られているであろう創作料理だった。
これをその日、直前の予約で食べさせてもらえるって、なんと贅沢なんだろう。
一口一口を堪能し、綺麗に完食。
食後の紅茶まで飲みきると、暗くなった外を歩いて別館に戻る。夜の学園は静かで、だからといって暗いだけではなく、街灯が綺麗なオレンジ色の光を放っている。昼間の景色とは全く違うから、なんだか不思議な気持ちになる。
そのまま別館の離れに用意された貴族専用の大浴場を利用し、一日の疲れをのんびり落とす。
きっと今頃、男湯ではワチャワチャと楽しんでいるんだろうけど、女湯は私一人。こんなに広い空間で一人というのも寂しいけれど、でも全く知らない女学生と一緒に入浴する事を想像したら一人で良かったなと思う。
いつものユルい寝間着のワンピースに着替え、部屋に戻ると意外な事に、すでに三人とも部屋に戻ってきていた。
「早かったんだね」
みんなも先程までの制服から、寝間着に着替えている。
この部屋に来たときは、まだ昼だったのに、あっという間に時間は過ぎ、すでにかなり遅い時間。
「僕たちどこで寝るの?隣の部屋は大きいベッドが二つしかないよね」
「あ?俺らはこっちのソファーとか、カウチを使って寝れば良いだろ。アンリが一人でベッドを使えば良い」
「え?そんな悪いよ」
「悪いも何も、俺ら男は三人居てどうせ足りないんだ」
「じゃあ二つベッドがあるんだから、もう一人ベッドで寝れば良いじゃん」
「あっ、じゃあ僕が一緒に寝る~」
「それは止めておけ。いくらミンスとはいえ、アンリ様は女性なんだぞ?」
「そんなの分かってるよ?でも別に良くない?」
「私は一緒でいいよ?」
「アンリ様はもう少し、自覚を持って下さい。ミンス、お前は大人しくこっちで寝るんだ」
「え~」
そして三人はスタスタと眠る支度を始める。最後の最後までミンスくんは私と一緒に寝ると言ってくれていたが、クイニーに引っ張られて行った。
なんだか申し訳ないが、布団に入り込む。だが、いつもはフレッドが「おやすみなさい」と声を掛けてくれているはずが、今日は何の声もしない。それがとてつもなく違和感。
寂しいなぁ。そんな気持ちをぶつけるように隣の部屋に向かって「おやすみ!」と叫んでやった。すると笑い声も聞こえたが、「おやすみ」と返してくれた。
いつもとは違う部屋のベッドは落ち着かずに眠れないかと思っていた。だが、体は一日遊んだ分でしっかり疲れていたようで、瞼はどんどん重たくなった。
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