第3話 側仕えの使命(フレッド視点)

 アンリ様をご主人様方の元に連れていくと、すぐにご主人様はお客様に向かって挨拶を始める。


 私は今朝の約束を果たすため、周囲の邪魔にならないように階段裏に戻り食堂前に出た。そして廊下の先にあるもう一つの階段を上った。


 二階に上がると急いでホールとつながる階段の元まで歩く。わざわざそこまで来た理由は、人の多いホールからお客様の邪魔にならないように気を張りながら見るより、誰の邪魔をすることも、妨害を受けることもなく特等席で鑑賞できると思ったからだった。


 もちろん、執事という立場である以上、目立った行動は出来ないため、隠れて見るつもりだ。


 だが私が着いた頃にはすでにご主人様方が私が立つと決めていた場所に立ち一階の様子を眺めていた。


 諦めてもう一度、一階に戻ろうかと考えているとご主人様が私の存在に気がついたようだ。するとすぐに快く横に立つように勧めてくれる。


「フレッド、ここに来るかい?」


 本来、持ち場があるにもかかわらず、それを放棄している私をご主人様は咎めることはしなかった。奥様は私に笑いかけると、こうも言ってくれる。


「あの子の晴れ舞台だもの。ちゃんと見ていてあげてね」


 そう言ってもらえたおかげで、心の奥にあった罪悪感や後ろめたさはスッと消えていった。


 お言葉に甘えることにして横に立たせてもらう。ここからは想像通り、一階の様子がよく見える。お客様一人一人の表情、メイド達が対応に当たっている姿。


 そして中央に立つアンリ様を見ると目をつぶり、どこか表情を硬くしているように見える。それでもクイニー様がアンリ様に何か声をかけると和らいだのか落ち着いた表情になる。


 生演奏のため、タイミング調整のためのカウントがされる。そして演奏が始まるとアンリ様のオーラが変わった…ような気がした。


 ここ数日、何度も聞いていた音楽が屋敷中に響き渡る。それに合わせ、今日まで何度も踊ってきた曲をアンリ様は踊る。


 いつからか私の耳には何の音も聞こえてこなかった。まるでお二人以外の時間が止まったかのように音が消えていた。


 この一週間何度も見てきた。


 初めは私に追いつくことに必死で、一回踊り終わるごとにアンリ様本人も無自覚のうちに涙目を見せていた。そのたびに「大丈夫」「上達している」と声を掛けた。


 そんなアンリ様が今は堂々と、何より楽しそうに踊っている。


 舞踏会というのは貴族の方の中ではある意味で日常のほんの一時。


 舞踏会だから特別だ、という意識は少ないだろう。それでも、オーリン家や私にとっては今日は大切で特別な一日。


 もちろんアンリ様のことは初めから信じていた。それでもやはり心配な気持ちは私を初め誰の心にもあっただろう。


 だからこそ大勢の前でそんな風に踊っている姿を見ると、言葉では言い表せないような気持ちが湧いてくる。


 時々、アンリ様が足を踏み外す事があっても、クイニー様がさり気なくサポートしているおかげで、おそらく私以外にそのことに気がついている人はいないだろう。


 あっという間だった。アンリ様達が音楽の終わりとともに静止するとホール中に拍手が鳴り響く。それにアンリ様は恥ずかしそうにはにかんでいる。


 しばらくして拍手が収まってくるとホールでは再び演奏が始まった。これからの時間は誰でも自由に踊ることが出来る時間になる。


 余韻を感じていたい気持ちはもちろんあったが、ずっと仕事をしないわけにはいかない。アンリ様に優しい視線を向けるご主人様方の元を静かに離れると、元の来た道に戻る。


 舞踏会中の私の主な仕事はホールと温室での客人対応。


 記憶通りならジーヤさんが全体進行、ディルベーネさんは途中でいらした方の受付、シーズさんとルエさんが軽食作り、メイド二人がキッチンでサポートに回る。


 私と同じ担当を持っているのは残りのメイド二人だったはず。もちろん、担当はあっても人手が少ないため、その場その場での対応が大切になってくる。


 しばらく私はホール、温室を行ったり来たりと対応に当たっていた。対応と言っても特に問題は起きず、時々お手洗いに案内したり、空いたお皿を運ぶくらい。


 お客様はみなさん楽しんでいるようだった。若い方はホールでダンスを楽しみ、その両親に当たる方々は温室でお酒をたしなみながら周囲との交流を図り、今日という日に会話を咲かせていた。


 だからだろうか。その空間の一角で辺りとは違った空気が流れていることにすぐに気がついた。温室内で青白い顔をした女の子が背の高い男、三人に囲まれていた。


 そして青白い顔をしている女の子というのは、先程まで凛としていたアンリ様だった。様子から見て、温室でアンリ様が一人で軽食を楽しんでいたところに、ここぞとばかりに近づいたのだろう。


 私は急いでアンリ様の元に向かうが、多くの貴族様の失礼にならないように避けながらだと中々たどり着くことが出来ない。


 私が向かっている間にも男達はアンリ様に向かって何かを言い、それに必死に抵抗しているのが分かる。だがさすがに男三人には痛くもかゆくもないようで、怖がっているアンリ様の姿を見て面白がっているようにも見えた。


 やっと男達の顔が見えるところまで来たところで思考を巡らせる。確かあの人達は男爵家のご子息だっただろうか。何度か今のような形でご令嬢に迫っている姿を見たことがある。


 ようやくアンリ様の元にたどり着くことが出来た私は、ひとまずアンリ様の腕を掴む手を解くと男達の間に入り、男達からアンリ様が見えないように立った。


 そして胸の中に渦巻く怒りのような気持ちを静め、良い執事を演じ声を出した。


「失礼ですが、アンリ様がお困りです。そろそろおやめになって下さい」


 そう言うと背後から震えて小さくなってしまった声で「フレッド…」と聞こえてくる。そんな声が辛そうで、今にも泣き出しそうに聞こえて振り返ると「大丈夫ですよ」と微笑む。


 するとアンリ様はおそらくずっと我慢していた涙を一滴だけ流して頷いた。


 本来ならこの場から連れ出して差し上げたいけど、場所が場所故、動けそうにない。


 すると間に私が入ってきたことで、気分を害したのか「ふざけんじゃねぇ」と男達の一人が声を上げた。


 そんな声が怖かったのか、アンリ様は背中にくっついて服をギュッと握っているのが感覚で分かる。本当に早くどうにかしなければ…。


「お前、なんなんだよ」

「俺たちが楽しんでいるのに使用人の分際で邪魔するとか、貴族様のこと舐めてるんじゃねぇの?」

「アンリ様を守ることも私の仕事の一つです。このような場、しかもアンリ様にとっては初めての特別な場で、このように恐怖を与え苦しめるのであれば、貴族様だからといって許しません」

「は?お前みたいな奴に何が出来るんだよ」

「そもそも使用人のくせに出しゃばって正義のヒーロー気取りとかウザいんだよ。お前みたいな奴は皿洗いでもしてろ」

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