退屈



半日眠って、起きたらワインを飲み、日の沈みかけた頃に犬を散歩させる。それが人生だ。「生きることなんて文学に値しない」と、色川武大も書いていた。どんなことをしていたってともかく生きていかれるからである。むしろ文学は本来「こんなことをしていては生きられない」という方角について突き詰めて書かなければならないのに、現代の芸術のなんと退屈なことか。まぁ現代だけではない。どうやら大体の時代で、ほんの切れ端程度にしか、色川のいう本当の文学はない。芸術家は一向に自分の心臓を手放そうとせず、しょーもないことばかり言って描いている。




生きられない方角についての文学・・・ゾゾゾッとするほど魅力的に聞こえる。それは原口統三がピュアに求めた概念、カフカが夢想した孤独の喜び、そして川端康成の『千羽鶴』やアンリ・ミショーの『みじめな奇蹟』にて書かれた詩的境地だ。




孤独の苦しさを自慢するような作品が平然と跋扈している今、色川が言ったようなそんな文学の再興はますます難しい。しかし私はそれを、それだけを求めている。好きだからね。



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