Chapter 2 わがままガール
彼女は目を伏せて、「申し訳ございません。本日は既に閉店とさせていただいております」とか細く言った。
「……さきほど店主が、倒れてしまったので」
「えっ。キャラハンさんが?」
彼が弱る姿なんてまったく想像できない。普段の彼がいれば汚れた駅のホームだって、貴族の社交場に早変わりすると思う。それくらい品格を纏う方なのに。
私が驚きで何も言葉を発せないあいだに、ドリーさんは深々と頭を下げた。
「どうかご了承ください。店主から少々難しい仕事を任されているために、私一人で営業することもできないんです」
脆弱なその声が夕日の明るさに負けて、空気中に消えていく。あまりにも元気がないから小粒ほどの言霊さえもそこに残らなかった。
今の彼女は例えるなら、指先で触れれば次々と倒れていくドミノ。あと少しでも衝撃を受けたら間違いなく崩壊してしまうわ。
それを食い止めるためには、支えが必要よね。
深く息を吐き出した私は彼女の丸めた背中に向かって、「何かお手伝いさせてください!」と力強く言った。それを聞いたドリーさんは、顔を上げてまばたきを二、三度した。
「いえ、突然すみません。ただ昔からこのお店でお買い物をさせてもらっていたから、力になりたいんです。だから困っていることがあれば、何でも言ってください」
「そんな……でも……」
ドリーさんが目を泳がせた。明らかに、その後に続くのにふさわしい台詞を脳内で必死に探している。
思い切って提案したけれどやっぱり、ご迷惑だったかしら──。
そんな私の考えをいとも簡単に吹き飛ばしたのは、ロッティだった。
「そうだよアメリア、さっさと手伝ってあげてよ。お店をオープンするために、馬車馬のように働きなさいっ」
「な、何よその命令口調」
私を召使いかなにかだとでも思っているの? と返すよりも早くロッティは腕を振り上げて、「お店がこのままなんてぜーったいに嫌。だってドリーさんとキャラハンさんのセールストークが大好きなんだもーん」とわめき散らした。
なんてわがままなの、この子は……。
私は彼女を落ち着かせようとその薄っぺらい肩に手を置いた。それでも彼女のジタバタは止まらない。これじゃあさっきの格闘の二戦目だわ。
そんな酷い有様に笑う要素なんてどこにもなかったはずだけれど、なぜだかドリーさんはふふっ、と小さく笑みをこぼした。
「……それじゃあ、アメリアさん。ご相談だけでもさせていただいてよろしいでしょうか?」
「あっ、はい。私でよければ。あの、さっきからうるさくして本当にごめんなさい」
「いえいえ。おかげでちょっと癒されましたから」
ここじゃなんなので中へどうぞ、と、ドリーさんはドアを全開にして私たちを迎え入れてくれた。待っていましたと言わんばかりに、ロッティが弾むような足取りで歩いていく。
……まさか彼女、ドリーさんが助けを求めやすい雰囲気を作るためにあえておどけたのかしら。
それを直接聞くのは野暮だから、私は黙って店内に足を踏み入れた。
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