Ribbon chocolate 2 ~宝石店の壁~
杏藤京子
Chapter 1 “CLOSED”?
それはうなじをかすめた程度の弱い風だったけれど、筋肉が萎縮するようなパキッとした冷たさがあった。さっきまで乗っていた連接バスが電子サウンドを奏でながら、ショッピングストリートをあっという間に通り過ぎていく。
つま先から脳天にかけて震えたあと、私はアパレルショップが建ち並ぶ石畳の道を歩んでいった。
街路樹の葉は緑の色素がすっかり抜けて、赤レンガと見事に調和する黄金色に染まっている。なんだか葉が自らの意思で美しくなろうとしているみたい。私としては尖頭アーチの細長い窓や、派手に弧を描いた模様の彫刻があちこちに取り付けられたあの市庁舎よりも、遥かに立派だと感じるわ。
そんなふうに街路樹から市庁舎、さらに交差点へと視線を移していると、フリル加工された店舗テントが設置されたお店のガラス扉に、一人の少女が顔を近づけているのが目に留まった。私から彼女まで二〇メートルは離れていたけれど、それでも後ろ姿だけで誰なのかはすぐに分かった。
私と同じ制服を着ていて、大きくウェーブがかかった長い金髪の持ち主で、その頭にカチューシャをするようにリボンを編み込んだヘアアレンジをする子なんて、クラスメイトのロッティしかいないもの。
私はロッティの右肩を軽く叩いて、「何をしているのよ」と声をかけた。急に話しかけられれば少なからず驚きそうなものだけれど、彼女は無言でゆっくりと振り返った。
こんなに時間をかけて首を回すなんて、よっぽどそこから動きたくないのかしら。
「今ねぇ、お店を調査中なの」
よくぼうっとした表情を浮かべている彼女が、珍しく眉をひそめてそう言った。
「ここの店員のドリーさんがね、とっても素敵なアクセサリーを作ってくれるので有名なの。だからイヤリングを作ってくださいって依頼しようと思ってたのに、学校終わりにすぐ来てみたら、どーも誰もいなさそうなんだよねー。それで本当に営業していないのか調査中なんだ」
見れば店内を隠すように、ガラス扉とショーウインドウのカーテンが完全に閉められていた。
ここは『キャラハン・ジュエリーストア』。隣にある巨大な建物のせいで見落としてしまいそうになるほど、こぢんまりとした宝石店だ。
「きっと何か事情があってお休みしているのよ。また日を改めて来ればいいわ」
「やだよぉ。今日頼まないと来週の、クマちゃんのワンピースを着てお出かけをする日に間に合わないもん」
「そんなのあなたのわがままじゃない……」
ロッティがメルヘンチックなファッションを好んでいて、週末にはお気に入りのお洋服を身にまとって街へ行くことは学園のみんなが知っている。そして誰に何を言われようと、決して自分のスタイルを曲げないことも。
中の様子を覗こうとしているのか、恐ろしいくらい熱心に窓にへばりつくロッティの両二の腕を私は掴んだ。
「さぁ、もう引き返しましょ」
「いーやーだーっ。アメリアだってスイーツの祭典に行ったら全部食べ終えるまで帰らないでしょ、それとおんなじだよっ」
「そ、そこまで食い意地張ってない……わよ……!」
大っぴらには言っていないけれど、彼女にだけは私が甘いものに目がないことを知られてしまっているのよね……。
ロッティが体をねじって連行拒否するから、私は彼女を背後から抱きしめて、暴れる彼女の上半身を押さえつけた。周囲の人々はわあわあと手足を動かす私たちを見て、じゃれ合っていると思うのでしょうね。実際は万引きの現行犯とそれを追う警察官がするような本気の格闘なのだけれど。
そのとき、お店のガラス扉が内側から外側へ数センチほど開いた。その隙間から控えめに顔を出したドリーさんを見て、私の全身が硬直する。
騒がしくしてごめんなさい、と謝罪するのを忘れてしまうほど、ドリーさんの表情には影が落とされていたの。
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