第2話 自由の鳥

もう部活を決めないといけない時期が来る。「木下蒼井」君は見学の時からずっと目を輝かせてまじまじと楽器を眺めては笑顔をこぼしていた。私にはそんな気持ちが全くわからない。でも結局吹奏楽部に入ってしまった。それも君と同じ楽器のトランペット。私は毎日部活動の時間が憂鬱だった。隣にはいつでも目を輝かせている君。目の前には楽しそうに音を奏でている先輩たち。でも私は…。どうしても音楽が好きになれなかった。楽しそうに音を奏でているみんなが憎い。もしかしたら私はそれが羨ましかったのかもしれない。狭い鳥かごの中で思うように飛べないそれは私だけなんだろう。きっとみんなはこの大空を自由に飛び回っている。同じ人間として生まれてきたのに私とは世界が違う。みんな毎日輝いているように見える。その一方で私は毎日真っ暗な世界をさまよっているようだった。私も普通の家庭に生まれていたらここにいるみんなと同じようにキラキラと輝けていたのかな。私の入りたい陸上部にも入れていたのかな。こんなにも音楽を嫌いになっていなかったのかな。でもこの世に生まれてしまったからには天才ピアニストの娘という事実は覆せない。普通の人になりたかったな。自由になりたかったな。もっと自分の人生を自分らしく楽しみたかったな。私の願望がぐるぐると頭の中を回っている。そんなとき一つの言葉で私は一気に現実に引き戻された。「急でごめんなさい。あなたってもしかしてあの天才ピアニストとも呼ばれる天音正幸さんの娘の天音七海さんですか?」話しかけてきたのは木下蒼井。あぁまたこんな質問だ。彼に悪意がないのはわかっている。それでも私は彼を好きになれなかった。だから「そーですけど何かようですか?」と少し冷たく当たってしまった。でも彼はそんなのおかまいなしに話しかけてくる。「初めて本物にあった」とか「握手してもらえませんか」とかならよく言われることだ。特にこんな吹奏楽部の部室なんかじゃ余計だろう。でも彼は「天音さんって音楽好きですか?」こんなことを聞いてきた。そんなの「はい」としか答えれないだろう。なんで彼はそんな質問をしてきたんだ。でも頭の中ではそう思っているのに口が動かない。なんでだろう。私は天才ピアニストの娘。せめて音楽好きの娘でいなくては。でもやっぱり思うように口が動いてくれない。そんな私の様子を見て気を使ってくれたのか「突然こんなこと聞かれてもそりゃ困りますよね」と話を切り上げてくれた。「じゃあまた今度!」彼は元気に去っていった。私はただ愛想笑いをすることしか出来なかった。


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