第壱章 ふたば | 双葉
前編 ふたば
晴れて恋人になったあの日、そのあとはなんとなく2人で帰った。みんなそうするだろうと思ったから。
佐久間は同じ年で9月生まれだった。自分は4月に生まれたので少しの間だけ一つだけ年上だ。
身長は彗よりも高く、170㎝弱だろうか。
部活動は軽音でベースを弾いてるらしく、今文化祭に向けてバンドの練習が忙しいようだ。
家族は4人家族で妹が一人。3つ違いらしく、シシュンキで大変だといっていた。
他愛のない会話をして、佐久間のことを知った。今までの男の子たちがよくいう、『これから知っていけばいい』というのはこういうことだったのだろうか。
断ってしまったあの時を思い出し、むず痒い心をそのまま持ち帰った。
夕飯を終え、寝支度をしているとスマホに通知が来た。佐久間だった。
『おつかれさま!今日はうれしい返事をありがとう。
いつも断ってると聞いてたし、緊張してたんだ。
一緒に帰れてよかった。
また明日ね、おやすみなさい。』
友達とのやりとりと大差ないはずなのにくすぐったかった。
あれこれ悩んで書いては消してを繰り返しながら返信の文章を作った。
でも、そこには自分らしさはなく、学校の二ノ宮 彗が打ち込んでいるような気がして仕方なかった。
どこか他人行儀でなんだか自分じゃない。でも自分らしさを混ぜ込む勇気はなくて、そのまま送ってしまった。
その夜は今日あったことをぼんやりと考えては不思議な感覚に包まれながら気付くと眠りについていた。
◇
学校で顔を合わせるたびに佐久間は無邪気な笑顔を自分に向けてきた。
自分も笑顔を返すが、どこかぎこちなく、。笑顔が引きつってないか気になり顔を合わせるのすら少し緊張した。
噂好きなトシゴロというのは、本当にどこから話が出ているのかわからない。彗に彼氏ができたことが瞬く間に知れ渡ったことも想像するに
「スイ、あんた彼氏できたんだって?」
その噂はもちろん汐里にも届いていた。
「ようやくって感じだね。あんたなんかにも彼氏とかできるんだぁ。」
いつも通り嘲笑するようににやにやするその笑顔には確実に不満そうな感情も見えたのを彗は見逃さなかった。
自分に恋人ができたことが面白くないんだろう。すぐにわかったが、何も気付いてないようにふるまった。いつも通りだ。
「そうなんだよね。せっかくの縁だしなと思って。佐久間くん、いい人そうだし。」
当たり障りないように返したつもりだったが、汐里は気に入らなかったようで
『ふーん・・・』とつまらなそうに話題をそこから広めようとはしなかった。
休み時間にも佐久間は相変わらずクラスに遊びに来ていたが、変わったことといえば彗を目で探して見つけては笑顔で小さく手を振ることだった。
彗も小さく手を振り返す。周りの目が少し気になるが案の定そのやり取りを見ていたモノが居た。
「星壱と付き合い始めたの、ホンマなん?」
手に持ったセンスをパシンと閉じて口元に添えながら彗にひそひそと話しかける。関西地方出身なのか訛り口調にはほとんどなれたものだ。
「…うん。そうなの。」
「へぁー!!なんちゅうこっちゃ!実は汐里が狙ってたん知っとった?」
センスを額に当てながら嘉奈は悩ましそうに首を傾げた。
初耳だった。汐里はいつも自慢げに彼氏のはなしをしてたじゃないか。
驚きを隠せず笑顔がすこし崩れた。
「・・・それ初めて聞いたよ。だって、汐里ちゃん、彼氏がいるって。それに、私からじゃなくて、佐久間くんから、その、コクハクしてくれて・・。」
「そうなんやぁ、そうかぁ星壱がなぁ・・・。」
親しそうに名前を呼ぶのを見るにそれなりに仲がいいのだろう。
「嘉奈ちゃんは仲いいの?」
嫉妬のようになってないかと少し気になったが、佐久間のことを知れるかもしれないと口思わず訊いてしまった。
「そこそこ仲はいいんとちゃうんかなぁ。正直わからんけど。汐里ががっついていくからちょっと引いてる感じかな。口数は少ないけどよく笑うええコやなって感じ。」
けたけたと笑いながらセンスを仰ぐ姿を見ながら、そっと自分の中にある佐久間のイメージと照らし合わせていた。
確かにそこまで口数は多くない。けれど、一緒に帰ったあの日は一生懸命いろんなことを話してくれてた。少し頑張ってくれてたのだろうか。そう思うと照れくさく感じた。
長かった一日の時間割をこなし、帰る時間になると教室の外で恥ずかし気に頭を掻く佐久間が待っていた。
「おつかれ。…あの…委員会とかなかったら一緒に帰らない?」
汐里からの痛い視線を背に感じながらも、断ることも胸が痛いため一緒に帰ることにした。
帰り道ではその日あったいろんなことを楽しそうに話してくれた。
朝寝ぼけて失敗した話、道端の野良猫がかぎしっぽだった話、昼休みに購買で買いそびれそうだった話、英語の教師が話してたコバナシ、他にもいろんなこと。
嘉奈は口数が少ないと言っていたが、そうは思えないくらいたくさん話してくれるその姿に本当の佐久間がどんな人物なのかわからなくなりそうだった。
心がむずむずとする中、ただ明るく話を聞いていることしかできなかった。
「二ノ宮さんは…どうだった?」
訊かれるとどう答えていいものかわからなかった。
「んー…普通だったよ!」
なんだそれ、と優しく笑う姿に自分の気持ちを素直に言えないことに酷く虚しさと孤独を感じた。
自分の素直な気持ちを言ってしまったら、受け入れてもらえないかもしれない。心のどこかで小さく思ってしまった。
誰も本当の自分を受け入れてくれない、本当の自分を出したらどこかに行ってしまう。
きっと佐久間も例外じゃないだろう。にこにこ笑ってる自分だからいいんだ。
きっとそうだ。
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