『望まない光』
ストロベリーブロンドの髪が、少しばかり長くなった。メリルは年季の入った白薔薇の髪飾りで両耳の髪を留めてから、時刻までまだ余裕のある議場に入る。メリルが姿を見せると、先に来ていた議員や同君連合国の代表たちから、見惚れる吐息と歓声を抑えた驚きの声が上がった。メリルを飾っていたのは、髪留めと、ほっそりした手を彩る紅白の薔薇を象る指輪のみであった。メリルを輝かせていたのは、今や宝飾やドレスではなかったのだ。
メリルの傍にスカーレットが寄り添うと、たちまち空気が明るみを帯びる。政治家として、君主として、風格を確固なものとしたメリルと、軍人として至高の地位についたスカーレットが並べば、最早敵となる者はいない──美しい王女と戦姫は二人で一つの、新たなる帝国の象徴をつくり上げていた。
この日の議場は、公女ロックハーティアが破滅した国境の都リステラであった。やはり注目されていたのはエリク公国の君主として復権した、公女の異母弟グリノールズのメリルに対する行動である。苦難を一つ越えたメリルが包み持つ高貴と典雅は
ある種の近寄りにくさをも育んでいた。しかしメリルを見つけたグリノールズは、真っ先に歩み出て挨拶をした。
「メリル殿下、殿下をはじめ此度の帝国の皆様のご尽力、ありがとうございました。遅ればせながら、お礼申し上げます」
メリルはにこやかに応じて、グリノールズの体調を気遣う。
「お加減はもう大丈夫なのかしら、公子?」
「はい、もう何もかも」
「喜ばしいことですわ」
グリノールズはメリルの手の甲に口付けた。
そこへ首席執政官バフォメット、次いでミゼルが到着する。ミゼルがメリルとグリノールズに挨拶する間に、バフォメットは一人、スカーレットに恭しく会釈していた。
ぞろぞろと議員たちが入場する中には、次席執政官クロードの姿と派閥がある。ミゼルの目が、自然と細くなる。
丁寧な口付けを挨拶に代えたバフォメットに、スカーレットは溜め息をついた。決まりごとであるかのように平然とやりとりを終えたバフォメットは、グリノールズを顧みる。
「バフォメット殿、この度は――」
「臣に挨拶は不要です。全ては殿下やハークネス中将をはじめとした方々の力ゆえ」
ミゼルが開会までふらふらしているふりをして、此方の話に耳を傾け参加している。スカーレットが再びメリルの傍につくと、メリルは世間話をするときの表情を作った。話題の重さを悟られぬよう、囁く。
「公子はもう……この国に巣食う反王家勢力について聞いていらっしゃるのかしら?」
「ええ……異母姉と結託していた次席執政官とその仲間ですね。ローランド大将から詳細は聞いています」
メリルの声音と表情は、遠目に見ればグリノールズを気遣うそれでしかない。だがグリノールズがメリルの演者ぶりに驚いたのは短い時間である。グリノールズも自分なりに、気を遣われているふうを装って表情を作る。
「わたくしへの支持にはとても感謝しています。ただ、公子がわたくしへの支持をお決めになったことで反王家の方々が何かしら動くでしょうから……共に励んでいただきたく、お願い申し上げます」
「此方こそ。我が心は殿下のお志と共にありますから」
メリルは微笑んで会釈し、スカーレットの席に向かった。スカーレットはかすかに口角を上げて、背の低いメリルの耳元で笑い囁いた。
「素晴らしい君主ぶりじゃないの、メリル?」
「これからですわ。わたくしはまだ王女、貴女に習うことがたくさんあります」
メリルとスカーレットは別れてそれぞれ別の席に着く。会議が、はじまる。スカーレットは軍人席からメリルを見つめていた。
気の早い感慨がスカーレットを包んだ。隣のミゼルが呆っとしていることも、いつもならば咎めているところであるが、スカーレットはメリルだけを温かいまなざしで見つめ続けていた。議長が新国王にメリルを即位させることで異論がないかと言っている。スカーレットは赤い瞳の奥が涙の匂いに潤んでいく感傷に浸りながら、腕を置いた机上に睫毛を伏せて、様々な想いを顧みていた。反王家の存在すら一時は忘れて、スカーレットは俯いて震えていた。報われるのは、メリルだけではなかったからだ。
メリルの即位は、スカーレットの望みであり、願いであった。
(私はメリルのために生まれたんだ。メリルを愛し王にするために。メリルの栄光が私の名誉なのだから)
涙が滴らぬよう、スカーレットは目を閉じて睫毛を伏せていた。赤く長い睫毛が、こぼれることのない落涙を数えて、鋭い。
「議会の総意はメリル殿下を次期君主に決め――」
「お待ちください、議長」
だがまさに決定が下されようとしたとき、議場の入口に現れた大司教が不遜な口調で言った。
議長の隣席にいたバフォメットが、眉も目も動かさずに、灰色の瞳だけをぎょろりと動かす。スカーレットは何事かと顔を上げる。
大司教は今こそ我が時代と言わんばかりに申し立てた。
「異議があります。皆さんは先帝の弟である私にも王家の血が流れていることをお忘れですか?」
大司教の主張に、一同は言葉なく騒然とした。大司教バンスは事後連絡めいた口調で、議員たちのざわめきを煽る。
「私は還俗さえも辞しません。そして新たな都としてこの国境の街リステラへの遷都は、もう八割がた準備が整っています」
沈黙の動揺は次々と声に変わっていった。スカーレットも目を見張って、唇をわななかせる。
「そんな馬鹿な……」
メリルは突如手のひらを翻した叔父にただ唖然としている。バンスはそんな姪を目の端に置いてにやりとしただけだ。バフォメットは頬杖をついた指先を薄い唇に乗せ、目を細めるときとは逆の不遜を以て目を伏せている。バンスがずっとバフォメットを見ていたからだ。
「そうだ、あの大司教、先帝の……」
スカーレットの隣で、ミゼルも驚きの声を上げている。
「バンス・ボーフォート……!」
スカーレットは汚れたものを吐き捨てるように呟いた。
大司教バンスは先帝の異母弟であるが、異母兄と長く協力を続け、争うことをしなかった。母親の違う王家の兄弟など、王位継承で争うことは必定かと思われたが、バンスは自ら大司教の座を望み、兄である先帝に仕えてきたのだ。無論、当時王家の異母兄弟のうち兄の方にバフォメットが君主の頭角を見出したこともバンスが退がった理由かもしれない。だがそれでも先帝がバンスを危険視し、排除するに至らなかったのは、バンスが従順であったからであろう――例え、演じられた従順であったとしてもだ。
しかし先帝がバンスを完全に信用していたという証拠はもはや存在しない。従順というだけで安心して生かしておくことなどできない異母弟という存在を、何故先帝は側近にしていたのかが不明となる。現に今、バンスは自らの王位を主張しているのだ。肚裏で王位を狙っていたのは、明白だ。
スカーレットは立ち上がった。メリルの元へ行かねば、メリルを守らねばという想いだけであった。
バンスは恐らく水面下で遷都の用意を進めていた。先帝の病が発覚したのちに準備は加速。その死後はメリルと公女の戦いを見物して、二人の姪のどちらかが消えるのを待ち、自分への賛同が増える機会を窺っていたのだ。
バンスにとって自分の影響力を考えると、消えてほしかったのはメリルの方であったろうが、自分の力では干渉が難しく排除しづらい公女をメリルが消したのを見計らって、今出てきたのであろう。
スカーレットは周りも顧みず狭い通路を駆けた。事実上叔父に裏切られたメリルの傍に来ると、立ち上がったメリルの繊手を握りしめる。
バンスはバフォメットに尋ねた。
「首席執政官、あなたが殿下を推さなかったのは、この私を意識していたからではないですか?」
スカーレットはバンスの問いかけに早合点した。だが睨みを含んだ赤い瞳はすぐに我に返る。バフォメットがバンスを推すならば先帝が選ばれている過去の時点で矛盾が生じると思ったのだ。バンスが選ばれているのなら、とうに皇帝の座についているはずである。スカーレットの推測通り、バフォメットは面倒くさそうに目を伏せたままバンスに応じた。
「違うと言っておきましょう。大司教、あなたは伏兵でした」
スカーレットの手の中で、メリルの小さな手は激しい動揺に震えていた。スカーレットもこの強力なる新たな敵を前に、どうしていいか分からない。
きっと今、反王家勢力も混乱している──しかし、スカーレットは別の思考を働かせ、メリルの王位を危ぶんでいた。
もしバンスが即位したら、メリルの身が危険に曝されると思ったからだ。仮に還俗したとしても、バンスには教会の後ろ盾が強力に存在することには変わらない。その権力を持ったまま王位につけば、政教一致してバンスの手に膨大な権力が落ちることとなる。そうなれば邪魔者でしかないメリルは殺されずとも降嫁という形で国外へ飛ばされ、権力拡大の駒にされる上に帝国の国政から遠ざけられるのは明らかだ。
(私はどうしたら……どうしたらメリルの王位を守れる……!?)
「臣はあなたを推すとは言っていません」
スカーレットの思考を絶ったバフォメットの台詞、そのにべない響きに、議場の扉が開く音が重なった。荒々しく放たれた扉から血相変えて入場したのは、公国に残っていたはずのダズマールだ。ダズマールが掴んでいた紙を見て、バフォメットは怪しく微笑む。
「切り札を使うときが、早まったらしい」
バフォメットの一人言を聞いたのは、メリルとスカーレット、そしてバンスの三人だけであった。
「先輩、大変なんだ、大司教が」
ミゼルがダズマールを呼び止めるが、ダズマールは一顧だにしない。まっすぐ向かった先は、スカーレットの前で、一同は何事かとざわつく。
ダズマールは酷い剣幕でスカーレットの前に立ち止まった。ミゼルの呼びかけに見向きもしなかったダズマールの瞳は、恐怖と驚愕に乾いていた。この場での議論が何であるか弁えているはずのダズマールは、スカーレットの瞳の赤を見据えて、唇を震わせる。
「ダズ、公国で何か」
「……スカーレット、お前が先帝の娘だと証明する書類が、公国の公文書庫から見つかった」
スカーレットの美貌は、霜が張ったように色味をなくした。同時にメリルが弾かれたようにスカーレットを仰ぎ、議場は遥かな静寂(しじま)の波紋を広げ、誰もが息を殺した。
ミゼルが瞠目したまま、口元だけを唖然という思いだけで動かす。
「中将が……アルフレッド王の娘……!?」
掴んでいた証明書類を、ダズマールは読んだ。持っていたのはスカーレットの出生証明書である。
「父親の欄に〝アルフレッド・ボーフォート〟とある。これは先帝の名で、母親の欄には〝アン・ハークネス〟とある。メリル殿下の母君であるヴィヴィアン妃とは違う女性だが……デネロス伯爵ハークネス家に実在した女伯爵だ」
グリノールズが一同の疑念と驚き、そしてスカーレットとメリルのつながりを、痺れた声で言葉にした。
「では、ハークネス中将とメリル殿下は……異母姉妹、ということですか……!?」
呆然とするしかないスカーレットは暴かれた血の衝撃に薄い唇をわななかせる。意識が遠のいたところでメリルを見下ろした目は諦念に翳っていて、メリルもまた心許ない瞳でスカーレットを見つめていた。
だがスカーレットの灼眼は怒りを孕んで鋭く変わった。ダズマールの手から書類をひったくり、静けさが果てる前に全ての文章に目を通す。ダズマールが持ってきた証明書は、間違いなく本物の、スカーレットの出生を証明する公文書であった。
「どうしてこれが……」
スカーレットは不測の事態にぽつりとこぼした。スカーレットの出生証明書は、四年前に起きたベルリリーの乱ののち、自らの手で破棄したはずであったのだ。それが公国から見つかった──スカーレットの視線は自ずとバフォメットの方に向いている。
書類を処分したときに偽物を掴まされていた──否、最初から本物は自分の手が届く場所になかったとしたら。偽物とすり替えていた何者かが、最初から保管していたとしたら。
「諸卿、どうしてこの国に二つの宗教が存在するかをご存知でしょうか。そしてその二つの信仰の〝違い〟が何処にあるのかを」
唐突にバフォメットが問いかけた。何故宗教の話になるのかさえ分からないほど驚きばかりで一同は麻痺していた。押し寄せてくる混乱に包まれた真相へ辿りつき納得するために、誰もが問いかけに支配され、解を探す。
思い巡らせていたミゼルが、はっとして声を上げた。
「離婚だ! 国境のマロワ教は離婚を許されているけど、もう一つのミトカ教は離婚を許してない」
「正解です。違いは離婚の可不可です」
頷いたバフォメットに対し、ひやりとした空気を醸したのは古い家柄の貴族派閥である。次席執政官クロードの新興派閥はバフォメットの言わんとすることを予測できずに静寂を保つ。
「先帝アルフレッドが若き頃に、我が国は国教をミトカ教から新しいマロワ教に改めています。皇帝自らがマロワ教に改宗したからです。何故改宗の必要があったのか? ──それは離婚を当時の国教が阻んだからです」
先帝の改宗に伴う国教の変更――その真相はおろか、そのようなことさえはじめて知った者たちのざわめきが徐々に大きくなっていく。
「聖職にあった弟のバンス氏を先に改宗させて新国教の大司教の座につけたアルフレッド王の改宗は前の妃との離婚へと進みます。離婚ののち、先帝はすぐに、隣国の王女だった故ヴィヴィアン妃を妻に迎えます」
バフォメットははじめて、忌まわしいものを見る目の光を露骨に翳らせて、メリルを見た。
「ヴィヴィアン妃が生んだ娘が、メリル殿下です。尤も、ヴィヴィアン妃は殿下を生んだその日に亡くなりましたがね」
メリルから視線を移しながら、バフォメットは続けた。
「アルフレッド王、先帝は離縁した元妃との間に、娘を一人もうけていた」
灰色の、温かみに欠けたには、かすかな恍惚が垣間見える。紙のように白く褪めた美貌の女将校を敢えて見ることはせず、力強く謳い訴えかける先に据えたのは、震える諸卿たちだ。
「美しき赤髪の、凛々しき灼眼の、王家の血を色濃く引いた赤薔薇の真血(しんけつ)」
バフォメットの発言が誰を指すのかは明白であった。一人、また一人と、バフォメットの一言一言の合間に、視線をスカーレットに移す者が増え、ついには殺到した。幾つもの魅せられた目にスカーレットは退くも、最早何処にも退路はない。議場はバフォメットの言葉を待ち構え、熱を帯びる。
「第一王女スカーレット・ハークネス中将! 臣はスカーレット姫を次期君主に推しましょう!」
スカーレットに今できることなど、何一つとしてなかった。怒りさえ感じる余裕も消え、表情は限りなく虚脱していた。
「奴の今までの行動と言動全ては、最初から殿下でも公女でもない中将を推すためだったのか……!」
クロードが唸ると、同じ派閥に属する部下が囁く
。
「しかしクロード卿、メリル殿下とハークネス中将が実の姉妹だという証拠はありません」
「首席執政官、とうとう公然の秘密を明るみに……!」
クロードに近い席にいた古い家柄の貴族が、息を詰まらせるように呟く。その台詞を拾ったクロードは、掴みかかってまくし立てた。
「公然の秘密とはどういうことだ!」
「ハークネス中将が先帝陛下の娘だということです」
「私は知らなかった。貴殿は何故知っていたのだ、中将の出生が公然の秘密だと」
「先帝が離婚したのはクロード卿、あなたが議員になる前です。古くから議席を世襲している我らの派閥は知っていました」
「では何故中将を一介の軍人として扱っていた?」
クロードたちのやりとりを聞いていたように、バフォメットが嘯いた。
「先帝はアン元妃とのつながりそのものをなかったことにするため、アン元妃を知る側近や元妃に近しい者を非合法処分しています。そしてつながりを消去するために、元妃との娘の身分さえ貶めた」
「娘の処分は臣が進言してやめさせました。また娘の存在を知る古くから議席を世襲する派閥の貴族たちを粛清するには、こじつけられるような理由がなかった。先帝は娘が成人したら母の名を継ぐことを条件に、娘の存在を秘匿して箝口令を敷いた……そういうことです」
「殿下と中将の血縁を疑うのならば、臣が先帝の遺髪から血縁を決定づける証拠がありますゆえ、開示を希望する方はお申し付けください」
クロードは世襲派閥の議員を掴んだ手を突き放した。
今やスカーレットを置き去りにして、様々な憶測と策略がその糸を張り巡らせていた。スカーレットの弱々しい失意は、誰の耳にも届かない。
「バフォメット、お前は何てことを……」
「先帝がスカーレット姫の前で倒れたのは細密な皮肉めいて、流石の臣も慄(ふる)えました。だが見放した姫に跪くことになったのは、姫こそ先帝を超越する君主になられるからこそ……」
「……何てことだ、中将が王女、王家の人間だったなんて!」
クロードが苦々しく吐き捨てる。スカーレットの身分と出生が明るみになった今、メリルが公女を裁いたときの言葉が思い出されたのだ。
〝王家に仇なす者は、何者であれ、あらゆる手段を講じて排除します〟
〝わたくしたちを害する者の居場所など、この国の何処にもないと知りなさい〟
あの当時、ただ一人となったボーフォート王家をメリルが〝わたくしたち〟と言ったのは、先王への侮辱を許さないという意味ではなかったのだ。メリルが言う王家──それはメリルと、自身の異母姉スカーレットを指していた……
クロードの息は我知らず震えている。クロードは反王家勢力の長として公女と組み、過去二度にわたりスカーレットを陥れている。自分が王女に仇なしたことが知れたら、国家反逆罪を犯した政治犯として捕らわれるのは火を見るより明らかである。何より反王家の粛清を仄めかしたときのメリルの瞳は、クロードを見ていた。メリルが何も知らないと考えるのは危険すぎる。
「首席執政官、余計なことを!」
目障りな敵であるメリルと公女、その争いでどちらかが消えた頃合いを待ったつもりでいた大司教バンスも、忌々しげにバフォメットを睨む。しかし驚きはすでに蒸発して久しく、バンスの存在は霞んでしまっていた。
「そうだ、先王の第一王女なら……スカーレット姫が次期君主にふさわしい!」
誰かが、叫んだ。バフォメットがにやりとした。風に何かが音もなく、翻った。
声が上がったのは古い家柄の貴族からなる派閥である。スカーレットの出生・公然の秘密を知っていた人々が、幾人も声を上げ出した。良くも悪くも保守的で、家を守ることばかり考えている〝風見鶏〟が、一斉に翻意した瞬間であった。
「ハークネス中将は素晴らしい王になる!」
「そうだ、数々の武勲を上げてこの国を強くした将軍だ」
「強く美しい帝国の象徴としてふさわしい!」
「ハークネス中将を王に!」
絡み合う思惑と策略は、熱を帯びて燃えていた。メリル、スカーレット、クロード、バンスが、狂いはじめた熱気を噛み潰すと同時に、バフォメットが謳う。
「臣はこのときを待っていた、待ち焦がれていた! 姫を見出した日から、臣は全ての至尊が姫のものになることを願い励んでいた! さあ諸卿、異論などあるまい。スカーレット姫を王に」
しかし帝王製造機の金言は結ばれることなく、乾いた発砲音に終止符を打たれた。スカーレットの手の中で閃いた銃が二発の弾を放ち、バフォメットの右肩を貫き心臓の側をかすめる。バフォメットは椅子から転び落ち、血があふれる銃創を押さえた。左胸のブリザーブドフラワー、赤薔薇のコサージュがひとひらの花びらを血で粘ついた手に湿らせる。
議場全体から憑き物が落ちたような、奇妙で静かな空気が、その場を正気にかえらせる。
バフォメットは倒れてぴくりともせず、苦鳴も上げず、スカーレットを、スカーレットだけを見ていた。痛みはおろか、他のものを何も見ていない目をしていた。
スカーレット以外の何一つ眼中にない瞳を、スカーレットは睚眥したのであった。蒼い硝煙の揺らめきの中で薄い唇を結び、自分しか見ていないという恐ろしく不気味な瞳と対峙して、宣言する。
「お前の思うようになどさせない――私は」
「臣から、逃げられるとお思いか……スカーレット姫、貴女こそ、臣の、魂を捧げられるべき、美しき君主に……」
「私は、メリルを王にする」
スカーレットは銃を腰に差すと、メリルの肩を抱くようにして議場から出て行った。
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