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  • 唯物論に吹かれてへの応援コメント

    まー起こった事に関して、その他諸々の感情については何も言えませんが、ともあれお疲れ様でした

  • 唯物論に吹かれてへの応援コメント

    こんばんわ、拝読させていただきました。2月ですから私や諏訪野さんの作家仲間の人たちが、カクヨムコンお疲れ〜と言い合っている間、こんな気持ちを感じていらっしゃったのですね。月並みな言葉しかかけられませんが、本当にお疲れ様でした。寂しいですね。
    この作品を書く間、凄くこう…吐きそうになったり、頭痛がしたりしなかったでしょうか? というのも、自分の辛い部分を直視して作品を書く時、そうなることが多いのです。ご体調にはどうぞお気をつけて。上手く言えませんが、こちらの作品から創作に繋がる後押しみたいなものをいただいた気がします。

    作者からの返信

    伊藤沃雪様、こんばんは!
    えへへ、「アイデンティティ・シンクロニシティ」をガリガリ読んでキャッチコピーを書かせて頂いた頃です~! もう本当、作品の中でクロエとヘレンと一緒に飛び回っている間は暗い日常を吹き飛ばせていました、彼らには感謝しかありません!
    これを書いているときに関わらず、時々大して悲しくないはずなのに涙ぐんでしまうことがあります…が、私は元気です! なんとなれば、ようやく「レ・ユエ・ユアン」を読み進められているからです!(周回遅れですいません…)なんというか、初期のグイン・サーガを読んだ時のような興奮があります、質の高いロードムービーというか。私の方こそ伊藤沃雪様の作品に後押ししてもらってます、本当にありがとうございます!
    暖かいコメント、重ねて感謝申し上げます!

    編集済
  • 唯物論に吹かれてへの応援コメント

    くたばれ、脳神経科学!で泣きました。(なぜかいつもスロ男さんと同じ箇所に言及してしまいます)

    心の整理の道筋のひとつとして、これを公開する、という意味合いがあるのだと感じます。

    この世は取り返しのつかない出来事ばかりで、命も人生も本来不可逆な定めを背負っているのに、私たち人間は取り返そうとあがきます。でも、あがくからこそ、私たちは人間なのだろうとも。

    動物であっても受け入れ難い現実を拒否することが往々にしてありますが、私たちにはさらに共有資産としての知識が思案の邪魔や後押しをする。

    とりとめがなくなってしまいましたが、日記形式での二月のほぼ全貌をみせてくださり、ありがとうございました。

    作者からの返信

    虹乃ノラン様。有難いコメントとレビュー、感謝申し上げます。ふふ、スロ男様とツボが同じだったのですね。
    取り返しがつかないもの、本当にそうですね。書き進めながら、どうやら私は「死別」を通して「家族」について自分の中で整理したかったようだ、と気づきました。そして行きつくところ、結局は幼少期の自分の肉親・家族関係というものに端を発していて、元からなかったのに知識として刷り込まれた「普通の家族」を取り戻そうとするところに苦しみがあったのかな、と考えつつあります。あきらめ、というと後ろ髪を引かれる思いですが…
    いままで私には「家族」という言葉は呪いでしたが、今後は少しずつ家族についての物語も書けそうな気がしています。ようやく私はハミングをファンタジーとしてではなく自分の物語として読むことが出来ます、早く手に取りたいと願っています。
    本当にありがとうございました、今後ともよろしくお願いいたします。

  • 唯物論に吹かれてへの応援コメント

    エッセイ企画から来ました。

    興味深く、引き込まれるものがありました。
    物語は人の生き死にに複雑な愛憎がからみ、最終的な部分へとたどり着きます。このような事態においても、どこかでご自身と現実を冷静に観察しておられる存在という意味合いで作者さんを強く感じます。

    人間というものは物体ではないのですが、様々な法則がはたらく物体であるからこそ救われるものがある。掴みがたい心というものも、その極であろう魂というものも、時に科学の屈辱をうけながらも、永劫に人ともにあり続けるのでしょう。

    闇のなかを掴まりどころがないままに、ゆっくり落ちていくような読後感があります。心地良い感じではないですが、これぞ読書がもたらしてくれる恩恵であると最高に敬意を表したいと思います。

    (心地良い感じではない=悪い作品 の意味では決してありません。深く考えさせられるが言語化できない、とか、自分で整理できる感情ではない等の意味があると思いますので、ご了承いただければ幸いです)

    作者からの返信

    月詠 透音様、コメントありがとうございます。
    読後感、月詠様が感じられている通りだと思います。私自身、自分の中で何かが大きく変わったというわけではなく、時間の経過とともに痛みが薄れていつか穏やかな日々が来るといいな、と何の根拠もなく膝を抱えることしが出来ません。それでも何かがそこにある・誰かがそこにいるという真実だけは大切にしなければならないと思っています。
    深くお読みいただき、感謝申し上げます。

  • 唯物論に吹かれてへの応援コメント

    諏訪野 滋さま

    こんにちは。ためらいつつ拝読させていただきました。
    もちろん、感想として書き込める言葉なんてなにも思い浮かばず、ただ、文字を追いつつ動画のように目の前で繰り広げられる光景を眺めていました。その場に居合わせたかのような圧倒される臨場感でした。でも、考えていることは自分のことばかりなんです。
    どうして泣くことができるんだろう、どうして、そんなに人に尽くせるんだろう、どうしてそんなに優しいんだろう。
    私の中でもふたつの死(ほんとうはみっつ)がいまでもざわざわとうごめいていて、カクヨムを離れるまえにはそれを形にしておきたいなと思っています。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様、こんにちは! こんな作品を読ませておいて「!」はないだろう、と言われればお詫びのしようもございません…
    拙作はあくまで個人的な事情が複合してできた結果ですので、皆様それぞれのご事情に合わせて、ふとした時に周りに目を向けるきっかけになっていただけたならば、それでもう望外の喜びとするところです。自分の力でできることなどたかが知れていますので、ありのままに生きていけることに感謝しないといけないな、としみじみと思いながら暮らしています。そうそう、最近も素敵な百合小説を見つけて、天にも昇る心地で読み漁る妖怪と化しているのですよ。皆様の恵みに感謝です!(爆)
    エッセイ、やはり難しいな…医療エッセイくらいが私にはお似合いだな…と思いながら、カクヨムコンにも短編エッセイ一つくらい出してみたいな、とか考えていたりして。次は多分コミカル、絶対コミカル!私は基本ハッピーエンドが好きです、バッドエンドは好みではないのです!(ビターエンドは結構好き…ぼそっ)
    お読みいただき感謝です、ありがとうございました!


  • 編集済

    唯物論に吹かれてへの応援コメント

    数年前、義理の両親が相次いで脳梗塞になりましたが幸運なことに、たいした後遺症もなく現在も日常生活をおくれています。

    『幸運なことに』、この言葉は本当なのだなと、こちらのエッセイを読んで改めて思いました。

    魂はどこに在るのか?そこはブラックボックスのままですが、最期の日にお義兄様の手足がわずかに動いたのは愛する人へのお別れの挨拶であったのだと私も思います。

    諏訪野さんの、奥様に寄り添われているお心は、きっと伝わっていると思いますよ。

    作者からの返信

    げんさん、おはようございます。寝落ちして皆様へのコメントが遅くなりました、申し訳ありません!
    KAC2024、ご一緒にいろいろ楽しく書いてましたねぇ…3日おきのお題とか地獄のような楽しさでした。あの時、私は本当に助けられていたのですよ。たぶん、今もそうなのだと思います。
    心…どうなのでしょうか。伝わっているのかどうかわかりませんが、そばにいるということは何らかの力、あるいは流れ・縁といったものがあるのだと信じたいところではあるのですが。あるいは、小説でのつながりもそうなのかもしれませんね。
    カクヨムコン、近づいてきてますね。またエモい奴を書きたいところでありますが、特に長編が難産…今後ともよろしくお願いいたします!

  • 唯物論に吹かれてへの応援コメント

    くたばれ、脳神経科学! などと言いながら、おそらく作者は現実とはそういうものだとわかっている。わかってしまう自分が、おそらく理不尽ながらも奇跡にすがってしまう妻とは違う自分が許せないのだと思いました。

    でも多分。そんなこというよりも、他人である私とかから「つらかったね、がんばったよ。でなけりゃ、こんなふうに気持を処理するために人様に晒すなんてことできやしないよ」というのが優しさなのかもしれません。
    そういう意味では、私も優しい人間などではなく、それどころか魂なんてあやふやなものも信じちゃいないんだよな、と反射する心で思うばかりなのです。

    作者からの返信

    スロ男様、おはようございます。
    がんばり…はまったく意識外で。義理の兄のことも、妻との関係も、自分の気持ちも、頑張ってどうにかなるものではないとわかってはいましたから…唯物論は本来哲学で、それを自然科学の分野にそのまま当てはめることは無理があるのですが、自分に都合のいいようにそれを受け入れたり否定したりしているな、とため息をついているのが現実です。まだ少し弱ったままなのだと思います。
    ご経験は皆様それぞれですので、相手に一方的にかける優しさというものはなくて、集合知ではないですが多くの方々の気持ちを持ち寄っていくのが全体的な優しさにつながるのかな、と漠然と感じています。
    コメントありがとうございました、感謝いたします。

    編集済
  • 唯物論に吹かれてへの応援コメント

    お邪魔します。

    数年前実兄がガンで往きました。歳の離れた兄で最期まで私のことを心配してくれていました。

    「意識があってスマホがあれば贈り物ができると気づいた!」
    と毎週私にネットで注文した各地の名産品を送ってくれました。

    ある日「医師にそろそろだと言われた。今までありがとう」とメッセージが来た日の夜中旅立ちました。

    その後…2ヶ月ほど続いた兄からの贈り物。受け取る度に涙が止まりませんでした。

    兄がこの世からいなくなって数年。まだ冷凍庫の中には兄のプレゼントが残っています。


    義理のお兄様とは言え、心は家族。
    きっとアチラから見守ってくださっていると思います。

    作者からの返信

    @to-sanka-3様、いつもコメントありがとうございます。
    読ませていただきながら涙が出ました。別れるまでの時間があったほうがいいのか、突然の方がいいのか…義理の兄ともっといろいろなことを話しておけばよかった、とそれが心残りです。なかなか気づきにくいですが、今をしっかり生きて行かないといけませんね。
    おつらいご経験をお話しいただき、感謝の言葉もありません。今後ともよろしくお願いいたします。

    編集済
  • 唯物論に吹かれてへの応援コメント

    想像では書けない密度がありました。
    所詮人間には、最適解など分からない。だとしたら飛び続けるしかない。
    質量には重力が宿り、力には作用が返る。それが唯一の慰めかもしれない。
    そんな風に感じました。

    作者からの返信

    蒼井シフト様、おはようございます!
    仰る通りですね、期待をしすぎるから失望が大きいのかもしれません。
    周囲が自分を映す鏡だとすれば、与えた以上のものが返ってくるはずはないのですから…だとすると自分の心の持ちよう一つだな、と思ったりもしています。
    いつも温かなコメント、ありがとうございます!

    編集済