第2話 異界で会った人達
「もしかして、近くに人がいる……?」
でも、この祭囃子は一体どこから聞こえてくるのだろう?
相変わらず周りは草木や山しか見当たらない上、人影どころか話し声すら聞こえてこない。
本当にこの音が祭囃子なのだとしたら、客の騒然とした声が聞こえてこないのは少し不自然だ。
けれど、もしもこれが本当に祭囃子だとしたら?
もしも近くに人がいたとしたら?
「ちょっとだけ探してみようかな……」
いないならいないで、諦めてまたトンネルに向かえばいいし。
とは言うものの、こんな何もないところでむやみに動き回ったら確実に迷う。あまり遠くにはいけない。
ひとまず、ここは今いる場所からなるべく離れないまま周囲に意識を配って、
「おーい。危ないから、あんまり線路のそばに寄っちゃいかんよ」
と。
ちょうど周りの景色をよく見渡そうと少しフェンスをよじ登ったところで、どこからか男の低い声が聞こえてきた。
「えっ。だ、誰?」
慌ててフェンスから降りて声がした方へ振り向く。
すると遠くの方──ちょうどトンネル付近で、片足のないお爺さんが杖を突いたままこちらを見つめていた。
人だ! 人がいる!
「あの! そこで待っていてください! すぐそっちに行くんで!」
そう大きな声で呼び止めつつ、すぐさま全力で駆け出す。
が、いつの間に離れてしまったのだろう……八分くらいかけてようやくトンネルの前にまで来た時には、片足のお爺さんの姿はさながら泡のように影も形もなく消え去っていた。
「……あれ? お爺さんはどこに……?」
さっきまで間違いなくここにいたはずなのに……ひょっとしてぼくの声を無視して、トンネルをくぐっちゃったとか?
「そんなぁ。色々訊きたい事があったのに……」
がくり、と肩を落とす。
せっかくこの場所から抜け出す方法とか色々と聞き出せるかもしれないと思っていたのに。
いや、こんな異界に足の不自由なお爺さんがいること自体奇妙というか、もしかしたら異界の住人だったりするかもしれないけれど。
でも、ずっと何もないよりはマシだったはずだ。たとえそれがちょっと怪しいお爺さんだったとしても、できれば、ここを出るための手段とか色々話を聞いて見たかった。
そんな落胆と共に、何気なくトンネルを見上げる。
するとちょうどトンネルの中央真上部分に、明朝体で「伊佐貫」と支柱に書かれてあった。
読み方はわからないけれど、たぶん「いさぬきトンネル」で合っているのかな? それか「いさきトンネル」?
まあ、どっちでもいいか。
それよりも今は、ぼく以外の人がいたという事の方が何より重要なポイントだ
コーちゃんが言うには、ここは異界のような場所らしいけれど、人がいたという事は案外誰かが行き来しているのかもしれない──異界と現実世界に通じる何らかの道を使って(あくまでもお爺さんが普通の人間だったらという前提だけれども)。
その手掛かりになるかもしれなかったお爺さんはすっかり見失ってしまったけれど、もしもこの近くにあるのだとしたら、やはり目の前のトンネルが怪しい。
ぶっちゃけ、ちょっと怖いけれど。
特に出口と思わしき光量もないところか、めちゃくちゃ恐怖心を煽ってくるけれど。
「まあ、どのみちこのトンネルを行かないと次の駅にも行けないし……」
なんて自分に言い聞かせつつ、背中に這う悪寒を誤魔化すように両腕をさすりながら、ぼくはトンネルの中に入った。
結果だけを簡潔に伝えると、特に何事なくあっさり出口に着いた。
というか、意外にもちゃんとした照明がトンネルの中にあったりして、さほど怖くもなかった。
で。
こうして出口に来てみると、残念ながら相変わらず民家だったり人の往来などは見受けられなかったけれども、その代わりというかなんというか、それまでなかったアスファルトが──舗装された道が目の前に広がっていた。
という事は、何かしらの乗り物がここに通りがかるかもしれないという可能性が出てきたわけだ。
ここに来て、ようやっと希望が見えてきた事に思わず安堵の息を零したところで、遠くの方ならエンジン音のようなものが聞こえたような気がした。
それは時間が経つごとにだんだんと大きくなり、やがて一台の自動車──ブラウンカラーの軽ワゴンがこっちに走って来るのが見えた。
「! 車だ!」
思わず両手を振って「おーいっ」と駆け寄る。これまでずっと歩いてきた事による足の痛みすら忘れて。
するとあっちも気付いてくれたみたいで、車のライトでぼくを照らしながら徐々にスピードを落として停車した。
よかった。これでスルーされてしまったら本格的に野宿を覚悟しなくちゃいけないところだった。
いや、これで助かると決まったわけじゃないから、気を緩めるにはまだ早いかもしれないけども。
なんて考えている内に、運転席側の窓がゆっくり開き、中から二十代後半くらいのお兄さんが顔を出してきた。
「君、こんなところで何してるんだ? しかも一人きりで」
と怪訝がるお兄さんに、ぼくは開きかけた口を一瞬噤んでしまった。
……どうしよう。さすがに居眠りしたせいで駅を寝過ごしたら、いつの間か「きさらぎ駅」という異界に迷い込んでしまって、線路を頼りに歩いていたらこんな場所にいました、なんて事を一から十まで説明したところで信じてもらえるとは思えない。せいぜい頭のおかしい奴と思われるのが関の山だ。
うん。ここは適当に誤魔化そう。
「えっと、ちょっとハイキングに来ていたら、いつの間かこんな場所まで迷い込んじゃいまして……」
「そんな軽装で? それにこの辺、ハイキングに来るだけの公園なんてあったかなあ?」
まずい。めちゃくちゃ疑われてる……。
でも、そりゃそうか。
普通一人で、こんな所まで来ようなんて思わないだろうし。
「というより、いつからここにいたの? もう六時半だぞ?」
「えっ」
慌ててズボンのポケットからスマホを取り出して時間を確認してみると、本当に六時半になっていた。ぼくの感覚では、まだ六時前だと思っていたのに……。
でもよくよく周りを見渡してみると、日はほとんど沈みかけており、薄闇が辺りを包んでいた。夕方と夜の間──俗に晩方というやつだ。
自分では意識していなかったけれど、かろうじて周りの景色を確認できたのも、どうやら背後にあるトンネルの光源のおかげだったようだ。
「うわ……全然気が付かなかった……。こんな時間になってたなんて……」
どのみちコーちゃんとの待ち合わせに間に合いそうになかったけれど、これじゃあ遅刻なんて言葉が生易しく聞こえるほどの大失態だ。コーちゃんになんて謝ろう……。
なんて一人頭を悩ましていると、
「もしかして、帰る方法がないとか? 家族には何か伝えてなかったのか?」
「あ、いえ……家族にはちょっと出掛けるとしか言ってなかったので、誰もぼくがここにいる事は知らないと思います。なので迎えは期待できないですね……」
お兄さんからの質問に素直に応える。するとお兄さんは「それはまずいねー」と眉根を寄せた。
「この辺めったに人が来ないから、このままだとずっとここにいる事になっちゃうぞ? ここ圏外だから、ある程度先まで行かないと電波も来ないし」
「ほ、ほんとですか? ど、どうしよう……」
と、オロオロするぼくを見て同情心を抱いてくれたのか、お兄さんが助手席を指差して「ほら、早く早く乗りな」と声を発した。
「え。の、乗せてってくれるんですか?」
「まあね。君みたいな子供を一人で置いておくわけにもいかないし。俺が近くの町まで送ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます!」
お礼と共にすぐさま頭を下げる。
地獄に仏とはよく言うけれど、まさに仏のようなお兄さんだ。さっき初めて会った人間なのにここまで親切にしてくれるなんて、よほどご両親の教育が良かったか、もしくは心の綺麗な人に違いない。
そんな感謝の念を抱きつつ、ぼくはお言葉に甘えてお兄さんの車に乗り込んだ。
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