付き合い始めて二年になる最高に可愛くて最高に頼りになる幼馴染に「きさらぎ駅に来た」と伝えてみたら

戯 一樹

第1話 きさらぎ駅



 冒頭から唐突ではあるけれど、ここでぼくの幼馴染みであり、付き合ってから二年目になる自慢の彼女を紹介したいと思う。

 彼女とは生まれた時から家がお隣同士の幼馴染で、幼い頃からとても可愛い子として持て囃されていた。

 それもただ単に可愛いだけじゃなく、頼りがいがあるというか、凛々しいというか、子供達だけでなく大人にも一目置かれるくらいに器量がよく、大抵の事はなんでもそつなくこなす利発で気立のいい女の子だった。

 それは高校二年生になった今でも変わらず、むしろ成長に合わせるかのようにますます容姿端麗かつ才気煥発さいきかんぱつになっていた。


 翻って、ぼくの方はと言うと。

 正直言って、平々凡々を絵に描いたような奴と言えば十分過ぎるほど、これといって特筆すべき点はなにもない、実に無個性な男子高校生だった。

 無個性というか、没個性というか。

 同窓会で久しぶりに会ってみたら「あれ? 見た事あるような気はするけれど、こんな奴、同じクラスにいたっけか?」とか言われるタイプ。

 端的に言えば、存在感のない人間ってやつだ。

 別段友達がいないわけじゃないし、決して人付き合いが苦手というわけでもないけれど、どうにも他人の印象に残りにくい顔をしているらしい。

 まあこの見た目のおかげもあってか、こと人間関係においてはほとんどトラブルに見舞われた経験がないので、別段疎ましく思っているわけでもないけれど。


 そんな影の薄いぼくが唯一自慢できる事があるとするならば、先述にもあった通り、完璧を人の形をしたような才色兼備の美少女と恋人になれた事だろうか。

 なんて事を言うと「なんでそんな地味な奴がSクラス美少女と付き合えるようになったんだ?」と怪訝に思われそうだけど、まあ正直に明かすと、実は両思いだったのだ。

 それも、幼稚園の頃からずっと。

 告白はぼくからだったけれど──正直恋人になれるとすら思っていなかったけれど、いざ面と向かって気持ちを伝えてみると、まさかのオーケーをもらってしまったのである。

 幼稚園の頃からずっと親交こそあったけれども、きっと向こうは友達としてしか見ていないんだろうなと思っていただけに、心底驚いたのは言うまでもない。



 これからする話は、そんなぼく達が摩訶不思議な出来事に巻き込まれながらも、彼女の快刀乱麻を断つような活躍を描いた怪奇譚である。



 ◇◆◇◆◇◆



『え? 寝過ごした……?』

 駅──それも誰一人としていない閑散とした駅のホームだった。

 すでに夕日が差し、茜色の空が目の前に広がる中、テレビ電話の向こうで驚き半分呆れ半分の面持ちで言葉を発した彼女に対し、ぼくはぎこちなく「う、うん」と頷いた。

『今日の午後五時に、一緒に花火を見に行こうって言ったのは君の方だったよね? なのにこれは一体全体どういう事なのかな?』

 などと少しウェーブがかった栗毛の前髪をいじりながら、少々語気強めに問いかけてくる彼女に、ぼくは手に持ったスマホから目を逸らしながら応える。

「それは、話すと長くなると言いますか……」

『できれば一言で』

「じぃちゃんの家から帰る途中、電車に揺られている内に眠気が来ちゃって、それでつい……」

『はあ……』

 再度溜め息を吐かれた。

 ぼくのうっかりで約束を破ってしまったのだから、当然と言えば当然の反応だけど。

「ごめんねコーちゃん。コーちゃん、すごく楽しみにしてくれていたのに、ぼくのうっかりで間に合いそうになくて……」

 コーちゃんというのは彼女の渾名だ。

 本名は言うまでもなくちゃんと知っているけれど、彼女は昔から本名で呼ばれるのを嫌うので──男っぽい上に古くさい感じがなんかイヤらしい。ぼくは凛々しくて良い名前だと思うけれど──幼少の頃からずっと「コーちゃん」と呼んでいるのである。

 まあ、ぼくも自分で言うのも他人に呼ばれるのも恥ずかしい名前をしているので、気持ちはわからなくもないけれど……。

「やっぱり、怒ってるよね?」

『別には怒っていないよ。呆れてはいるけれど。車や電車に乗ると眠くなっちゃう癖、昔のまんまだし。色々と危ないから、いい加減、その癖直した方がいいとは思うけれどね』

「極力善処します……」

 完全に直るかどうかはわからないけれど。

 なにせ、生まれた時からずっとある癖なので。

『まあいいよ。今に始まった事でもないし』

 そう嘆息するコーちゃんの首元から、一筋の汗が流れ落ちる。

 もう日も暮れてきた時刻とはいえ──ちなみにもう四時半過ぎになっていた線路まだまだ夏真っ盛りの七月下旬。

 こんな中、待ち合わせ場所である川原の近くで一人暑さに耐えながらぼくを待ってくれているのだと思うと、心の底から申し訳ない気分でいっぱいだった。

「本当にごめん……。今日のために可愛い浴衣まで着てくれたのに……」

『…………君、そういう恥ずかしいセリフをさらっと言っちゃうところあるよね』

「え? そんな恥ずかしいセリフだった? ぼくはただ事実を言っただけだよ?」

 実際、色とりどりの花が刺繍された藍色の浴衣がとても似合っているし、後ろ髪に刺さっている牡丹のかんざしも綺麗で、コーちゃんの凛然とした容姿にすごくマッチしている──スマホからだと肩から頭の先までしか見えないけれど、実物はきっと十人が見たら十人必ず振り返るであろう美麗な姿なのは想像に難くない。

 そこまで言うと、コーちゃんは赤らんだ頬を隠すように顔を逸らして、

『………………ほんと、そういうところだぞ、君』

「え、なにが?」

『なんでもないよ』

 言って、暑気を払うように自身の顔で手で扇ぐコーちゃん。

 こっちはそうでもないけれど、コーちゃんのいる川原はけっこう暑いのかもしれない。

 しかも、スマホから聞こえる周囲の喧々たる声から察するに、花火客もなかなかの数が来ているようなので、なおさら熱気が凄そうだった。

「ところでコーちゃん、そっちは大丈夫? 暑いのなら、いったん近くのコンビニに行ってもいいんだよ?」

『んー。お言葉に甘えてそうさせてもらうとしようかな。君がいつここに到着するかわからないし。聞くまでもないけれど、今からこっちに向かうつもりなんだよね?』

「もちろんだよ。ただ、よく知らない駅に来ちゃったみたいだから、今から時刻表を見て何時にそっちに行けるか計算するところだけれども」

『よく知らない駅? 君、電車で一時間くらいの場所にあるお祖父さんの家に行っていたはずじゃないのかい? それなら特急か新幹線でも使わない限り、そうそう見覚えのない駅には着かないはずでは? 今まで何度も利用している電車でお祖父さんの家に行ったんだろう?』

「うん。特急でも新幹線でもない、いつもの普通電車に乗ってそっちに帰るところだったんだけど、途中で眠くなっちゃって、それでふと目が覚めたらよく知らない駅に止まってて……」

『で、うっかり目的地を通り過ぎたと思って慌てて電車を降りたところまではさっきも聞いたけれど、結局なんていう駅に降りてしまったんだい?』

「えっとね──」

 視線を目の前のスマホから、その後方にある駅名が記された看板へと移す。



「きさらぎ駅、という所に来ちゃったみたい」



 その瞬間。

 いつもは泰然自若としているコーちゃんが、虚を衝かれたように双眸を見開いた。

『きさらぎ駅……きさらぎ駅だって? 君、きさらぎ駅って言ったのかい? 漢字の「如月」ではなく、ひらがなの方の?」

「う、うん。ひらがなの方だけど……え、もしかしてこの駅って、なにか有名な所なの?」

 周りは木々や山だけで特に目立つような建造物はないし、しかも駅員どころか、ぼく以外の客すら見当たらない。

 そんな無人駅みたいなところにしか見えないけれど、案外観光名所だったりするのだろうか。

『……有名だよ。その筋ではかなり、ね』

「へー。ぼくは寡聞にして知らなかったけれど、人気の観光地だったりするのかな?」

 ぼくの問いかけにコーちゃんは『いいや』と首を横に振ったあと、いやに神妙な顔でこう続けた。



『ネットロア──都市伝説だよ。つまり君が今いる所は、本来なら日本のどこにも存在しえない駅というわけさ』



「どこにもない、駅……?」

 駅。

 それも、日本のどこにない駅。

 えーっと?

 それってつまり、どういう事?

「ごめんねコーちゃん。ぼく、そういうの全然詳しくないからわからないけれど、要するに不思議な現象に巻き込まれているっていう認識でいいの?」

『まあ、そうだね。つまるところオカルトの流域ではあるのだけれど、昔から君はそういうのに疎かったから知らなくても無理はないかもしれないね』

 君自身は知らず知らず内によくオカルト関連のトラブルに巻き込まれているけれどね。

 なんて嘆息混じりに後を継いだコーちゃんに、ぼくはつい目を逸らしてしまった。

 色々と、心当たりがあり過ぎたから。

 でも、そっかー。またオカルトかー。

 こと人間関係においてはほとんどトラブルに見舞われた事はないと先述してしまったけれど──実際これまで基本的には平々凡々と生きてきたぼくではあるけれども、一体なんの奇縁なのか、何故かオカルト関連のトラブルにはよく遭遇してしまうのである。

 そのたびによく周りの人……特にコーちゃんに助けてもらっているのだけれど、今回もまたもや妙な事に巻き込まれてしまったらしい。

 できれば何かの冗談だと思いたいところだけれど、コーちゃんは至って真剣そのものだし、そもそも彼女がぼくに対してそんなつまらない嘘を吐くはずがない──残念ながら、これは現実なのだと受け止めるしかないようだ。気持ち的には夢か幻であってほしいところではあるけれども。

「ごめんコーちゃん。また変なのに巻き込まれちゃって……」

『まあいいよ……いや現状なにもよくはないけれど、ここで君を責めたところでどうしようもないからね。今はどうしたらいいかという事だけを考えよう。大丈夫。私が必ずなんとかするから』

「コーちゃん……!」



 カッコいい。

 なんてカッコいいんだ、ぼくの彼女は。



 もはやカッコよすぎて、惚れ直したというレベルを軽く超えている。いっそこの命をコーちゃんに捧げたい。

「で、これからどうしたらいいのかな? ぼく、本当に何も知らなくて……」

『安心して。「きさらぎ駅」の話はだいたい覚えているから』

「さすがコーちゃん! 昔から物知りだったけれど、ほんとなんでも知っていてすごいね!」

『うん。こういうオカルト関連に詳しくなったのは、ほとんど君のためなんだけれどね。こういういざという時になんでも対処できるように』

「うっ……。い、いつもご迷惑をおかけしてごめんなさいです……」

『別に迷惑だと思った事は一度もないから謝る必要はないよ。君だって好きでオカルトの類いに巻き込まれているわけじゃないんだから。私はただ、君が無事でいてくれさえすればそれでいいんだよ』

「コーちゃん」

『なんだい?』



「愛してる」



『あ、りがとう……。ていうか、本当に時と場所を選ばないね、君は……』

 しかも不意打ちで来るから困る、と頬を赤くして言うコーちゃん。

 気持ちが溢れるあまり、つい気持ちをそのまま口にしてしまったけれど、後悔はない。

 なぜなら、大いに照れるコーちゃんを堪能できたから。

『って、電話越しにイチャイチャしている場合じゃないよ』

 と仕切り直すようにこほんと咳払いしながら語勢を強めるコーちゃんに「そ、そうだったね」とぼくも背筋を伸ばした。

『いいかい、よく聞くんだ──ひとまず、むやみに動き回ってはいけないよ。遭難してしまう可能性があるからね。それか……に気を……て……のは』

「え? コーちゃん? 今なんて言ったの?」

 どうしたのだろう。それまで綺麗に映っていたスマホの画面が、突然ノイズが走ったように乱れてきた。

 もしかして、受信状態が悪くなってる?

「コーちゃん。もう一度言ってみてくれる?」

 試しに今立っていた場所から数歩だけ移動して再度聞き返してみる。

『じゃあも……度……よ? 気を付け……しいのは……りの音……』

 ダメだ。移動してみても画面の乱れが直らない。そのせいでコーちゃんの声もよく聞き取れない。

 突然前触れもなく電波が悪くなるなんて、この駅特有の──「きさらぎ駅」がもたらしている影響なのだろうか。

 などと困惑している内に、しまいにはスマホの画面からコーちゃんの姿が消えてしまい、完全にブラックアウトしてしまった。

 その直前に、意味深な言葉だけを残して。



「特にまつ………………けは気を付けて……」



「え、まつ? まつがなに? コーちゃん、コーちゃん聞こえる? もしもーし?」

 と、何度も呼びかけてみるも、一切応答なし。

 仕方なく通話を切って電波状態を確認してみると、いつの間か圏外になっていた。

「どうしよう……まだちゃんと『きさらぎ駅』の対処法を聞けないまま通話が切れちゃったよ……」

 思わずスマホを手にしたまま途方に暮れてしまう。

 相変わらず目の前には空虚な線路があり、他は夕焼け空と鬱蒼と生い茂る木々と草花くらいしかない。

 せめて人影でもあれば少しは違ったのかもしれないけれど、どこをどう見渡しても自分以外は誰一人して見当たらなかった。

 しかも次の発車時刻を確認しようにも、どこにも時刻表がないので、次の電車に乗るかどうかという算段すら立てられない。

 とどのつまり、完全に詰んでいる状況だった。

「まいったな……。コーちゃんは下手に動き回るなって言っていたけれど、このままだと夜になっちゃいそうだし……」

 もしそうなれば、最悪この駅で一夜を明かす事にならかねない。それはとても困る。

 というか、こんな人気ひとけもない薄気味悪いところで一人きりにされるなんて、単純に怖すぎる。

 この世界のどこにも存在しない駅となれば、なおさらに。

「やっぱここから移動しないとまずいかも……。あとでコーちゃんに叱られそうだけど……」

 まあ状況が状況だし、コーちゃんも大目に見てくれるだろう。

 大目に見てくれるはずだ、たぶん。

 ……大目に見てくれたら、いいなあ。

 さておき。

 移動するにしても、さすがに当てもなく歩くわけにもいかない。それこそこんな周りが茂みや林で囲まれている山のような場所で無作為に歩いたら、確実に遭難してしまう。

「まあ、線路伝いに歩けば次の駅に着けるだろうし、少なくとも迷いはしないよね……次の駅が絶対安全なんて保証はないけれども」

 それでもここで一人きりにされるよりは、まだ誰かいる可能性に懸けたい。

 そう思考したぼくは、さっそくとばかりに改札口へと向かう。

 改札口に来てみると、そこに改札機はなく、当然ながら駅員もいなかったので、少し申し訳ない気持ちになりながらもそのまま駅舎から出る。

 それからすぐに裏手方向へと移動し、フェンス越しに見える線路を頼りに横道を歩く。

 線路脇にあるこの道は多少整備されているのか、ずっと前方まで砂利が敷かれてあり、今のところ倒木だとか大きい水溜まりといった心配はなさそうだった。



 ──願わくば、このまま何事もなく次の駅に行けますように。



 そんな内心の祈りと共に、ただひたすらどこまでも前方に伸びている線路を頼りに足を進める。

 それからどれだけ歩き続けた事だろうか……体感的には一時間以上歩いたところで、ふと視界にトンネルのようなものが映ったような気がした。

 それまで同じく景色がずっと続いたいたので、前振りもなく見えてきたトンネルらしき物体をおもわず凝視する。

「幻覚……じゃないな。やっぱトンネルだ、あれ」

 という事は、あの先に次に駅があるのかも……?

 いや、確証はなにもないけれど。

 それどころか、また辺鄙な場所に着いてしまう可能性すらあるけれど。

「まあでもここまで来たら、行くしかないよね……」

 戻ったところで、元の場所に──コーちゃんが待っている世界に帰れる保証もないし。

 そう覚悟を決め、いざトンネルへ向かおうとしたところで──



 どこからともなく太鼓と鈴の音が──祭囃子のような音が響いてきた。


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