6 嘘くさい方言

 二三時五一分


「ほほぅー、カラオケルームでっか。ここなら声も外に聞こえへんし、拷問や尋問には最適でんな。K町のグアンタナモってところやな」

 俺の前にはキョウコに変わって、この嘘くさい西の言葉の男が座っている。

「怖くないのか?」

 俺は聞いた。

「それゃ目の前に座ってるのがヤーさんならわいもビビるけど、朝比奈先生なら大丈夫や、朝比奈先生なら無茶なことはしまへん」

「私の名前を知ってるのか?」

 俺はテレビや雑誌に出るような有名人ではないし、こいつと話したことはない。

「知ってるも知ってる。先生も大変やなぁ、筋が悪いもんに借金したばっかりにこんな慣れんことやらされるとはなぁ」

 どうしてそんなことまでこいつは知っているんだ? 俺は本当にこんな言葉遣いの奴と話すのは初めてだった。

「君は誰なんだ? 名前は?」

「キーボーってみんなに呼ばれてます」

「キーボー?」

 初めて聞く名前だ。

「それはあだ名というか、愛称みたいなものなんだろ? ちゃんとした名前は?」

「それはわいの商売に差し支えるんで、勘弁してください」

 キーボーは顔は上げたまま首だけで頭を下げた。

「商売って?」

「嫌やなぁ、それを知ってて呼んだんでっしゃろ? わいは〈情報屋〉だす。怠けもんの〈探偵〉はん助けて人の話を聞いたりネタ集めたりしてます。だから実質はわてが〈探偵〉みたいなもんだす。あの人は全部わいに任せて何もやらんからね。そやから〈情報屋〉なんて子供に説明すんのがややこしいもんやなくてせめて〈探偵助手〉ぐらいには格上げしてもうてもええと思いまんねや、先生はどう思います?」

 会いたいのは〈探偵〉だったが、代わりにこいつが来た。こいつの使う西の方言はどこかイントネーションがおかしい。まるでテレビや映画で覚えたように聞こえる。こいつを信用していいのだろうか?

「その怠け者の〈探偵〉はどうしたんだ?」

「どこに行ってもうたんやろな? わいも会いたいんやけど、どこかにプイッって消えてしもたんですわ。またどっかでサボってると思うんやけど、そや、先生こそ知りまへんか?」

 俺は苦笑するしかない。

「それよりわい、さっきまでえらい動き回っとって喉が渇いてまんねん。外はなんか細かい雨が降ってて蒸し暑うてかないまへんわ。その先生の残った水もらえまっか? 飲みさしとかそんなん全然気にせえへんタイプなんで」

 答える前にキーボーはプリンと一緒に差し入れされた南アルプスの天然水のペットボトルを手にして一気に飲み干してしまった。よほど喉が渇いていたようだ。

「〈探偵〉の手伝いをしてるんなら〈占いババア〉は知ってるのかい?」

 俺は試すように聞いた。キーボーは両手を広げ、呆れたように首を振る。

「わいを舐めんといてください、よう知っとります。シマダユキエちゅうのが名前で、なんや魔女の館みたいな気色悪い部屋で占いしとります。でもよう当たるっちゅう評判でっせ。他にカトリーヌシマダちゅう、なんやペンネームいうんでっかな? そういう名前で子供向け雑誌の占いコーナーも担当しとります。こっちは逆にえらいファンシーや。まあ、お年寄りから若者まで、えらい人気者っちゅうわけで、そのうえ〈占いババア〉ちゅう名前と違うて、妙齢の美人なんですわ。ほんま惜しい人を亡くしましたわな」

「ん──亡くした?」

 キョウコはつい最近会ったようなことを言っていたが、それから亡くなったということなのか?

「ええ、〈占いババア〉はもういまへん。今夜、殺されてしもた」

「今夜!──殺されたのか?」

 俺は食い入るように〈情報屋〉を見る。

「そうです。まだどこにも出てない最新最速の情報ですわ。 わいもなかなかのもんでっしゃろ? 信用してもバチあたりまへんで」

「誰に殺されたんだ? まさか──」

 〈情報屋〉は答える代わりに左手首を見た。腕時計を見るような仕種だったが、そこにあるのは腕時計ではなく手錠だったので、不思議そうな顔をして首を傾げた。それから俺を見てまた肩をすくめる。

「わいはこう見えても別件でも雇われて忙しいんですわ。ここだけの話やけど〈探偵〉はんとは別にアルバイトもしてまんねん。チャッチャッと早うすませなあかんのです」

 不必要な前置きがないほうが俺もいい。

「聞きたいのはK町の一連の殺人のことでんな?」

 俺はしっかりと首を縦に振る。

「何か犯人について知ってることはないか?」

「まぁ、ないっちゅうたら嘘になりまんなぁ」

 〈情報屋〉は袖がないのに腕まくりする動作を見せ、それから自信たっぷりに胸を張ってみせた。

「犯人っちゅうか──事件の本質はそこやおまへん。わいが考えるに一連の殺人はこの街の呪いみたいなもんだす」

「呪い?」

 思いがけない言葉に俺は聞き間違えたのかと思い、繰り返す。

「そう、呪いですわ。K町の歴史を聞いたことありまっか? 百年以上前の首斬り処刑所に始まり、戦中は悪名高い特高の矯正院、戦後にはまだ未解決の青酸カリ事件、それからも血なまぐさいことばっかりや、そういう土地やから起きたことでんな。これは過去に繋がる深い事件ちゅうやつですわ。どうです? なんかわい名探偵みたいちゃいまっか?」

 俺は眉をひそめこのキーボーという〈情報屋〉を見る。この男が並べたK町の歴史には全く別の歓楽街の話も混ざっている。無茶苦茶だ。憧れの〈探偵〉の推理もどきはともかくとして〈情報屋〉としても信頼していいのだろうか。

「ん? なんか不満そうでんな」

「呪いなら〈占いババア〉に解いてもらわなけりゃ駄目じゃないか、お祓いでもしてもらってさ。でもその〈占いババア〉はもういないんだろ?」

 俺は溜息を吐いて言った。

「そうでんなぁ〈占いババア〉なら、もしかしてなんとかしてくれたかもしれまへんなぁ」

 こいつはバカなのか俺のイヤミに気づかない。俺は言い直す。

「呪いなんて言っても、組が納得しないだろ」

 そんなことを報告したら俺が別室に連れて行かれる。今も同じフロアのどこかの部屋から悲鳴が聞こえてきている。チェーンソーのエンジン音のようなものも聞こえる。さっきよりも明らかにエスカレートしている。

「いや、組長が殺されたことこそ、呪いやないですか」

 こいつに一瞬でも期待した俺がバカだった。こいつと話していても時間の無駄かもしれない。別の人物と交代してもらったほうがいいかもしれない。

「まぁ、そう言うても先生の言うことも理解できます。実質的な手がかりが必要なんでんな?」

「そうだよそれ、実質的な手がかり。あるのか?」

 そうだ実質的、とてもいい言葉だ。やっとまともな話が聞けそうだ。

「あるっちゅうか〈探偵〉はんが独り言みたいに言うてたことやけど、あんな残酷な殺しはまともな神経ではできへん。しかも連続や。警察も動いてるのに動じる様子もない。元からそういうことで興奮する性質いうこともあるけど、クスリの線を辿ってもええんちゃうかって。ヤクザやったらそのへん警察よりうまいこと調べられるやろって」

 警察もヤクザもバカではない。そんなことはとっくに調べ始めているだろう。膨らんだ期待がまたしぼみ始める。

「他には何かないのか?」

 言ってみるが期待はもうしていない。

「そうでんなぁ、他にでっか? そういえば、喫茶店でコーヒー飲んでるとき〈探偵〉はんが何かまたボソッと何か言うてたような言ってなかったような」

「どっちだよ?」

 俺は焦っている。時間がない。時間がないと言っているこいつよりもはるかに時間がない。日付はもう変わってしまった。夜明けまではもう数時間しかない。

〈情報屋〉はそんな俺におかまいなしにのんびりと人差し指で頭をくるくる撫でて記憶を探っている。

「そうや、身近な人物が犯人かもしれんて言うてたような、言うてなかったような」

「だからはっきりしろよ」

「言うてました。言うてました。〈探偵〉はんは言うてました。意外と身近な人物が犯人かもしれへんって」

「身近な人物?」

「身近言うても、わいと違いまっせ。わいにあんなことは出来まへん。わいは刃物持ってもはったりだけや。注射かって怖いような小心者だす」

「そんなことは分かってるさ。身近とは誰の身近なんだ?」

 それは〈探偵〉の身近なのか? ヤクザの身近なのか? それともまた別の誰かの?

「身近は身近と違いまっか。そうや、またまた思い出した。だから身近な嘘つきを探すんやって言うてましたわ」

 身近な嘘つき?

「おっと、もうこんな時間。なんか疲れてもうたな。足も挫いて痛いし、雨に打たれて風邪もひいたんちゃうかな。もう、踏んだり蹴ったりや。これで帰ってもいいでっか? わい、ほんまちょっと忙しいんですわ」

 そう言うと〈情報屋〉のキーボーは今度は何も言わずローソンのレジ袋に残る、いろはすのペットボトルを勝手に手に取ってプラスティックのキャップを外し、それも一気に飲み干してしまった。

「どうもごちそうさんでした」

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