第26話『雨上がりの視界』2024年6月22日(土)。喫茶店。

 遠くの高層マンションが雨で輪郭がぼやける。憂鬱な梅雨がやってきた。


 白紙の画面が埋まらなくなった。


 この時期になると、芥川ではないが、唯ぼんやりとした不安に襲われる。


 生活が苦しいわけでも、家庭問題を抱えているわけでも、失敗をやらかしたわけでも、ましてや、創作で行き詰ったわけでもない。


 まだ伸代しろは、公文の中学国語をやり直すほどの学力でたっぷりあるし、50歳が見えてきて益々、本を読むのも書くのも面白くなってきた。


 が、原因があるとすれば、長雨のせいか、おそらく、自分の目に問題がある。



 確かに、心の病はある。でも、それは薬で落ち着いている。


 原因は、素人でも、一応、物書きである。日々、SNSや小説、エッセーを中心に、先達がどんなところに目をつけて作品を書いているのか学ばせてもらっている。


 例えば、SNSで、5000人ほど、プロ・アマ問わず「目のつけ所がおもしろいねぇ~」と、座布団一枚な作家さんをフォローしている。

(いや、記憶力が悪いから、フォローしてるつもりで忘れてる作家さいらしたらごめんなさい)


 皆さんも、同じ感覚だと思うが、スワイプを繰り返して、たまに、目が覚めるポストがある。


「これは、おもしろい!」




 翌日の仕事帰りに、口から魂が抜けだしそうなのをなんとか飲み込んで、市の中央図書館に辿り着く。


 やっぱりね。


 図書館では、近年、大きな賞を受賞した作品は、貸出カウンター横の特別棚に置かれる。


 おもしろいと見込んだ作家さんの作品は、だいたい、そこにある。


 しかし、違うのだ。


 受賞作は、完成しているが、必ずしも、おもしろいかどうかと言えばそうではない。


 まあ、面白さの焦点は、『個々人の目』次第なので、あくまで中年おじの面白いだ。


 あの京極夏彦作品は、まず、本の分厚さでたじろぎ、タイトルが読めず、確かに正真正銘の天才だと認めるしかないが、『寝苦しい夜に、蚊帳の中に一匹入りんだ蚊に、伊右衛門が苦しめられる』およそ30ページには、


 スッと、ズボンのポケットから目薬を取り出して点眼し、目を閉じた。


 逆に、ぼんやりとした不安のきっかけになった作家さん(お名前は言いません)の作品は、一瞬で、ダルマに目が入った。


 でも、その作品はカウンター横の棚ではなく、一般の棚に置かれていた。


 ここで、自覚した。


「オレは、もう、老眼だ……」


 おもしろいの焦点が、合わないところが多くなっていることに気がついた。



 そんな時、たまたまSNSで公募の下読みさんの告白を目にした。


「中年が若い人に恋される話はもう飽きた」


 ということを、もっと、ストレートに本音でつぶやき叩かれていることを目にした。


 なぜだろう……、その下読みさんの目は濁ってないじゃん。


 一言で言えば、


「……止めとこう」


 画面を閉じて、ふと、窓の外を見ると、遠くの高層マンションにかかった雨雲が消えていた。


「よし、スカッとする目薬買って、帰ろう!」



〈了〉





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