第21話 「ぼくのスペシャルなシャープペンシル『コクーン』」

 愛用のシャーペンが壊れた。頭をノックしても芯がでなかったり、出すぎたり加減がきかなくなった。


 このシャープペンシルは、PILOTの『コクーン』といいまゆの意味を持つ。ぼくにとって師匠との思い出を”つなぐ”スペシャルな物だ。


 重さは、30グラム、学生さんがこれまでに使用してきただろう、同じPILOTのドクターグリップの場合は20~27グラム程度と比べると少し重い。


 重心は、ほぼ中央、対してドクターグリップは中央部から先端部にかけてと汎用性がある。


 材質は、表面はメタルで芯は真鍮しんちゅう、ドクターグリップは握りに柔軟性のあるポリプロペン。


 この違いからだけでも、製品ものの良さはかいまみえるだろう。使ったらわかるが、文字の座りがいい。走りがいい。ぼくの下手な字でもなんだか上手に見えちゃうから不思議だ。



『コクーン』との出会いは偶然だった。


 ボクは日曜日通いの弟子っ子だった。当時、師匠に13:00-21:00まで大阪難波の街を連れ回された。


 師匠は、かなりの変わり者で、カバンすら持たせない。


「ほれ、もってみろ」


 たまに、持たせても自分の背負うカバンの重さを教えるだけだった。


 ボクは若いころは、金髪の丸坊主で頭がちょー悪い。今でもわるいのだがその頃は、こちらから喧嘩をふっかけはしないが、相手から来るなら、いつでも受けて立ついわゆるヤカラなのだ。


 なにが、気に入ったのか師匠は、こんなアホウのボクを連れ回した。


 まあ、その話は今回とは関係ないので割愛します。



 話をコクーンにもどそう。


 大坂なんばを師匠と必ず行く場所がある。難波高島屋だ。


 師匠は、買わないのに地下の食料品売り場から、季節のスイーツコーナー、上って文房具売り場、紳士服、美術画廊、催会場、レストランのある9階まで丁寧に回った。


 で、師匠が変わり者なのは、見るだけでよほどじゃないと買わないのである。


 あれよ、毎週のことじゃん、はじめは丁寧に対応していた店員さんも、「またか」となって次第にあしらおうとするのだ。ボクも当時は20代でさすがに恥ずかしいじゃない。でも、教えられいてる身だから「師匠、やめましょうよ」ともいえない。師匠の背中で、ちびまる子ちゃんが、しつこい友達をみるような顔で、店員さんに会釈していた。



 そんな、師匠であるが、ある時、文房具売り場で立ち止まった。


「ちょっと、ボールペンを探しててな」


 と、言って店員さんにネホリハホリ、時には、「このボールペンを見せて下さい」と買う気をみせる。


(お師匠さん、どーせ買いまへんやん。いつも自分で言ってますやん、原稿用紙に向かう時は、ナイフで削ったエンピツ10本をならべて書くって。ボールペンちゃうがな)


「パーカーのボールペンを見せて下さい」


 師匠は、なんか、よーわからんことをいいだした。


 なんやねんパーカーって聞いたこともないぞ、ふつう筆記用具は、ゼブラ、ぺんてる、トンボ、三菱とかちゃうのん。頭の中は?だらけだった。


 しかし、師匠はその日に限って購入した。


「ゲッ!」


 ケチ……いや、失敬。節約家な師匠が、その日に限って、30000円のボールペンを選んだ。パーカーのボールペンだ。


 見ただけでは、どこがいいのかさっぱりわかりません。


 そのあと、喫茶店へ入って


「もってみろ」


 と、もたされたがさっぱり良さがわからない。


 ボクは内心では、そんなししょうもないものに30000円もつかわんと、たまには「ぼてじゅう」でええから連れてってくれたらいいいのにと思っていた。だってさ、「ぼてじゅう」の豚、牛、イカ、エビ、ホタテがはいった”デラックスモダン焼き”でも2000円しないぜ。「ぼてじゅう」が大阪人ならみんなどんだけ旨いか知っていると思う。



 それから、師匠3ヵ月ほど経つと、


「おい、亮司、これ読んでみなさい!」


 と、いって、原稿用紙120枚ほどだったかな、小説を見せてくれた。


「うむむ、これは!」


 スゴイ傑作だった。スゴすぎて当時のボクにはわからなかった。いや、むしろ、手書きの初稿だから、ミミズのような……いや、失礼しました。ほとばしる筆跡ひっせきで書かれていて読めなかった。


 ボクはアホウだから通読した師匠への感想を、「おもしろいのはわかるんですけど、古語辞典で字を引きながら読まなあかんので、読むのに苦労します」


 と、答えた。


 すると、師匠は


「そうか、読んでくれてありがとう」


 と、おっしゃった。


 今になって思うと、僕は、師匠が心血注いで書いた小説を、相当失礼な感想を述べた。


「読んでくれて、ありがとうとおっしゃった師匠は、日頃は、口汚い河内弁だが、ホントは紳士なのかもしれない」




 それから、しばらく経って、また、師匠が高島屋の文房具売り場へ行った。その時、師匠は店員さんに、パーカーのボールペンの替え芯を尋ねた。


「替え芯はお取り寄せになります」


 当時は、まだ、アマゾンや楽天がない時代。百貨店でも需要の少ない物はなかったりする。


「どれくらいで届きますか」


「空輸でも1週間はお待ちいただかないとなりません」


「うーん」と師匠は腕を組んで、


「ほな、セーラーのボールペンありますか」


 と、尋ねた。


 店員さんは、申し訳なさそうな顔をして、


「すみません。セーラーのボールペン、こちらも、ただいま在庫を切らしております。代わりのご提案ですが、PILOTのボールペンなどいかがでしょう」


「ほな、それを見せてください」


 師匠は、渡されたPILOTのボールペンの握り心地を確かめた。試し書きに「永」と書いて、


「これをください」


 と、即決した。


 店員さんが、高島屋の包装で包んでくれるとき、なにか閃いたように尋ねた。


「PILOTのシャープペンシル見せてください」


 と、尋ねた。


 店員さんは、3本のPILOTのシャープペンシルを取り出した。


 1本目は、ペン先とつなぎぎ、フックが金色、頭には王冠のような刻みがある。


 師匠は、試し書きで「永」と書いた。


「……」


 2本目は、ペン先とつなぎ、フックがシルバーだ。


 やはり、師匠は試し書きで「永」と書いた。


「……」


 3本目は、メタルのコクーンだ。


 試し書きで「永」と書いた師匠は、ニヤリと笑って、


「オレならこれを買う」


 と言ってから、店員さんに


「今回はやめておきます」


 て、言って片付けさせた。


(今のはオレに買ってくれる流れやろう。このケチ!)


 と、内心でツッコんだのは15年近く経った現在いまでも忘れない。



 そして、壊れたPILOTのシャープペンシルは、弟子を離れて、素人小説を書くようになった時に買ったのだが、な~んとなくコクーンを選んだ。


 まだ当時は、原稿用紙を使った手書きの時代、メモにプロット、清書といつでもつかった。

(なんで、清書もシャーペンかというと、師匠が清書もエンピツだったから真似してる……いやさ、師匠、酷いのよ。原稿用紙を広げるじゃん。短刀を文鎮にし、三菱鉛筆Bを10本、ナイフで研ぎ済ませて、並べてから書き出す。指導をされた。病気するまでは、真面目に鉛筆で書いてた)


 最近じゃ、執筆環境がWEBに移ってコクーンよりパソコンを使うことが多くなったが、やっぱりコクーン使い心地がいいんだよな。



 もう、15年は使ったかな、十分使ったから変え時なんだけど愛着があって捨てられない。


 ほんとに、今回、新しいシャープペンシルを買おうといろいろ調べたら、


「ちょっと、聞いてよ奥さん、PILOTの1100円以上の筆記具は修理できるのよ」


 でも、修理代がいくらするかまではわからないけどね。


 それでも、ボクは修理に出してみようと思う。だって、スペシャルな物だから。


〈了〉


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戦国時代と現代のはざまで タイムスリップ歴史小説家 星川亮司の冒険と思案 星川亮司 @ryoji_hoshikawa

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