03
運良く絆創膏を持っていたので(実に都合のいい話だった)、頬に2枚貼ってから、
彼女の話を聞く。
「ライオン──、ライオンになった?」
「そうです。2ヶ月前の4月、高校一年生の私は──ある日、起きたら体がライオンになっていたのです、いや、ライオンの化け物に」
そんなバカな話があるかと、他の人ならば一蹴するだろう。
だが、こと密会探偵にしてみればそれは違う。
そんな馬鹿な話こそが、僕たちの推理すべき仕事なのだ。
「この通り喋れます。ですが、学校に行ける訳もなく。母親も父親も私のこの状況を勿論知っていますが、どうすることもできず」
「どうすることもできず」
「ただ、仲が良かった中学の同級生……いわゆる親友にだけ、勇気を振り絞ってこの事を話したらですね。此処を紹介されて」
そういう事らしい。
なんという運の良さか──つーか、その親友って……多分、僕が知っている人だよな。
だってこの
つまり、そういうことだよ!
「なるほど。何の前触れもなく、起きたら急に体がライオンになってたの?」
「そうです、それに体だけでなく──身体能力も、ライオンの如く向上してました」
それから黒百合は補足した。
彼女は元々運動が得意ではない、ありふれた女の子だったらしい。
しかし体がライオンになってから、50m走では人間の世界記録なんて軽々と凌駕し、更には力も増加した為、ちょっとパンチするだけでも──大木が倒れたとのこと。
ライオンに進化したというよりは、
やはり彼女が表現したとおりなのだろう。
黒百合或日は、ライオンの化物になってしまった。
と。
「ライオンの化物に唐突に変わってしまった。何か心当たりは?」
「……心当たり? は、ないですね」
「ないかあ、そうかあ」
腕を組んで考える黒路。
それから腕を解放した、これはやる事が決まった合図である。
「黒百合さん。確認だけど、そのライオン姿を治してほしい。それであってるよね?」
「は、はい」
「よし、分かった」
やはり、彼女が立ち上がる。
それからコッチを見た。
はいはい、
分かってるよ。
黒路鹿は思考役で、頭脳枠で、
織田牧葉笑は行動役だからな。
僕もゆっくりと立ち上がった。
「具体的に何をするのさ、黒路」
「決まってるよ。まずは情報をより集める。フィールドワークってやつだよ。……そうだね、黒百合ちゃん──について、詳しく知りに行こうと思う」
「りょーかい」
僕たちの第一回密会が終わりを告げた。
まず僕たち引きこもりの密会探偵は外へ出て──散歩することに決まった。
「ちなみに依頼料の方だけど」
「……ごくり」
「───そうだな、料理できる?」
「はぇ? い、一応できますが……」
事務所を出る前に、そんな会話を交わした。一応僕たちは商売をしていて、決してボランティアでやっているわけじゃない。
だからそう、依頼料というものは当然発生する。
だが彼女は一介の高校生だ。
───大金を要求するのは、苦だろう。
だから、
「必ず呪いは治す。だから先払いとして──その腕を使って、愛妻弁当を作って欲しいな」
クロロの意向によりそうすることになった。
僕が介入する間もなく、勝手に決められた。
◇
探偵事務所は、とある街の高架下にポツンと建てられている。
普通なら気が付かない。
気付いても近付かないような所に、僕たちの居場所が存在する。
まあそれはおいておいてだ。
さて、
"呪い"というのが何なのか。
正確には、呪い全般について。
まずはその説明をさせて欲しい。この言い回しは何度目か知らないが、ごめん、僕の語彙で解説するにはこの程度が限界値なのだ。
ともかく、呪いについてだ。
それはつまるところ、人の感情だ。人の感情があまりに強いと世界そのものに干渉してしまう。
感傷が干渉し、干渉された世界は『感情に感染され、正常な世界に戻るために
「膿が呪いなんですか」
「そういうことよ、膿は干渉してきた人以外にも落とす事があるけど……けっこう稀でね。基本的には干渉相手に、膿が落ちてくる」
「その膿とやらに当たると?」
「呪いに罹るわ」
その膿を受けると、人体やら様々に影響が発生する。
しかし影響とはいってもそれは気が付かないような微々たる事から、少女がライオンに変わってしまうぐらい大きな事までと、かなり幅広い。
一概には言えない。
「もしかして知らなかったり? そもそも、呪い自体も知らなかった?」
「その、もしかしてです……。私、親友の子に『それは呪いだから、治せる人を教えてあげる』って言われて無知のまま来ただけなので、何も知りませんでした」
私に罹っている呪いを治して!
開口一番。最初の彼女の言葉というのは、なるほど、ただなんとなく口にしただけなのだろう。
「なるほどねえ」
"目的地"に向かって、何気ない街の並木道を歩きつつ──黒路が黒百合に説明する。
黒百合ちゃんは再び着ぐるみを着た状態になっているため、うん、あまりにも悪目立ちしている。
「それは呪いだから、治せる人を教えてあげる──か。正しいけど、そうだけれども……」
あれだな。
その親友の子の誘い文句も──側から見れば、怪しい宗教の勧誘だったり、詐欺にしか見えない。
最も彼女は現実で不可解な現象に遭遇している為、そんな風に
「一瞬、怪しいなぁ……って思いましたが、それしかないので」
──ごめん、違ったようだ。
怪しいと俯瞰するぐらいはしていたようだ。しかし、そんな事言ったとて──現実は変わらないし、解決する方法は見えてこない。
だから藁にもすがる勢い、だったのだろう。
彼女に選択肢は無かった。
そういうわけなのだろう。
そうなのだろう。
なのだろう。
「せっかくだし、今はこんな暗い話しないで。……明るいこと話そうぜ」
「というと?」
勢いで割り込んでみたが、うーん、何も考えていなかった。
「そうだなあ、どんなキスが好きかとか」
「アンタねぇ」
歩きながら、黒路に踵で足を踏まれた。激痛が走る。
悪いとは思っている。
「じゃあ話題変えるかぁ」
「当然だよね」
忘れてはいけない。
黒百合ちゃんは、僕らのお客さんだ。
「じゃあこうしよう」
「どんな頭の撫で方が好きか! とかですか!」
まさかの黒百合ちゃんが、話題に乗ってくる。まさかの仲間登場だ。
残念だったな、
でも、
「でもそんなマニアックは話はしたくない!」
「ガーン!」
ノリの良い奴だ。
黒百合或日。
「はあ、仲が良くていいね」
溜息を吐く相棒を無視し、続ける。
「じゃあ、こうしよう。夢を語ろう。夢をさ! 将来はどんな大人になりたいんだ、黒百合ちゃんはさ!」
「黒百合で良いですよ!」
それなら、それで。
「それと、その語り口はなんだか──年末に集まって話しかけてくる親戚のおじさんみたいですね!」
「やめろ! 遠回しにウザいって言うな!」
「あれ、バレちゃった?」
バレちゃたじゃない!
黒百合という少女は、ライオンになった影響も関係しているのかもしれないが──うん、随分と鋭い
毒舌という雰囲気ではない。
素直な暴言──って、感じ。
悪意がない凶器は、より狂気的に仕上がり、さらに鋭くなる。
それこそライオンの爪のように。
「まぁともかく、ウザいのは承知。──純粋に気になるんだ。無理なら言わなくても結構だよ」
「夢ですか、私の」
「ああ」
理由は不明で、
ライオンになった少女が持っていた夢。
それを僕は聞きたかった。
「うーん」
彼女はそれから、素っ気なく答える。
またはぶっきらぼうに。
もう好きではない、強いて言えば大嫌いな元カレに対する彼女の反応的な感じだった。
いや待て、嫌だな、その妙にリアルな例えは!
──恋人なんて生まれてこの方、17年間、出来たこともない僕の喩えは容易に想像できた。
なぜだろう。
オタク趣味だからか?
話が逸れた。
ともかく、それは実に静かだった。
「夢とかは、無いです」
と。
「夢がないのか」
「逆にあるの、織田牧さんは」
「織田牧でいいよ」
「織田牧さんは!」
なんか、遠い!
上手く言えないけど、無理やり黒百合の意思を通されてしまう。
僕はどちらかというと、いや言わなくても、受動派だ。何かある前に動くのではなく、あってから動く。いや、何かあっても基本的には動かない。
強いて言えば、
───受け流す、それだけ。
「僕の夢か。……そんなのはもう、とっくの昔に叶えられたものだしなあ」
「そうなんですか? どんな夢だったんですか?」
自分のは冷淡だったのに、他人のとなる途端にグイグイくる少女。
そこまで詰められる、面白い夢でもないけどな。
「そこまで期待するもんじゃないぜ」
「じゃあ笑って聞いてあげますよ!」
ぜひ、それで頼みたい。
「──僕の夢。それはだな、陰で暗躍し、陰で人を助ける英雄になることさ」
「え?」
ふと、表情が変わる黒百合。
「まぁだよな、そうなるよな。言ってて恥ずかしいし、全然暗躍してないよな」
「で、ですよね! まだあんまり
「おいお前! ……なんだって!? さっきの仕返しだ! 一発殴ってなる!」
「やりますか? 私も一度ぐらい、この力の全力をぶつけてみたかったんですよね──」
着ぐるみのまま、拳を握りしめる少女。戦闘漫画みたいに体中からオーラが出ている。
やばい。殺される!
「た、タンマ! ごめん!」
自分でも思う。
プライドの欠片もない、つーか、プライドという概念を知らない男の子だな僕は、って。
──でもだからこそ、僕は僕でいられる。
プライドを持つ能動型の織田牧なんて、もはや別人だぜ。
別人でいられるかすら、怪しい。
「ゴホンって──言って良い?」
そこで仲裁に入るように、今まで黙っていた黒路が咳払いした。
「どうぞ」
「ど、どうぞ」
有無を言わさない……そんな圧がある。
これだから彼女は怖い。
「目的地、此処で合ってるんだよね? 黒百合さん」
「……あ、そうです!」
黒路が指を差した先には──家があった。
何の変哲もない二階建ての一軒家。
横浜の住宅街とかにありそうだった。
この家で──寝て起きたらライオンになっているとか、考えられないぐらいに普通。
まぁ、それはいい。
「今、親御さんはいるのか?」
今日は土曜日である。
因みにだが
その原則はまあ、形骸化しているようなもんだけど。
「いないです。共働きで、日曜だけ休みなのですが」
「なるほど」
まあ、そこらへんに深入りはしない。
スマートに済ませる。
じゃあそういうことで、僕たちは彼女がライオンになった手掛かりを探す為にも──、ああ、探偵としての仕事を始めるのであった。《《》》
君とランデヴーで推理しろ 星乃カナタ @Hosinokanata
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