02
なにせ物語は、実に唐突に始まってしまったのだから。
と、言ってしまっても……そこまで長くて語る程の内容の歴史を、僕たち
「だから、特に書き出しは適当だし、長くは話さない」
密会探偵。
その名の通り、聞き出し調査やフィールドワークを終えたのちに……密会を行い、推理する。
そんな探偵の総称であり、それこそが僕らの呼び名だ。
「何言ってるの急に、お客さん待たせているんだから、ちゃっちゃと準備して」
「僕をパンイチで監禁したやつは誰だよ!」
「私だけど何か?」
にしてもなあ、ここまで振り切れる犯人って日本にどれくらいの数存在するのだろう。
まぁ案外いるのかもしれない。
人間を殺しているのは虫やら他の動物なんかよりも、人間が一番って言うぐらいだし──ヒトなんてドス黒くて当たり前なのだろう。
分からないもんだな、世界って。
しかしそれよりも、分からないというか、驚いたことがある。
「にしても、ここが本当に事務所だったなんてな。気付かなかったぜ」
どうやら僕が監禁されていた場所は──自分の探偵事務所だった。
事の顛末を話すと、こうである。
そして僕を呼び出し後頭部を殴り気絶させ、服を脱がして、後ろ手縛りをした──。
大まかにいうと、こうなる。
「にしても、考えれば考えるほどプロの手つきだったな……。手慣れているっつーか」
「そりゃ、その道のプロだから。当然だよ」
「は?」
黒路の反社発言に戸惑い、体が硬直する。
「冗談だよ」
「で、ですよねぇ。驚かさないでくれよ……」
「でも、これからは
「そんな簡単によろしくは出来ねぇよ!?」
──監禁の認証なら、なおさらだよ。
こいつは本当におかしな女の子だ。僕なんかよりもずっと格上である。
「ほらこれ」
「ん?」
「新しい服よ」
それは分かっている。
彼女が僕に手渡してきたのは、何の変哲もないホワイトシャツと群青のジーンズだ。
いくら
ファッションセンスは壊滅的だが。
「僕が前に着ていた服は?」
「え、もしかして思い入れとかあった感じ? 全部破いて裂いて捨てたけど」
「サイテーすぎる!」
「うそうそ。全部、私の私物になったから」
「いや、僕視点で言えばその二つに大差ないからな」
「でも今は仕方がないから、これを着てよ」
これを着てって、なんでさ。
奪った服を渡してくれればいいのに。
「返してとか言わないでね? 元の服は──私が貰ったあと、ここから230キロ離れた私の祖母の家に配送したからさ」
「おい!」
「それよりも」
コッチとしては"それよりも"で終わりなくない案件だ。しかし今はそんな時間無いだろう。
クライアントが待っている。
急いで着替えなければならない。
だから、仕方がないと僕は優しく割り切った。後で返してもらうけどな、どうにかして。
「それよりも?」
「早く」
「それなら、言われなくても分かっているさ」
───お客さん、か。
そう、僕と黒路……
密会して推理するぐらい?
まあ分からなくても仕方がないだろう。
なにせ、この探偵業を始めたのは僕ではなくて黒路の方だからな。
だが、聞いておいても良いな。
「あのさ、クロロ。僕たちは一体……何やっているんだろうな?」
実に抽象的な質問だったかもしれない。
しかし彼女は即答する。
「新六角ミステリーだよ」
「新本格の下位互換みたいなのが来やがった……!」
「違うから、やめてくれる? 新六角。六角は調和や安寧を意味する──図形なんだよ。だから、そういうこと。平和的な世界を求めるミステリー作品なの、これは」
密会探偵は新六角ミステリーに生きている、らしい。
知らんがな。
話を戻そう。
取り敢えず僕は彼女に言われるまま、試しにクロロが設立した密会探偵に入ってみただけである。その結果、色々と大変な目に遭わされてしまう不憫な日々を送っているわけだが。
それはある意味、新鮮で楽しいので、悪くない。
と、そんなたわいもない会話を続けている中で。
「もう大丈夫ですか!? 大丈夫ですよね!」
外からドアをドンドンと扉をノックし続ける、殴り続けている少女がいた。扉が壊れるんじゃないかと言うぐらいの勢い。もしそれが友達の仲なら、勢いつけてぶん殴っているところだ。
まあ、その張本人。
それこそが今回の依頼人なのだから──その方法は叶わないのだけれど。
うーん。
にしても、だ。
「なあ、大丈夫か? この探偵事務所の客質は随分と終わっている気がするよ」
着替えながら、小声で言う。
「終わってない人間はそもそも
「……うん、まあ、そうだよな」
その通りだった。
一般人なら僕たちの助けが必要になる事案なんて発生し得ないだろう。普通ならば他の一般人か、警察か、はたまた国が、普通の探偵が解決出来るし、もちろん其処に行くはずだ。
だというのに、此処を選ぶ。
──確かに実に、既に終わっている。
求める人のみが知り得る噂話のそれより先、
あまりにもな労力をかけて、此処に辿り着くというのは実に終わっている事の裏付けであった。
「でも私たちはソレを相手にする仕事だから、仕方がない。文句は言わない。相手はお客さん。……分かった?」
「ああ、当然」
そんなわけで、こんなわけで、くだらない雑談で時間を潰していたので、当たり前ながらにも着替えは終わった。
◇
「とーいうわけで、よろしくお願いします!」
「何を?」
「解呪を!」
「ホント可愛いなあ、君ってやつは」
「え?」
僕と黒路は部屋の隅に置いていたオンボロパイプ椅子に座り、
それから三人で軽く自己紹介してから、こうなった。
「まあともかく、彼の発言はともかく、そうポンと言われても……コッチも全知全能の神ではないですから、事情やら色々と何か話してもらわないといけないのです」
相棒が、着ぐるみ少女にそんな説明をしてみるものの……どうだろう。
理解しているのだろうか。
ライオンの着ぐるみを着ている所為で、全くイメージが掴めねぇ!
「ふん。つまり情報を渡さなくてはいけないと」
「──ええ」
「じゃあ帰ります。情報とか渡したくないので! 私は帰りますぅ! へいへいへーい!」
何もかもがブレている黒百合は、勢いよく立ち上がってドアに向かおうとする。
勢いで生きているって感じだ。
僕は彼女よりも早くドアの前に立ち、塞ぐ。
馬鹿め、収入源をそんな簡単に帰すかよっ!
「ナッ!?」
「おいおい、お客さん。簡単に帰してあげるとは思わない事だ──って、いでっ!?」
着ぐるみのまま全力で頬を殴られて、横に吹き飛ぶ
勢いのまま壁に衝突する。
アホみたいに痛くて、辛くて、泣きたくなった。
なんでこうも酷い扱いをされなきゃいけないのか!
「まぁ、帰るってのは冗談ですよ」
「冗談?」
「ジョーダンです。私式の」
「ほ、ホント可愛いやつだなぁ」
踵を返し、再びソファに座る黒百合。
情緒があまりにも不安的すぎると思うし、つーか冗談なら僕のことを殴らなくても良かっただろ──っ!?
滅茶苦茶痛かったし、首が折れるかと思ったぞ。
「っそれにしても。い、痛かった……」
視界が酩酊している(僕はお酒。飲んだ事ないので、あくまでも的な? 感じだ)みたいにクラクラするけれど、なんとか立ち上がってみせる。
それから着ぐるみ少女の方を見た。
「まあ殺す気でやりましたから!」
「……冗談だよな?」
「…………」
「冗談と言ってくれ!」
どおりで顔面が粉砕骨折する勢いぐらいには痛かったわけか。
女の子相手に失礼な例えだけれだ、まるでゴリラに殴られたみたいな衝撃だったからな。
「話を戻すよ?
「ん、どうした?」
いつも通りに僕を諭す黒路。何の変哲もないこの刹那だったのに、彼女の目は大きく瞳孔を開いてコチラを覗いた。
なんだよ。
恥ずかしいじゃないか。
そんなに見られてさ!
「──織田牧、その、頬の傷」
「はい?」
頬の傷?
いやいや、なんだそれ。
僕はたった今殴られたばかりだが、
打撃で傷なんて負うのか?
考えるとしたら、青あざとかだけれど。あざってそんなにも一瞬で見えるようなものか?
違和感。
何だ。
コイツらは何に驚いているのか──?
「え?」
でも、すぐに分かる。
頬から液体が滴り、ぽつりと地面に落っこちたのだ。反射的に床を一瞥することになる。
床には、赤い丸が描かれていた。
液体であった。
どころか、さらに頬からポタポタと垂れ始め……赤い丸が放射状に大きくなっていく。
「は、え?」
間違いない。
血だった。
それは、鮮やかな生きた血であった。
ついでに言えば──、僕の血だ。
殴られた左頬を優しく手で撫でると、痛みが走る。
手にはやはり血がついていた。
「ごめんなさい」
職業柄、痛いのと血には慣れているし──叫ぶことはない。ただ僕はふと、着ぐるみ少女を見た。
彼女はただペコリと頭を下げていて、
「私の呪いを喰らっても傷付く程度なんて、やはり貴方がたは噂どおり……とてもお強いのですね」
「え?」
「なるほどね」
話は僕を置いてけぼりにして、ドンドン土足で進んでいく。しかも黒路は腕を組み、首を縦に振っているし。
分かったのかよ、これで。
「すみません、貴方たちを"今ので"試しました」
「試した?」
つまり、彼女の呪いを解呪する事が僕たちに出来るのかどうか──攻撃を受けてもらって、試したっていうのか?
すると呪いは、
つまり呪いは、
確かに感じていた、
女の子にしては、
いや人間にしては、
尋常ではないその力、
打撃力の正体は──、
「そうです。今から、最初からお話しさせていただきます。事情を全て」
まず最初に、と。
「……私はある日、唐突に、ライオンの化物になってしまったのです」
着ぐるみを頭の部分だけ取った彼女のその姿は──可愛らしい人の姿は残していたが、その通りライオンであった。
金髪の美少女だったが、しかし。
口からは鋭利な牙、フサフサで威厳のある黄土色のタテガミ。
間違いなく普通の人間にはないパーツが、そう、彼女には付いていた。
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