君とランデヴーで推理しろ
星乃カナタ
黒百合或日のランデヴー
01
後ろ手縛り、という拘束行為を知っているだろうか。
相手の両手を背中に回し縄や手錠などで縛り付け、自由を奪う──犯罪者でなければ、もしくは誘拐なんてされない限り、またはそういう特殊性癖でないのなら、一生経験することはないであろうその行為。
両手を後方に縛られ、自由を奪われるその状況は実に恐ろしいことだろう。例え何があっても自分で対処することは出来ないのだから。
まあなんだろう。
そんなわけで、いや、何も全然そんなわけではない──でも脈絡がないという事でもない。
この話をしたのだから察してほしい。
うんうん。実に唐突で申し訳ないのだが、そう、僕はパンツ一丁で、後ろ手縛りで拘束されていた。
どうしてかは、僕も分からない。
気が付いたら気絶していて、気が付いたらここに居た。
つーか、前後の記憶が曖昧だ。
でもなあ。
「ん……」
いちおう弁明させてもらいたい。決してこの僕という人間は後ろ手縛りをされる犯罪者では無かったはずだし、そんな同人誌みたいな特殊性癖を持ち合わせるスペシャルな男子高校生でもなかった。
少なくとも、曖昧な記憶の中では、ないはずだった。
だとするのならば、話は実に単純だ。
「やっと起きた、随分と遅かったね」
「む」
つまり僕は何者かに誘拐されたのだ──。『何者』。それを具体的に表現すると、そう、さっきから目の前でニヤニヤとシニカルに微笑む彼女となる。
黒く長いストレートに、美貌の少女。
コンクリートで造られた殺風景な事務所部屋で、ソイツは僕の前に座り込む。
赤く長いソファが一つと、正方形のガラステーブルが一つと、それから茶色い扉が一つ。
そんな監禁部屋で。
「お前かよ!」
「こんな可愛い女の子にお前呼びは随分と失礼だと思うけど」
「こんな屈辱的な思いをさせる相手には、お前呼びで充分だよ!」
猫みたいに可愛く、ネコのように凛とした……ダウナー系の少女の正体は、そう、まさしく僕の相棒であった。
にしてもまさかな。
誘拐犯が──、
「誘拐犯が身内だなんて、恐ろしい事もあるもんだね。ビックリしたよ」
「それは僕の台詞なんだが!」
「そんなのは誰が決めたのかな」
「僕だよ、僕! でもそれ以前に流れ的に、一般的に、常識的に、それから様式美的に僕の番だったろ!」
「私は常識を破る破天荒タイプだからね──常識とか様式美とか大っ嫌いなの分かってるでしょ?」
いやまあ、知ってるけどさ。
「だからそんなモノには従わない。常識なんて軽く凌駕する存在なの」
確かに
なにせ人を監禁するのだ。
それだけで、常識から逸脱するには十分すぎる。
「それ、神に誓えるか?」
「違えないかもね」
「じゃあダメじゃん」
「でも、お◯んぽには誓える」
「──エロいけど、爆弾発言すぎる!」
つーか、お◯んぽに従うって……エッチな本でもあまり出てこないぜ。そんな表現は。
まぁね、黒路みたいなダウナー系アンド猫な少女が卑猥な発言をすることは──実に興奮するが、って待て待て。
僕は何を言っているのだ!?
こんな
「そんなのどうでも良いのよ」
「良くないけどな。でも、もう一度聞きたい! っいでっ!!」
痴女からローキックを頂いた。
ちゃんとしっかり、頬に向かってダイレクトアタックだ。
嘘いつわりなく痛かった。
「アンタは私に拘束、監禁、誘拐されている身なのを忘れないでよ?」
……そうだった。
彼女の場を戻す発言で思い出す。
そういえば、僕は絶賛、知人に誘拐されて監禁されている最中だったのだ。
「忘れてないさ、だって」
「だって?」
「動きたいっつーか、尿意が結構来ててな……はやく解放されないかなって、ずっと考えていたから」
「なるほどね」
黒路は考える素振りを見せた。
解放してくれるのだろうか。
「つまるところ、私にしゃぶってほしいんだ」
何を、とまでは言わない。
「そんなことは一ミリたりとも言っていない!」
「ごめん、上手く聞き取れなかったからさ」
「そんなわけあるか!」
僕はかなり大声で喋っている。かなり大きな声だ。明確に表して、120デシベルぐらい。
──つまり、離陸間近の飛行機のエンジンが発する音と同程度の大きさである。
あくまでもソレは比喩だが、それぐらい大きく喋っているというのに……。
あり得ない!
「そんな事あったのよ」
「もしかして、大き過ぎて聞き取れなかったのかよ」
「いや、小さくて」
意味不明だった。
この意見は完璧におかしい。小さくて聞こえなかったら、さっきまでの会話は何故聞こえ、僕の大きな叫び声が聞こえないのさ。
「僕をおちょくるのも大概にしてくれよ」
「分かった。くすぐって欲しいんだよね」
「違う!」
別にしゃぶって欲しくもないし、くすぐっても欲しくはない。
望んでいるのはただ一つ。
「じゃあ何をしてほしいの」
「決まってるだろ、解放してくれよ」
「嫌だよ」
ぐう。
「……お腹が空いてるの?」
「いや、そりゃあまあ」
その音は、僕から出た音であった。でも決して殴られたから発せられたものじゃない。
これはそう、空腹を知らせる──独唱だ。そろそろご飯を食べないと死んでしまうよ、と伝えている。
「ふ、哀れだよね」
「何が」
「ご飯を食べなきゃ生きていけないって」
「───お前は今、この世界に遍く全ての生物に喧嘩を売ったぞ!?」
いやはや、規模がでかい。
全世界に喧嘩を売るなんて、どこのヤンキー漫画でもそうねぇよ。
しかし、
「ぐう」
黒路は僕に続くように、腹を鳴らした。
「どうやらお腹が空いてきたみたい」
「さっき全世界に哀れだと罵ってから、それかよ」
「なに勘違いしてるの。あはれ、と言っただけなのに」
「まさか、
まさかだ。
『哀れ』ではなく、古典単語の『あはれ』──だったらしい、しみじみと心動かされる、彼女はつまるところそう言いたかったのか。
奥が深い。深すぎる発言だ。
にしても同音だと、初見にて二つの語句を判別するのは不可能って話だよな。
ぐう、ぐう。
「おっと」
なんて戯言ばかり呟いていると、つーか空腹を意識し始めると、途端にお腹が空いてくる。
「どうやら本当に何か食べないと死にそうだね」
「……前後の記憶が曖昧だから分からないが、僕は一体どれくらいの間、何も食べてないんだ?」
「2日?」
「2日─!?」
ヒトが生き延びるために必要な要素がそれぞれ欠けていた場合の有名な生存可能期間目安として──3の法則が存在する。
『空気は3分』『水分は3日』『食料は3週間』。
その間にそれぞれを摂取しなければ、死ぬ。
そして黒路の言う通りならば、僕は水分を2日間摂っていない事となる。
「お前は僕を殺す気かよ?」
「安心してほしい」
安心してほしい?
意味が分からない。少なくとも誘拐犯が被害者に対して述べる文字羅列じゃない。
「ご飯は買おうと思ってたから」
「思ってた?」
「だって私たちは金欠でしょ? だから、食料とか買うお金なくて……。だから思っただけ」
「なんてことだ!」
──日本の貧困はここまで進んでいたのか。
って、そんな重い話をしているわけじゃないし!
「そんなバカな!」
というか思い出してきたぞ。
気絶する前の記憶たちを若干。
「だって僕たち
「ぁあ、それはさ。君を誘拐するための準備をしてたら、全部使っちゃって」
「アホか!」
アホすぎる。
なんでこんなバカが僕の相棒なんてやっているんだよ──!?
いや、当然か?
だっね僕も馬鹿だから。
お似合いだからか。
「そんな訳で私たちは金欠だし、明日を生きるお金もない」
「全部お前のせいだし、つーか、解放して家に帰れば両親がご飯とか作ってくれるから、そんな危篤状態じゃないけどな!!」
そう。
アンタが解放さえしてくれれば、全て片付く話だった。でもコイツがそんなつまらない選択をするわけない。
腐っても、僕の相棒だ。
「──そういうことだから、分かった?
無視して続ける黒路は、
「全部分からないけど、理解はしたよ。許容はしたくないけど、把握したさ」
「そう。なら、ここで死んで」
「ごめんな、それは全くもって理解出来ねぇ!」
──と、その時である。
「やっほー、ブリブリ大根。ラッパーが好きかもしれないなあ、って思いつつ、扉を開けて参りますッ!」
「はい?」
唐突に扉が開かれた。
僕のパンツ一丁姿と、それを見て楽しむ相棒の姿が──
聞き覚えのない女の子の声。
まさか警察だろうか。……んなわけあるか! こんなフザけた挨拶で突入してくる警察がいたら、僕が逆転逮捕してやる!
「だ、だれ?」
「警察です!」
「嘘だろ!?」
「嘘です!」
なんだよ。
一瞬驚いちまったじゃないか。
「自己紹介が遅れましたね」
「そんな事は決してないから、安心してほしいな」
僕が言う前に、黒路が先制する。顔を上げて少女の姿を一目見た。混乱を防ぐために出来るだけ簡潔に言わせてもらいたい。
「私の名前は
その少女(?)は、ライオンの着ぐるみを被っていた。全部すっぽりで、顔も、形も、分からない。
「貴方たちが
質問する前に答えるやつなんて、いるのか?
「うん」
「だから、それから答えてもらうってんだろ。黙れよボケ」
「……っひ!」
先程までのハイテンションとは異なり、
言葉で僕を刺した。
すんません。
「さて」
ゴホンと、軽く咳をして、
つーか。パンツ一丁と女の子がいる修羅場の中の修羅場という
「私からの依頼です。どうか治してくれませんか、──
こうしてまた、いいや、始まった。
愚かでドス黒い、そう、呪いに満ちた物語が。
開催される、ある日のランデヴー。
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