第44話 副兵長との対決

 王位簒奪が起きたところなので、もっと殺伐とした状況だと思った。

 しかし、予想に反して静かだった。

 途中で本物の兵士とすれ違ったが、おやっと驚くような反応を示すだけで呼び止められることはなかった。


 城内は想像以上に広く、フリッツがいると思われるところまでは距離がある。

 中庭を通過して先にある建物に入ろうとしたところで、普通の兵士とは異なる格好の男が立っていた。

 男はこちらに気づくと他の兵士とは異なる反応を見せた。

 魔眼に変化はないものの、イヤな予感がした。


「ウィニコット兵長、こんなところで何を?」


「見て分かんねえか、これから連行されるところだよ」


「こんな方へ? 地下牢は反対方向では」


 ウィニーは男と対峙しながら、小声で俺たちに伝えた。


 男は副兵長のルヴィン。

 剣の腕が立ち、血気盛んで危険な男である。

 現在進行形で怪しまれていること。


 ルヴィンはウィニーと言葉を交わしつつも警戒を強めていた。

 その証拠に剣を抜いている。

 冷酷さが窺えるような笑みを浮かべて、ウィニーを見据えた。


「ふっ、今は好機ということか。フリッツ陛下が兵に指示を出して、暴動を止めさせに行っている。警備が手薄となれば、貴殿らが城を追われた時に逃げるしかなかった状況とは違う」


「副兵長、御託はいいんだよ。通す気はないんだろ?」


 ウィニーは自分で拘束を解いて、サリオンに持たせていた剣を受け取る。

 すぐさま剣が鞘から抜かれ、兵長と副兵長が対峙する状況になった。


「私はヴィルヘルム陛下とフリッツ陛下、どちらが王位を継ぐかというのに興味がない。だが、フリッツ陛下の方が好戦的で、今後は反対勢力を潰す戦いになる。そうなれば、今までよりも戦乱が活発になり、私が実戦に出られる回数も多くなる」


「そんな理由でフリッツを推すとは。お前が副兵長だなんて間違いだな」


「はっ、何とでも言えばいい」


 話はここまでだと言わんばかりにルヴィンがウィニーに斬りかかる。

 かなりの速さで攻められて、ウィニーが守勢に回る。

 剣技について詳しくないため、どちらが優勢か見極めが難しい。


「ルヴィンという男、なかなかやりますね」


 隣のサリオンが小声で言った。

 彼の目から見ても実力者ということのようだ。 

  

「……しかし、ウィニーの地力の方が上回っています」


 サリオンの言葉が示すように互角の状態から、ウィニーが押し始めた。

 ルヴィンは守勢に回り、ウィニーの剣戟から身を守ることに手一杯の状況だ。

 

 しばらく攻防が続いたが、ウィニーがルヴィンの剣を弾いたところで勝負あった。

 弾かれた剣は床に転がり、ルヴィンは徒手空拳の状態になっている。

 

「……ありえない。私が負けることなどありえない」


「おれと本気の勝負がしたかったんだろ? 潔く負けを認めたらどうだ」


「くそっ、絶対に認めん」


 ルヴィンの目は血走り、怒りと悔しさが混ざったような感情が透けて見えるようだ。

 

「……これから、マルネ王立兵団の兵長としてフリッツを捕らえた後、お前をそのままにするわけにはいかない。フリッツに肩入れした罪で捕らえる。同じ兵団に所属する者として、フリッツに協力したことを残念に思う」


 ウィニーは憐れむようにルヴィンに言った。

 情けをかけているように見えるが、決して油断しているわけではない。

 剣先を向けて抵抗できないようにしている。


「サリオン、頼む」


「ええ、任せてください」


 サリオンはウィニーから縄を受け取ると、ルヴィンを後ろ手に縛った。

  

「お前には来てもらう。フリッツがこの状況を見れば観念するだろ」


「……くっ」


 ルヴィンは悔しさをにじませながら、ウィニーに立たされて歩く。

 これ以上は抵抗しても意味がないと悟ったようだ。


「よしみんな、王の間ままであと少しだ」


「いよいよっすね」


「ついに来ることができました」


 これまでウィニーについてきた団員たちからは高揚するような気配があった。

 新参者の身であってもエリーが元の地位に返り咲けるのならば、このまま成功してほしいと思った。


 ウィニーがルヴィンを連行するかたちで移動を再開した。

 足止めされた中庭を抜けて、さらに奥にある建物に入る。

 そこからはウィニーとエリーの案内で廊下を歩いていった。


 やがて突き当たりに大きな扉があった。

 説明を受けるまでもなく、その先が重要な部屋であることは明白だった。

 何かが待ち受けるような気配を感じる。

 

「この先にフリッツがいるはずだ」


 ウィニーが空いた方の手で扉を押すと、重たい扉が開く音がした。

 部屋の中心には玉座に向かうように紅色の絨毯が敷かれている。

 人の気配は皆無かと思ったが、奥の方に人影があった。

 部屋にいた人物はこちらに振り返り、ゆっくりした足取りで近づいてくる。


「懲りずに戻ってきたか。逃亡生活を続ければよいものを」


 フリッツは初老の男だった。

 地位が高いだけあって、高級そうな衣服を身につけている。

 豪奢な身なりではあるのだが、何だか悪趣味に見える。


「生憎だが、そう暇でもなくてな。やるべきことがある。――ほらよ」


 ウィニーがルヴィンを突き出すと、フリッツの顔に焦りの色が見えた。

 明らかに動揺している。


「ルヴィン兵長。地位を上げてやったのにそのザマはどういうことだ!?」


「おれたちをなめすぎだろ。城の守りを手薄にしすぎだ」


「くっ、調子に乗るのもそこまでにしておけ。こちらがヴィルヘルムを確保していることを忘れるな」


 フリッツは勝ち誇ったように言った。

 彼とウィニーがにらみ合うかたちになり、張りつめた空気になっている。



 あとがき

 お読み頂き、ありがとうございます。

 今日の夜にあと二話更新予定です!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る