第42話 団員の協力
突如現れた危険な生物に緊張が走った。
サリオンは弓を引き、ミレーナは杖を握っている。
全員が臨戦態勢に入っていた。
「いやー、マジか。ラグニッツ川の主なんて昔話だと思ったんだが」
「団長、今がちょうど十年に一度の周期っすよ」
「初耳だな。ルチアの種族の常識か?」
「普段は夜行性のグロースヴェルスが日中に動くのはその周期らしいんすよ。うちの地元ではその時期を狙って、漁をする風習があるっす」
危険な状況のはずだが、ウィニーとルチアは世間話をするように話している。
だからといって、気を緩めているわけでもなく、彼らは周囲の警戒を続けていた。
どうやら、グロースヴェルスというのは巨大ナマズの名前のようだ。
俺は姿勢を低くして、船から落ちないようにしている。
ホオジロザメ並みのナマズがいる状況で、乗っているのは木造の手こぎ船である。
身の危険を感じない一般人がいるとしたら、感覚がマヒしているか思考停止しているかのどちらかだ。
まずは魔眼に変化がないか注意しておくべきだろう。
「グロースヴェルスを食べるなんて驚きだな。まあ、捕まえたところで荷物になるだけだし、ここはミレーナ先生に追っ払ってもらうのが手っ取り早いだろ」
「分かった」
ミレーナは杖の先端の球体を突き出して、狙いを定めるようにした。
そこでサリオンが彼女に目配せをして、合図のようなものを送った。
「私が囮になります。水面から出てきたところをバシッと頼みます」
「任せて」
ミレーナは小さく頷き、表情を引き締めた。
サリオンが船から身を乗り出して、グロースヴェルスをおびき寄せる。
何度か船に衝撃があった後、再び彼に喰いつこうとして水面から飛び出した。
「――今です!」
ミレーナの杖から雷光が生じて、まっすぐにグロースヴェルスを捉えた。
強い電流が直撃したような状態で、落水した巨体が水面に浮かぶ。
ヒレがピクリと動いたので死んだわけではないようだ。
「出力を控えたから、そのうち元に戻る」
ミレーナはこともなげに言って、取り出したハンカチで杖の先端を拭う。
すでに彼女の実力を知っていても、圧倒的な威力に驚きが隠せない。
「いやー、もったいないっすね」
ルチアが下流に流れていくグロースヴェルスを眺めながら言った。
じゅるりという擬音聞こえてきそうな表情だった。
「そんなに美味しいの?」
「脂が乗って最高っすよ。あたしの地元にはミレーナみたいな魔法使いはいないんで、漁の時は命がけっすけど」
「それはそれで怖いね」
ルチアのような獣人が大勢で巨大ナマズを追う光景を想像した。
まるで漁というよりも祭りのようになっていそうな気がする。
「体当たりされて骨が折れるぐらいっすから、大丈夫っすよ。それに浅瀬に追いこめば水中に引きずりこまれるリスクは経るっすから」
「ははっ、そうなんだ……」
ルチア個人なのか種族全体の価値観なのかは分からないが、死ぬこと以外はかすり傷と言わんばかりの豪胆さが垣間見える。
これは内川と相性がよくないとしても、自明のことだと思う。
「さあ、対岸に船を動かすぞ」
ウィニーが仕切り直すように声を出す。
サリオンがそれに合わせてオールを手に取り、二人で川面をかきわけるように漕いだ。
船は少しずつ岸に近づき、対岸へ上陸できる距離まで近づいた。
「この先は霧が薄くなる。こんなところに見回りはいないはずだが、用心して進んでくれ」
ウィニーが俺を含めた他の団員も船を下りていく。
ミスティアの町を離れてみて分かったが、川から町にかけて風下になっているようで、明らかに向こう側の方が霧が濃い。
きっと、地形的な要素が強いのだろう。
全員が船を下りたところで、ウィニーが再度話し始める。
「ここから地下通路がある場所まですぐだ。おれについてきてくれ」
「城はもうすぐということですか」
「地下通路を通り抜ける必要はあるが、そこを抜けたらフリッツの野郎は目と鼻の先にいるだろうよ」
ウィニーは愉快そうに笑い、さあ行くぞと言って先へと歩き出した。
これから反攻が始まるからなのか、これまでよりも上機嫌なようだ。
周辺一帯は木々の生い茂る森になっており、外からは見つかりにくい地形だった。
この辺りは人が行き来するようで、踏み慣らした跡が道のようになっている。
猟師や野草を採取する人などが出入りしているのかもしれない。
ウィニー、ルチア、サリオン、ミレーナ。
その四人に加えて、俺という計五人で森の中を通り抜ける。
時折、野生動物の気配はするものの、人とすれ違うことはなかった。
しばらく進んだところで、ウィニーが茂みの方に進行方向を変えた。
そのままついていくと、彼は何かの上に覆いかぶさった状態の木の葉や枝をどかした。
すると、そこに地下へと続いていそうな扉があった。
「……この扉をくぐったら、城まで一本道だ。皆、覚悟はいいな?」
ウィニーの問いかけに全員が頷いて返す。
決戦の時が近づいている。
ここまで気配を潜めていた魔眼が鳴動するように存在感があった。
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