最終章

第40話 霧に包まれた町

 ウィニーが兵士を捕らえるのに成功して、再びローマンの家に集合した。

 話し合いをするために大きな丸テーブルを囲んで、全員が椅子に腰かけている。

 アストラルの町にとって一難去ったと言えるはずだが、町長であるローマンは渋い顔をしていた。 


「本当に我々に嫌疑がかかることはないのだね?」


「もちろんだ。そもそも、おれとエリシア王女がここにいることがおかしいと思わないか?」


「まさか、フリッツ様に反旗を……。止めはしないが、危険な賭けであることを承知の上で決行するのかね?」


「ああ、重々承知だ。十分な戦力も揃ったしな。数では勝てなくても質では勝る。おれたちへの心配は不要ってもんだ」


 ウィニーは自信に満ちた姿勢を崩さずに話している。

 彼がそんな様子なので、徐々にローマンは理解を示すような態度になった。


「兵士の失踪が明るみになる前に決着がつけば、アストラルが疑われることはない。逆に君たちがフリッツ様の勢力を討ち損じたとしても、我々に責任はないと言い逃れすればいい……ということだね」


「濡れ衣を着せるのは気が進まないか?」


「徴収に頭を抱えていたのに、それを助けてもらったのだ。恩人を売るような真似は抵抗があるものだよ」


 ローマンの言葉にウィニーは笑顔で反応した。

 勝利を確信しているようで気負いのない、見る者を安心させるような笑みだった。


「まあ、心配はいらない。おれたちが勝つんだからな」


「王立兵団の兵長として、剣聖と呼ばれた男は器が違う。我々も君たちを信じて、恩人を売るような真似はしないと誓おう。後ろから刺されることはない。安心してくれたまえ」


「フリッツは領民に厳しすぎるからな。ほどほどにしらばっくれることを勧めるぜ」


 話がまとまったところで、場の空気がずいぶんと和らいだ。

 慣れない環境に気疲れを感じる一方で、ウィニーとローマンのやりとりは興味深かった。

 重要なことを左右するほど重圧を感じるはずだが、ウィニーの姿勢は尊敬に値する。


「昼食にはまだ早いけれども、よかったら一緒に食べていくかね?」


「いや、兵士を捕縛した以上、アストラルに長居すべきじゃない。よかったら、移動中に食べられるものを用意してもらえるか?」


「もちろんだとも。君たちの分を用意するだけなら、町の者で協力すれば大して時間はかからないはずだ。その間に出発の準備をしてはどうだろう」


「そうだな、そうさせてもらうとするか」


 それから俺たちは荷物をまとめて馬車に積みこみ、ローマンと町の人たちからサンドイッチを受け取って出発した。

 ちなみに馬車の乗員の割り振りはアストラルに来た時と同じである。 


 馬車A:エリーとウィニー クラウス、ルチア、サリオン

 馬車B:ミレーナ 海斗 

 

 次の目的地は霧に包まれた町ということだけ、ウィニーから聞いている。

 急いでいたこともあり、現地で詳しいことを教えてもらう予定だ。

 ミレーナなら町について詳しいことを知っているかもしれない。


「次の町はどんなところか知ってる?」


「私も行ったことがない。旅人や行商人が訪れることはあまりないところということしか知らない」


「そうなんだ。きっと、何か目的だあるってことかな」


 あまり会話が続かず、次の言葉が出てこない。

 それでも、最初の頃と比べればミレーナとの距離は縮まりつつある。


 移動にはもう少し時間がかかるため、周りの景色を眺めるぐらいしかやることがない。

 暇を持て余した結果、アストラルでもらったサンドイッチを食べることにした。


 素朴な見た目のフランスパンに、野菜やハムなどの具材が挟まっている。

 やはり野菜の生産に力を入れているようで、新鮮なレタスなどが目を引いた。


 サンドイッチを食べ終えてしばらくすると、前方に幅の広い川と立ちこめる霧が広がっていた。

 イメージしていたよりも霧が濃く、それに覆われるようなかたちで町がある。

 視界が遮られるほどではないと思うが、こんなところで生活するのは不便そうだ。


 町の外側にある厩舎に馬車を預けて、全員で町の中に入っていった。

 歩けないほどではなく、遠くの景色が見えないような視界だった。


「まずは顔見知りの宿屋に向かう」


 ウィニーが先頭を歩き、一軒の宿屋に入った。

 アルカベルクのように反乱軍の隠れ家ということもなく、普通の宿屋のような印象だ。

 玄関からロビーに至ったところで、店主と見られる中年男性が出てきた。


「ウィニコットさん、お久しぶりです」


「おう、トーマス。元気にしてたか?」


「それはこっちのセリフですよ。エリシア様と王都を抜け出したって聞いて心配したんですよ」


 トーマスは茶色い髪色で少し丸い体型をしており、ハンチング帽子みたいなものかぶっている。

 二人の雰囲気からして、ウィニーとは顔見知りのようだ。

 

「積もる話もあるところだが、エリシア王女を匿ってくれないか。護衛なしじゃお前の胃に穴が空きそうだから、クラウスを随伴させる」


「ふんふん、クラウスさんが一緒なら安心ですね」


「トーマスさん、よろしくお願いします」


 クラウスが頭を下げると、トーマスは慌てた様子で左右に手を振った。


「いやいや、王立兵団の方がそんな! 頭を上げてください」


「ありがとう、トーマス。この恩は必ず返すわ」


「いえいえ、とんでもございません。エリシア様からそんな言葉を頂くなんて、恐悦至極に存じます」


「宿屋の主人なのに、難しい言葉を知ってるんだな」


「人を学がないように言わないでください」


 この後のことを考えれば緊張感が高まるのが自然だが、ウィニーたちの談笑を聞いていると、緊張が和らような気がした。

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