第37話 壁に囲まれた町

 町の中で二台の馬車を預けて、ウィニーたちと町の中心に歩いてきた。

 この後の予定や町を訪れた目的をたずねようと思ったが、遠足中の小学生のような振る舞いのように思えてしまい、何でもかんでも聞こうとするのはやめておいた。

 

 やがて全員で町の中の一軒家に足を運んだ。

 他の民家よりも一回り大きく、有力者の家であることが想像できた。

 ウィニーを皮切りに中へと入る。


 俺が玄関をくぐったところで、ウィニーが中年の男性と向かい合っていた。


「ふむ、ずいぶんと大所帯でやってきたね」 


「町長、面倒は取らせねえ。一泊させてもらえたらそれで十分だ」


「君たちの目的は何となく想像がつく。だが、ここは中立都市アストラルだ。現王に密告するつもりはない」


「はっ、『現王』か」


 ウィニーは怪訝そうに言った。

 しかし、男性はそれを流して俺を含めたウィニー以外の面々に顔を向けた。


「私は町長のローマンだ。君たちを歓迎しよう」


 ローマンは整った身なりで中肉中背の体格だった。

 偉ぶるような態度はないが、威厳を感じられる人物だ。

 全員で彼と向かい合っていると、部下と見られる男性が耳打ちした。


「分かった。それがいいだろう」


 玄関直結の広間で話していたが、ローマンに案内されて客間のようなところに移動した。

 巨大な木の幹を加工した丸テーブルを囲むように、それぞれに椅子に座った。


「単刀直入に話をしよう。この土地は代々の王家からマルネ国内での独立を許可されて、中立を保ってきた。しかし、新たに王位を主張する者が現れて、新たな王になってから困ったことが始まった」

 

 この場にいる全員がローマンに話に聞き入っている。

 特にエリーは正体が分からないように変装しているが、身を乗り出すような勢いだった。


「現王はアストラルに収穫した作物の何割かを納めるように迫っている。最初は断っていたのだが、兵を仕向けるようになり、今では断れない状況なのだ」


「――そんなこと、許せない!」


 エリーがテーブルをバンッと叩いて、大きな声を出した。

 ローマンは驚いたようだが、我に返ったところで彼女に話しかけた。


「まさか、エリシア様がいらっしゃるとは」


「私のことはどうだっていい。すぐにそれを止めないと」


 ローマンはエリーの意見に頷いて見せたが、複雑な表情を浮かべている。

 詳しい事情を知らない俺には、それが何を意味するのか分からなかった。


「明日の朝に兵士が徴収に来ます。ウィニコット殿と仲間の方々ならば、返り討ちにすることは容易でしょう。しかし、そうなればエリシア様の存在が露見する可能性もありますぞ」


「そいつは構わない。兵士は捕縛して壁の中に捕えておけばいい。行方不明になれば不審がられるが、まさか中立地帯のアストラルで捕まったとは誰も思わねえよ」


「……何かあれば、君たちの仕業だったということするということか」


「そういうこった」


 ウィニーとローマンが話を進めているが、そこに加わるようにクラウスが声を上げる。


「兵が戻らないとなれば、不審に思われるのは間違いありません。ただ、王都からの距離を考慮するならば、最寄りの分団から赴いている可能性が高い。その時には我々はすでにアストラルを離れている。ウィニコットの方針で問題ありません」


「クラウス、ありがとな。町長には全容は話せねえが、おれたちはやることがある。兵士を押さえてやるから、くれぐれも密告話で頼むぜ」


「もちろんだとも。兵士の取り立てには辟易している。エリシア様を危険な目に遭わせることなどできるわけがない」


「よく言った。こっちも約束は守るからな」


 ウィニーとローマンを中心にした話し合いはまとまり、俺たちはローマンの家を後にした。

 中にいる間に日没が近づき、壁に囲まれた町は薄暗くなっている。

 完全に暗くなる前に街灯代わりと思われるかがり火に火がつけられた。

 

「そういえば、今日の宿のことをすっかり忘れちまった。ちょっと、ローマンに確認してくる」


 ウィニーはそそくさと家の中に戻り、少しして小走りで戻ってきた。

 彼は皆を集めて、今夜の宿について話し始めた。


 この町は旅人が訪れることはほとんどないため、一般的な宿屋はないそうだ。

 そのため、街を訪れた行商人が寝泊まりする宿を使うらしい。

 宿の部屋数が十分に足りないようで、ウィニーとエリー、それにクラウスはローマン所有の来客用の民家に泊まることになった。


 俺はミレーナやサリオンたちと指定された宿に向かった。

 アストラルは区画が整理されており、ガスパールの王都に比べると道が分かりやすいため、迷うことなく目的に着いた。


 外観は一般的な民家で掃除が行き届いているようだ。

 ガスパールやマルネで見かける、一般的な木組みの家で二階建てである。

 俺たちが中に入ろうとすると玄関のカギは空いており、室内はいつでも使えるように整頓されている状態だった。

 ホームステイに来たような感じで、ワクワクするような気持ちになる。

 

 まずは部屋割りを決めるべく、リビングに荷物を置いて、話し合いを始めた。

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