第36話 王位奪還への旅路

 アルカベルクを出発してから時間が経つにつれて、内川を置いてけぼりにしてしまった罪悪感が薄らいでいった。

 今思えば彼は高校生活の上でも、逃げがちだったことを思い出す。


 ――俺が他校の不良に絡まれた時

 ――教師から濡れ衣を着せられた時

 ――体育大会で面倒な役回りを押しつけた時


 普通に生活していたらスルーしていたはずのことなのに、こうして異世界で馬車に揺られていると思い返してしまう。

 同じ陰キャ同士で気が合う思っていたが、性根の部分となると相性がよかったのか疑問が残る。

 異世界人であるはずの旅団の人たちの方が気が合うような気がしてきた。

 

 ルチアはおっちょこちょいな亜人だが、明るい性格で心根に思いやりがある。

 サリオンははっきりした性格だが、面倒見がよくて頼りになる。

 ミレーナは陰キャというより物静かなだけで、美少女で優れた魔法使いだ。

 ほとんど離したことのないエリーはともかく、団長のウィニーは人望が厚い。


 最初にアインの町の依頼を終えた辺りから覚悟したのだが、元の世界に帰れる可能性は高くないと思う。

 今思えば偉いはずの王様が俺たちのような若造に平身低頭だったのは、送り返せないことへの後ろめたい思いが現れていたような気がする。

 だからこそ、自分なりにこの世界に順応しようとしてきた。

 しかし、内川はそれを拒絶して、俺たちの元を去った。


 こうして考えがまとまりだすと、自然と視界がクリアになるような感じがした。

 きっと、この先は今までよりも危ないことが待っているだろう。

 そんな時、躊躇や迷いは判断を鈍らせる。


「ねえ、ミレーナは怖くないの?」


「……何が?」


「その、戦うこと」


 思いがけず言葉が出ていた。

 年齢の近い彼女の意見を聞いてみたいと思ったのだ。


「魔法学院の模擬戦では、対人で魔法をぶつけ合う。それを繰り返すうちに慣れたのかも。怖くないわけじゃないけど平気」


「……そうか。怖くないわけじゃないけど平気、か」


「うん」


 ミレーナの声はいつも通り抑揚が少なく、話題に関心があるのか分からない。

 それでも大事なことを聞けた気がする。


 馬車は街道を進み続けており、アルカベルクを出てからは両脇に草原が広がっている。

 この辺りも牧畜が盛んのようで、遠くに放牧された牛が何頭も見えた。

 一見するとのどかな風景だが、徐々に敵の本拠地に近づいているため油断はできない。


 社会や歴史の科目は成績がよいものの、こうして騒乱の最中にあると何が正しくて、何が間違っているのか判断が難しいと思う。

 ウィニーやクラウスと話したことで彼らの信念を知ることができたが、真実を知りえない民衆は簒奪者の言い分を鵜吞みにしているのではないか。

 エリー親子が王位を追われたことにもっともらしい理由をつけているのなら、本来の王権を行使するのは難しいはずだ。


 こんなことなら、もう少し歴史を学んでおけばよかった。

 現代の知識でウィニーやエリーを手助けすることはできそうにない。

 できる範囲で協力することが最善の選択だろう。

 転移魔法陣で飛ばされた六人がいれた心強いかもしれないが、依然として彼らの行方は分からないままだ。


 出発してしばらくは青々とした草が伸びていたが、どこかのタイミングを境にして、少しずつ道脇の緑の数が減っていた。

 一面に短い草は生えいるものの、途中までのように大きな木は生えていない。

 間隔を空けて背の低い木が窺える程度だ。

 おそらく、土地がやせているのか、水が少ないのだと思った。

 

 アルカベルクを離れてしばらく経つと、今までにはないことが起きた。

 馬に乘った兵士が巡回しているようで、馬車の方を横目で眺めながら通過した。

 こういった状況を見越して、ウィニーとエリーは身を潜めているのだろう。

 俺自身も気を引き締めなければならないと思った。

 

 アルカベルクを出たのは朝の時間だったが、やがて夕暮れが近づいていた。

 まさか今日は野宿なのか、ミレーナと二人きりでは緊張して眠れないのではと思いかけたところで、前方に高い壁が広がる光景が目に映った。


 来る者を寄せつけないような圧倒的な存在感。

 この世界の技術水準からして、ここまでのものを短期間で建てられるとは考えにくい。

 昔からあるのならば、そこまでマルネ王国は緊張した情勢にあったのか。

 分からないことだらけだが、地理に明るいウィニーに教えてもらおうと思った。

 馬車は移動を続けて、その壁の方に向かった。

 

「もしかして、壁の中が目的地?」


「さあ。私も細かいことは聞いてない」


 ミレーナは前の馬車に続いているだけのようだ。


 馬車に乗ったまま壁の近くにたどり着くと、その迫力に圧倒されそうだった。

 壁の間に通用門があり、先を行くクラウスの馬車が中に入った。

 こちらの馬車も続いて入り、その後に門が閉まった。


「すごい! こんなふうになってるのか」


 壁の中には一つの町がすっぽりと収まるように広がる。

 今いる場所の方が高台にあり、全体を見渡すことができた。

 壁の外は農地に向かないように見えたが、内側では水が十分にあるようで畑がいくつも見える。

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