第35話 行方知れずの友

 クラウスが出ていってから、落ちつかない気持ちだった。

 内川を指導していたルチアの表情は晴れず、彼女も心配しているように見えた。

 沈んだ気分でいるとダニエラが温かいお茶を出してくれて、彼女の優しさでいくらか動揺が和らいだ気がした。


 高校からの友である内川は何を考えていたのか。

 彼が評価されない一方で、俺が評価されたことが影響したことは間違いないと思っている。

 勇者召喚されてからの短い期間で、この世界に順応するのは間違いなく難しい。

 俺自身もまだまだ戸惑うことばかりだ。


 そのように理解できる反面、内川の態度に問題がなかったわけでもないと思う。

 もう少し柔軟になるとか、ルチアの指導に応えようとする姿勢はあってもいい気がした。

 お茶を飲みながら待っていると、しばらくしてクラウスが戻ってきた。


「戻りました」


「クラウス、どうだった?」


「残念ながら、アルカベルク周辺に気配はありませんでした。そこまで機敏ではないと聞き及んでいたので、痕跡を捕捉することぐらいはできるはずなのですが」


「この際、仕方ないな。これ以上、ジンタに時間をかけるはできない。……カイト、いいな?」


「もうどうにもならないから、そうするしかないね」


「悪いな、恩に着る」


 内川不在のまま、この後のことについて話が進むことになった。

 クラウスの反応からして、内川が絶対領域を使って隠れている可能性も考えられたが、スキルの話をすれば魔眼に言及しそうで控えておいた。 

 ルチアはさっきまで浮かない顔をしていたが、気持ちを切り替えたようで引き締まった表情に変わっている。


「それじゃあ、もう一度集まってくれ」


 ウィニーの呼びかけで、ダニエラ以外の全員が椅子に腰を下ろした。

 彼女はこれまでと同じように席を外す。

 

「ここから先、おれとエリーは有名人だ。迂闊に顔を出すことができない。移動中は馬車に隠れることが多くなるだろう。いつでも助けられるわけじゃないから、クラウスと協力して乗り切ってくれ」


「ふっ、分かりました。あなたの無茶ぶりは今に始まったことではないですから」


「サリオン、頼んだぜ。風の森のエルフとあれば、早々無下にされることはない。お前の顔で不問に付されることだってあるはずだ」


「まあ、いいでしょう。ガスパールでは楽しめましたから」


「あんたは馬毛亭で酒ばっかり飲んでたじゃないっすか」


「むむっ、それは耳が痛い」


 ルチアのツッコミに皆が笑い声を上げた。

 緊張した空気が少し緩んだ気がする。


「あと、馬車の人員配置はこんな感じでどうだ」


 ウィニーはテーブルの上に二つの馬車とそれぞれの名前が書き分けられたものを置いた。


 馬車A:エリーとウィニー クラウス、ルチア、サリオン

 馬車B:ミレーナ カイト


 ガスパール王国からアルカベルクまでの配置から、内川とクラウスが入れ替わったかたちだった。

 やはり、重要な二人を離すことはしないみたいだ。


「ウィニコット、妻と別れを済ませておきたい。この先はどんな危険があるか分かりませんから」


「もちろんだ。おれたちは馬車の準備をしておく」


「ありがとう」


 クラウスは席を外して、ダニエラに会いに行った。

 深紅の旅団の面々も立ち上がり、これから出発に向けた準備をするようだ。


 アルカベルクはアインの町やミルランの村よりも規模が大きいため、時間があればもう少し散策して見たかった。

 町に活気があり、文化的な施設やところどころに残された緑の豊かさに目を引かれ、見たことのない食べものが売ったりしていた。

 俺は名残惜しい気持ちを感じつつ、皆と一緒に馬車への積みこみを行った。


 妻と別れを済ませたクラウスが合流すると町を出る段になった。

 町全体を煌めく陽光が照らす中、俺たちはアルカベルクを出発した。


 ここまでの道のりはウィニーが御者を務めていたが、今度はクラウスが手綱を握るようだ。

 そして、ウィニーとエリーは荷物にかける大ぶりな布で全身を隠し、目立たないようにしている。


 こちらは変わりなく、ミレーナが御者を担っている。

 彼女は馬の扱いに長けているようで、馬の足運びは安定していた。

  

 ミレーナはほとんど話しかけてこないので、自然と考えごとをしてしまう。

 できれば内川を見つけたかったのに、行方知れずのままになってしまった。

 友として彼の変化に気づくことができたのなら、結果は違っていたのだろうか。

 

 しかし、どれだけ考えても答えは出なかった。

 考えを切り替えねばと思い、この後の方針へと意識を巡らせる。

 

 ここから先、エリーとその父の王位を奪った勢力に近づくことになる。

 いくつかの町や村を越えた先で城につながる地下通路から侵入するという話だ。

 映画に出てくるスパイ顔負けの作戦だが、自分にできることで貢献したいと思っている。


 日本で普通に暮らしていたら、危険すぎて及び腰になっていたことは間違いない。

 今は仲間に入れてくれたウィニーへの感謝の気持ちと、魔眼の力が信じられることが大きく作用している。

 最初の時点で内川以外のクラスメイトとは離れ離れになり、今度は内川までいなくなった。

 最早顔見知りのいない世界で頼れるのは、ウィニーたちだけという状況なのだ。



 あとがき

 お読み頂き、ありがとうございます。

 今日の夜にあと二話更新予定です!

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