第34話 サリオンからの評価

 サリオンは表情を変えずに淡々と話し始める。


「アインの町への配達と古城の見回りに同行した際、周囲への警戒を怠らない慎重な行動に注目しました。それ以外では臨機応変なところが評価に値します」


「それで、カイトはこの先についてきても大丈夫だと思うか?」


「未熟なところはありますが、ウィニーひいてはエリーの力になってくれるはず。ミレーナやルチアとも打ち解けており、協調性の面からも問題ないでしょう」


「分かった。話してくれてありがとな」


 ウィニーの感謝にサリオンは笑みを浮かべて応えた。

 サリオンの評価が高かったのはうれしいのだが、内川が落胆していることで素直に喜べない。

 それから、今後についての話があったが、上の空になってしまい、内容はあまり覚えられなかった。




 翌朝、クラウスの宿屋で目を覚ました。

 相部屋ではなく個室が用意されたので、気兼ねなく熟睡することができた。

 窓の外にはアルカベルクの町が見えて、ガスパール王国の王都を離れたことを実感する。


 用意された寝間着から外出用の衣服に着替えて、顔を洗うために水場へと向かう。

 この町は湧き水が豊富で、宿屋の中にも湧き水が配水されている。

 昨夜、クラウスが設備の説明をしてくれたので、だいたいのことは把握できていた。


 水場へ行くとミレーナが顔を洗っているところだった。

 彼女は寝間着姿で寝癖が直りきっていない。

 水色の髪の毛が無造作に跳ね放題になっている。

 ぼんやりとして無防備な様子に新鮮さを覚えた。


「おはよう」


「……うん」


 ミレーナにあいさつをすると、横目でちらりと見て返事を返してくれた。

 彼女はここでの用事が済んだようで、そそくさと離れていった。

 朝が苦手なようで眠たそうだった。


 ミレーナと同じように顔を洗い、用意された部屋に戻った。

 今後に向けて荷物を確かめてみたが、ブラウンベアーの時に見つけた魔石ほど使えそうはものは見当たらなかった。

 サリオンの話では値が張るようなので、魔石を再入手するのは難しそうだ。


 整理を終えて荷物を床に置いたところで、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 間髪を入れずに反応を返す。

 

「はい、どうぞ」


「失礼するわね」


 ダニエラが扉を開けて中に入ってきた。

 その手には木製のトレーが乗っている。

 彼女が朝食を用意してくれたように見えた。


「ウィニコットさんたちが立てこんでいるみたいで、部屋で食べてもらってもいいかしら?」


「大丈夫ですけど、何かあったんですか?」


「さあ、わたしは部外者だから。詳しいことは教えてもらえないわ。クラウスが巻きこまないようにしてくれるから、必要以上に知ろうとはしないの」


「分かりました。朝食ありがとうございます」


 ダニエラはトレーをテーブルに乗せて、部屋を出ていった。

 皿の上にはスクランブルエッグや焼いたウインナー、それに色とりどりの野菜が盛りつけてある。

 主食にはパンが用意されていて、至れり尽くせりなメニューだった。

 ウィニーの状況が気になるため、すぐに食べ始めることにした。


 食事を終えて空いた皿が乗ったトレーを手にしつつ、ロビーへと向かった。

 そこには昨日と同じかたちで、ウィニーたちが向かい合って話しているところだった。

 どこか張りつめた空気を感じるが、加わらないわけにもいかない。

 輪に加わるように近づいて、ウィニーへと声をかける。


「おはよう」


「おっ、カイトか」


 ウィニーからはいつもの明朗快活な感じが見られず、どことなく表情が固かった。

 何か起きているのは間違いないみたいだ。


「……何かあったの?」 


「それなんだが……。隠す意味がないから話すが、ジンタが朝になったらいなくなっていた」


「えっ、ホントに!?」


 最近、ぎくしゃくしていたとしても、唯一無二の友だった。

 彼がいなくなったなんて、何が起きたのだろう。


「私が話を引き継ぎましょう」


「……サリオン」


「最初は散歩に行っているだけかと思いましたが、胸騒ぎを覚えて町の人に聞いたところ、早朝に牧場を見に行った人がジンタらしき人影を見たようです」


「その後は?」


「情報が得られたのはそこまでです。彼が離れたいのなら、その意思を尊重してもいいと思っています」


 サリオンの言葉に冷淡な気配はなく、言葉通りに気遣いが感じられた。

 ウィニーは何も言わないでいるが、彼も同じような考えだと察することができた。

 

「名前はカイトくんでしたか? 友のことが気がかりでは注意が散漫になりかねない。私でよければ、馬を走らせて探せますが?」


「……お願いします。俺も一緒に行っても?」


 どうにか言葉をしぼり出せたが、クラウスは首を横に振った。


「私やウィニコットの感覚では、旅団は半ば部隊のようなものです。それを個人の意思で離反したのなら、本来は裏切りと取られてもおかしくない」


「……裏切り」


 クラウスの言葉が重くのしかかる。

 内川に裏切るつもりはなかったとしても、ここしばらくの彼の態度は傲慢と言われてもしょうがないだろう。

 それでも、探しに行こうと言ってくれるのは恩情にすぎない。

 

 ウィニーたちに比べたら、クラウスのことはまだよく分からない。

 余計なことを言って彼の気が変わることは避けたかった。

 ここは申し出を受ける方が得策だろう。


「それじゃあ、仁太のことお願いします」


「うん、それじゃあ行ってきます」


 クラウスは足早に玄関から出ていった。

 内川が見つかることを願うばかりだった。

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