第32話 反乱軍の町アルカベルク

 馬車が町の手前に着いたところで、俺と内川はウィニーに声をかけられた。

 二人にだけ話したいことがあるということだった。

 今は仲間たちから離れた位置で三人で立っている。


「この町の名前はアルカベルク。パッと見は普通の町だが、おれとエリーにとっては特別な意味がある」


 話を最後まで聞かない以上、意見を述べることはできない。

 まずはウィニーが話し終えるのを待つことにする。


「具体的には反乱軍の隠れ家だ。元々の王族が追放された今、国家転覆を図った連中に対する反乱って意味だな。つまり、おれたちの味方ってわけだ」


「それで俺と内川に何を伝えたいの?」


「ルチアたちは理解しているが、周辺国に詳しくないお前たちには言い含めておいた方がいいと思ってな」


 ウィニーはいつになく、真剣な様子だった。

 普段の軽妙な調子に比べたら言葉に重みがある。


「ここはすでにガスパール王国ではなく、エリーが王家を追われたマルネ王国の領内だ。王都から離れているとはいっても、あまり目立つわけにはいかない」


「事情はあらかじめ聞いている。エリーを王女の座に戻したいという話だろ」


「その通りだ。イチハ族風の見た目のお前たちは目立ちやすいから、不要な騒ぎを起こさないように注意してくれ」


「「分かった」」 


 俺たちの返事を聞いて、ウィニーは満足そうに頷いた。

 険しかった表情を緩めて、今まで通りの雰囲気に変わる。


「話はそれだけだ。ガスパール王国の町とは雰囲気も違うし、旅の疲れを取ってくれ」


 ウィニーの話が終わった後は全員で馬車を停めに行って、それから町の中へ足を運んだ。


 アルカベルクの町はここまでに通った町や村に比べると規模が大きかった。

 王都ほどではないものの、面積は広く建物の数が多い。

 反乱軍が身を潜めるなら、小さい町よりも大きな町の方がいいのだろう。


 ウィニーがエリーの傍らを歩き、その後ろにルチアやサリオンが続いている。

 一見した感じでは脅威はなさそうだが、ウィニーが警戒していることが分かった。


 やがて町の中心に至ると古い石畳の広場があった。

 その周囲には小さなパン屋、肉屋、青果店などが軒を連ねている。

 パン屋からは焼きたてのパンの芳香が漂い、自然と食欲をそそられる。


 辺りを町の人たちが行き交い、にぎやかな町という印象を受けた。

 反乱軍と聞くと物騒な感じがするが、危うい空気は微塵も感じられない。


 そんな雰囲気の町の中で、ウィニーがベンチに腰かけた人物に声をかけた。

 その人物は短めの金髪で精悍な顔つきの青年だった。

 たしかに町に溶けこんでいるように見えるが、ただ者ではない気配を感じる。

 勘が鋭くなった気がするのは、もしかして魔眼の影響だろうか。


 浮かんだ疑問を脇に押しやり、ウィニーの様子を注視する。

 彼はその青年と言葉を交わして、二人で俺たちの方にやってきた。


「彼はクラウス。おれの昔なじみだ」


「皆さん、はじめまして」


 クラウスは礼儀正しく、背筋がまっすぐに伸びている。

 どこか軍人というか兵士を思わせる雰囲気がある。

 

「ここだと詳しい話をするのにあけっぴろげすぎる。クラウスに案内してもらおう」

 

「どうぞこちらへ」


 クラウスが先導するかたちで、全員で町の中を歩く。

 彼を疑う気持ちはないが、


「心配いりません。アルカベルクに密偵はいないはずです」


「ああ、そうなんだ」


 近くにいたサリオンが話しかけてきた。

 もしかしたら、不安な気持ちが顔に出ていたのかもしれない。

 色々とたずねたいところがあるものの、町の中ではやめておいた方がいいだろう。

 俺はサリオンと当たり障りのない話をしながら、クラウスに続いて歩いた。


 町の中にある民家は大半が木組みで、道は石畳のところと砂利が敷かれたところの二種類があり、西洋風の田舎町を想起させるような雰囲気だった。

 広場を離れてしばらくして、一軒の建物の中に案内された。

 この世界の風習に慣れつつあるが、外観から宿屋の一種だと分かった。


「全員お揃いですね。こちらへお願いします」


 クラウスに促されて、俺たちは建物中に足を踏み入れた。

 内装は一般的な宿屋と同じで、俺がガスパール王国で泊まった宿屋と大差はない。

 夕方のかき入れ時まではもう少し時間があるため、客の姿は見られなかった。


「あなた、おかえりなさい」


「ウィニコット、彼女は妻のダニエラです」


「クラウスの嫁さんか。よろしくな」


 ダニエラは二十代半ばぐらいに見えて、金色の巻き髪を白いバンダナのようなもので覆っている。

 服装はブラウスにスカートという服装で素朴な雰囲気の女性だった。


「皆さん、ようこそアルカベルクへ。わたしは地元出身のダニエラです。よかったら、椅子を使ってください」


 今日が初対面ではあるが、ダニエラから気遣いを感じた。

 俺たちは大きなテーブルを囲むような配置の椅子に腰かけた。

 クラウスとダニエラ以外の全員が座ったところで、二人は人数分のグラスをそれぞれの前に配った。


「アルカベルクの水は美味しいので、よかったらどうぞ。長旅でお疲れでしょう」


「ふん、クラウスはすっかり町になじんでるな」


 ウィニーは冗談めかして言った後、グラスに入った水を飲み始めた。



 あとがき

 お読み頂き、ありがとうございます。

 本日は昼と夕方にもう二話更新予定です!

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