第31話 山賊との遭遇
王都を出発して最初の数日間は平野に伸びる街道を横断した。
途中で小さな村や町を訪れて、ウィニーから風習や文化について教えてもらった。
住人の反応は様々で、温かく歓迎してくれるところもあればよそ者と関わりたくないという閉鎖的な空気を感じることもあった。
馬車での長旅に慣れ始めた頃、少しずつ街道を歩く人の数が減り、自然の気配が濃くなっていた。
ウィニーの説明ではここから進んだ先に高い山があり、そこを越えなければならないらしい。
旅の初めは遠くに見えていた山々が近くになると、気温が徐々に下がっていった。
途中の町で買った上着を着こむと、寒さが和らぐのだった。
やがて山道に入る頃、空に雲が増え始めた。
雨というよりも雪が降ってきそうな天気だ。
山を上がるにつれて道に転がる小石や岩が多くなり、客車に伝わる衝撃が大きくなっている。
さらに標高に比例してきつくなる寒さが厄介だった。
そのような状況でも馬は疲れを見せることなく、緩やかな勾配を上がっていた。
厳しいコンディションに負けないような、力強く健気な姿に胸が温まる。
とそこで、御者台越しに何かが見えた。
前方に複数の人影がある。
道をふさがれているような気配に気づいたところで、先を行くウィニーたちの馬車が停まった。
「――ミレーナ、カイト、山賊だ! 気をつけろ!
前の方からウィニーの声が飛んできた。
人との戦いは始めてで、自分が何をすべきなのか混乱した。
「前の方はウィニーたちで大丈夫。あなたは自分の身を守って」
「……分かった」
ミレーナは手綱を杖に持ち替えて、周囲を警戒している。
前の馬車の方は騒ぎになっているが、山賊がこちらまで来る様子は見られない。
ウィニーたちが善戦しているようで、通過を許さない状況なのだろう。
前の馬車にいる内川のことが気になるものの、ルチアやサリオンが一緒なら安全なはずだ。
今は確信が持てなくても、危険を冒してまで見に行くことはできない。
とにかく、ミレーナに言われた通りに自分の身を守ることを最優先にしよう。
戦いの最中にいなくとも、緊張感から汗が全身に浮かんでいた。
いつ山賊が向かってくるか分からない状況で、時間の流れを長く感じた。
息を吞むような緊迫感の後、騒ぎが収まったように静かになった。
「おーい! ミレーナ、カイト、大丈夫かー?」
前方から間延びするようなウィニーの声が聞こえた。
俺はミレーナと馬車を離れて、声のした方へと向かう。
ウィニーに近づいたところで、物陰から現れた者が彼に切りかかろうとした。
しかし、ウィニーは即座に反応すると、手にして剣を横なぎに払った。
その一撃は的確に相手を捕らえて、賊はその場に倒れこんだ。
安全を確認してから前に進むと、目の当たりにした光景に衝撃を受けた。
「――うわっ、何だこれ!?」
いかにもならず者といった風体の男たちが十人ほど倒れていた。
近くで確かめたくはないが、中には絶命していると見られる者もいるようだ。
今しがたウィニーに切られた者も息をしていないように見受けられる。
「死体を見るのは初めてか?」
「……まあ、そうだね」
ウィニーの言葉で見間違いではないことが分かった。
立ちくらみのような感覚がして、足元がおぼつかなくなる。
「おっと、刺激が強すぎたか」
彼に支えられて平衡感覚を取り戻した。
力強い手にしっかりと支えられている。
「ありがとう」
「ミレーナ、二人で馬車に戻ってくれ。おれの方で安全が確認できたら移動を再開する」
「分かった」
ウィニーと入れ替わるようにミレーナが肩を貸してくれた。
筋骨隆々なウィニーとは異なり、ミレーナの感触は柔らかく感じた。
何だか恥ずかしくなり、彼女から飛びのくように離れる。
「も、もう大丈夫。馬車に戻るよ」
「うん」
ミレーナは抵抗がないようだが、俺はまだ気恥ずかしさがある。
彼女に触れるのは馬に二人乗りした時以来で、あの時も落ちつかない気分だった。
ミレーナに気にするような素振りはなく、自然な様子で御者台に戻った。
俺は遅れないように客車へ乗りこみ、移動が始まるのを待った。
ウィニーが二つの馬車の周りを確認した後、移動が再開された。
それから馬車が山道を抜けるのと同時に上空の雲が晴れていった。
山賊が現れたのは一度きりで、それ以降に出てくることはなかった。
馬車は山道からの勾配をゆっくり下り、やがて山間部から平地に出た。
「同じ平らな土地でも、こっちはガスパール王国の方とは雰囲気が違うね」
「こっちの方が草原が広い」
ミレーナはそれだけ言って、前方に注意を向け直した。
山を越えるまでの道のりは平野に畑が多かった。
しかし、この辺りには畑は少なくて、緑豊かな草原が広がっている。
緑一色に染まるような景色だ。
馬車に乗っていると放牧されていると思われる牛が見えた。
どこかで農作物も作っているはずだが、この周辺では酪農が中心だと思った。
のどかな風景に心がほっこりする。
やがて遠くに町が見えたところで、ようやく安心することができた。
山賊襲来は想像以上に衝撃が大きかったことを実感した。
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