第30話 王都を発つ時

 エリーが間に入ったことで、俺と内川は話を中断した。

 何だか気まずくなり、どちらともなく部屋を出て洋館を離れた。

 宿に戻ってからは考えがまとまらず、なかなか寝つけなかった。

 異世界に来てから、内川と意見が合わないことが増えている。


 


 翌日の早朝、自然と目が覚めて、遠征に向かう日だったことを思い出した。

 身支度を整えて、荷物を確認して部屋を出る。

 宿屋の女将さんには状況を伝えてあるが、出発前にあいさしておきたい。


 一階の食堂とロビーが合体した空間に行くと朝食を準備中だった。

 給仕の女性が料理を運び、女将さんは帳場にいる。

 お金の計算中のようで難しい顔をしていた。


「おはようございます」


「あらあら、カイトちゃん」


「また王都に戻ってくると思うので、その時はよろしくお願いします」


「いつでも戻ってきてね。悪い人にはついてっちゃダメよ」


 女将さんは世話焼きのお母さんのようだ。

 彼女と話していると地球にいる母親のことが思い浮かぶ。

 

「はい、大丈夫です」


「そうそう、これよかったら朝ご飯に食べて」


 差し出されたのは包装してあるサンドイッチだった。

 女将さんの親切に心が温かくなる。


「ありがとうございます」


「じゃあ、行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 女将さんに送り出されて宿屋を出発した。

 すでに歩き慣れた道を通って、皆が集まる洋館に向かう。


 洋館の前に着くとほぼ全員揃っているように見えた。

 まだなのは内川だけのようだ。


「おう、カイト」


「おはよう」


 ウィニーが普段通りの様子で声をかけてきた。

 昨日の今日で複雑な思いはあるが、敵意のない彼を邪険にするのは抵抗がある。

 自分を仲間として引き入れくれたことにおいて、全てが悪いとも思えない。


「移動はあの馬車だ。ジンタが集合したら出発する」


 洋館の手前の道に二台の馬車が停まっている。


「どっちに乗ってもいい?」


「それなんだが、席順は決めてある。それ通りに頼む」


 馬車A:エリーとウィニー ジンタ、ルチア、サリオン

 馬車B:ミレーナ カイト


 ウィニーの説明で、このように分かれると知った。

 エリーを守るために彼が同乗するのは必須で、それ以外にルチアとサリオンがいた方がいいそうだ。

 さらにジンタはルチアと一緒にしておきたいらしい。


 ひとまず、内川と別の馬車になって気が楽になった。

 関係修復が上手くいっておらず、顔を合わせても気まずいだけだ。

 異世界に来てからは折り合いがつかないことが増えているな。


 俺はミレーナのいる方の馬車に移動した。

 彼女の姿が見えて、出発の準備をしているようだった。


「同じ馬車みたいだね。よろしく」


「うん、そうみたい」


 ミレーナはいつも通りの低いテンションだった。

 俺に言葉を返してから、淡々と荷物の確認を進めている。

 彼女は口数が多いわけではないが、内川と二人きりになるよりはずいぶんマシだった。


「カイト、荷物はそれだけ?」


 ミレーナの様子を見守っていると、彼女がぼそりとたずねた。

 表情の変化は乏しいものの、気遣ってくれているように見える。


「そう、これだけ。もしかして、足りない?」


「食料はウィニーが分けてくれるとしても、着替えや寝袋は最低でも必要」


「……今から買いに行くわけにもいかないよね」


 このタイミングで足りないものがあるのは厳しい。

 自分のためだけに時間をずらしてもらうわけにもいかないだろう。


「途中で立ち寄る町で買えばいい。どこに寄らないことはないから」


「ありがとう。困るところだった」


 着替えは用意してあるが、そこまで多くはない。

 さらに寝袋に至っては最初から持参していないのだ。


「おっ、ジンタ。遅かったな」


 ウィニーの馬車の方で声が聞こえた。

 視線を向けると内川が馬車に乗りこむところだった。


 俺たちが和解するにはもう少し時間が必要で、顔を合わさずに済んでよかったと思う。


 それからミレーナの準備が整い、ウィニーの方の馬車も出られるタイミングで出発した。

 まだ朝早い時間なせいか、通りを歩く人はまばらだった。

 おそらく、ウィニーは目立たないようにと考えたのだろう。


 こんな時間でも見張りの兵士はいて、門番のように立っていた。

 サリオンやミレーナは顔バスだったが、ウィニーは兵士と笑い合っている。

 当然ながらあっさりと通してくれて、二つの馬車は街道に至った。


 ここからウィニーとエリーが目指す場所への旅が始まる。

 追放された側が捲土重来を期するならば、戦いは避けられないように思う。

 普通の高校生の自分がどこまでついていけるのか。

 今の時点では未知数だった。


 馬車が王都から離れるほど、周囲の人工物が減っていった。

 少しずつ太陽が上がり、街道を照らすように陽光が降り注ぐ。


「ミレーナは御者もできるんだね」


「馬の扱いは得意」


 ミレーナは前を向いたまま言った。

 馬の動きに集中しているようなので、邪魔をしない方がいいのかもしれない。

 話し相手がいないと少し退屈しそうだが、見知らぬ世界を旅できるという捉え方もできる。

 そんなふうに考えられるのは今までの自分では考えられないことだった。


 きっと自分はこの旅を通じて、さらなる変化を遂げるのだろう。

 そう直感しつつ、馬車から見える景色をぼんやりと眺めた。

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