第3章

第29話 打ち明けられた秘密

「……まずはジンタのことだ」


「えっ、仁太がどうしたの?」


 彼に何かあったのだろうか。

 ウィニーは言いにくそうな様子だ。


「この後に話すことにもつながるが、あいつはいずれおれたちを裏切る」


「……裏切る?」


 ウィニーの言葉は断定的だった。

 まるで未来を見通せるかのように。

 まさか、彼も魔眼に近いスキルを……いや、その可能性は低い。


「お前にどう見えるか分からんが、こう見えて海千山千の男なわけよ。そんなおれの経験からすれば、あいつは何かあった時に裏切る可能性が高い――ということだ」


「そう言われてもどうすればいいのか……。ちなみにもう一つの内容は?」


 根拠がウィニーの直感ではどうすることもできない。

 まずは別の話題も聞いておいた方がいい。


「頃合いを見計らって話すつもりだったが、エリーはとある国の王女だ」


 ウィニーはそう打ち明けると、そのまま説明を続けた。


 元々エリーは王女でウィニーは彼女に仕える剣士だった。

 ある日、国家転覆を図る勢力に国を追われて、ガスパール王国の王都にたどり着いた。

 彼らは捲土重来を期するために反攻のタイミングを窺っていたという。

 

「ルチアとサリオン、ミレーナは協力するために」


「そうだ。事情は話してあるが、協力は取りつけてある」


「サリオンは弓の使い手としては優れているけど、大規模な作戦に向いているように」


 一対一ならばともかく、規模が大きい時に


「お前は知らないだろうが、人族は風の森のエルフを無下にできない。あいつが一緒にいるだけで、色んなことがやりやすくなる」


「……それも本人が同意しているってこと」


「その通りだ」


 ウィニーは内川がいずれ裏切る可能性が高いと言った。

 しかし、俺からすればウィニーに重要なことを隠されたような印象が拭えなかった。

 王都での生活に困らずに済んだことについては恩人だが、それで全部が帳消しになるとも思えない。


「少し時間がほしい。大きな話をされても判断が難しいから」


「もちろんだ。お前がジンタを同行させることにしても構わないが、おれの言葉も忘れないでくれ」


「分かった」


「話は以上だ。明日には出発するから、今日中に結論を知りたい」


 俺はウィニーに頷いて返して、部屋を出た。

 いつもの部屋に戻るとエリーに加えて、内川とルチアが訪れていた。 


「よっ、おはよう」


「……おはよう」


「どうした? 今日は元気がないな」


「いや、いつも通りだよ」


 ウィニーと話したばかりで、先ほどの内容が脳裏をよぎる。

 内川が裏切る可能性が高いのならば、俺はどうすればいいのだろう。

 少なくとも今は何ごともない風を装うことぐらいしかできない。


 内川の近くにいると打ち明けてしまいそうで、ルチアの方に近づく。

 彼女はテーブルに置かれたブドウを食べているところだった。


「それ美味しい?」


「なかなかいけるっすよ」


 ルチアは一つの房を掴んで、こちらに差し出した。

 みずみずしい果実に魅力を感じるが、食欲は湧かなかった。


「今はいいかな」


「そういえば、カイトはどうするんすか?」


「えっと、どうって?」


 不意を突かれたような反応になった。

 ルチアがウィニーの計画について話していることが分かったからだ。


「遠征のことっすよ。ジンタにはあたしから説明してあるっす」


「どうしようか考え中かな」


 内川の方にちらりと視線を向けると、彼は落ちついた様子だった。

 今初めて聞いたわけではないようで、ルチアから大まかなことは教えられたように見える。

 もちろん、いずれ裏切るかもしれないとは本人に伝えていないはずだ。


「僕は行ってみるつもりだ。これ以上、ルチアにしごかれるのも大変だし」


「分かった。俺も行こう」


「よしっ、決まりっすね! 団長に伝えてくるっす」


 ルチアは足早に部屋を出ていった。

 内川と並んで椅子に座り会話を続ける。


「僕は別々に行動するのはよくないと思うんだ」


「俺も同じ考えだよ。目的地までの地理もよく分からないし」


「ウィニーに何か事情があると思ったが、想像以上だった」


 内川は遠くを見るような目で窓の外に顔を向けた。

 エリーは席を外しており、彼女の姿は見当たらなかった。


「そっちは実戦に近いことをしているみたいだな。僕の方はルチアとのトレーニングばかりで、何かあった時にどれだけやれるか不安だらけだ」


「危ない時はスキルがあるじゃん。それで隠れたら無敵だよ」


 フォローしたつもりだったが、内川は複雑な表情を浮かべた。

 何か気に障ることを言ってしまっただろうか。


「……俺は運動神経がいいわけでも体力があるわけでもない。ゲームの主人公みたいに機転が利くわけでもない」


「……内川」


「おまけに魔法は簡単に覚えられない上に、生まれ持った素養で決まるそうじゃないか。ウィニーに協力したいのに、俺には何もできそうにない」


「ミレーナは魔道具を作れるし、サリオンは弓を教えてくれるかもしれない。悲観しすぎじゃないか」


「お前は変わったな。前はそこまで前向きじゃなかった」


「――えっ?」


 友の言葉が胸に突き刺さる。

 これまでに悪態をつくようなことは一度もなかった。

 それなのに、今向けられた言葉には敵意がにじんでいる。


「――仲間割れはやめなさい。戦いの最中なら死んでいるわよ」


 感情が揺らぐ中、部屋に戻ってきた声で現実に引き戻された。

 凛とした声を発したのはエリーだった。



 あとがき

 お読み頂き、ありがとうございます。

 本日は昼と夕方にもう二話更新予定です!

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