第28話 アルミンの救出

 彼女の歩みに迷いはないように見えた。

 それが分かっていても、止めようと手を伸ばしそうになる。


「ちょっ……」


 ほぼ丸腰の自分は近づくべきではない。

 本能に押しとどめられるように足を止めた。


 ミレーナを見守っていると手にした杖の先にある球体が発光した。

 直後に突風が巻き起こり、太いツタが見る見るうちに切り裂かれる。

 不可視の刃が回転しているような鋭さがあった。


「……風の魔法?」


 瞬く間にツタが散らばり、無事なのは花の部分だけだった。

 ミレーナは俺に言ったことを守るように、決して正面には立たなかった。 


「カイト、アルミンを助ける。こっちに来て」


「分かった。花は切らなくていいの?」


「森の生態系が崩れる。太いツタがなければ脅威にならない」

 

 彼女は質問に答えた後、アルミンを助けようと促した。

 二人で近づくと顔に生気はあり、気を失っているだけのようだった。

 

「少し待って」


 ミレーナは杖の先端をアルミンに向けた。

 球体の部分から柔らかい光が出て、彼をベールのように包みこんだ。


「……はっ、ここは?」


「私はミレーナ。村長の依頼であなたを助けにきた」


「そ、村長が?」


 アルミンは意識が朦朧としているようだった。

 俺は荷物から自分の水筒を取り出して、彼に差し出した。


「……君の名前は?」


「カイト。ミレーナの仲間だよ」


「これもらうな」


 アルミンは水筒でのどを潤してから、少し顔色がよくなった。

 

「ありがとう。ここはポイズンプラントの近くだから、早く逃げた方がいいよな」


「それなら大丈夫」


 ミレーナが杖の先で状況を示した。

 アルミンはそれを目の当たりにして、両目を見開いた。


「嬢ちゃんは魔法使いか。それでここまで」


「新芽が目的なら採取して。私とカイトが村まで同行する」


「それは助かる。少し待ってくれ」


 アルミンはポイズンプラントの脇から生える若い芽を摘んだ。

 彼の採取が終わった後、三人で来た道を引き返した。


 やがて幻魔の森の入り口が見えた。

 そこを通過するまで生きた心地がせず、村が近づいたところでどっと疲れが出た。

 

 アルミンは意識を取り戻したばかりなのだが、村に到着すると一人の女性のところに走っていった。

 おそらく、彼女が婚約者のスザンナだろう。

 アルミンを横目で見ながら村に入り、俺たちを待っていた様子の村長へと歩みを寄せる。


「ありがとうございました。よくぞご無事で」


「ポイズンプラントや毒キノコがあるから、村の人は入らない方がいい」


「ええもちろん、村人には立ち入らないよう徹底します」 


 村長はミレーナの言葉に何度も頷いた後、何かが入っている布袋を差し出した。

 状況からして中身が何であるか察しがついた。


「今回の依頼料です。村には馬がないため、王都まで納めに行くのは大変でして。どうかお受け取りください」


「分かった。ウィニーに伝えておく」


「ところでお腹は空きませんか? よろしければご用意させてください」


「うん、いいよ」


「じゃあ俺も」


 村長は俺たちの答えを聞くと、最初に話をした村の中心に案内した。

 ミレーナと二人で椅子に座って待つと、次々に色んな料理が並べられた。

 アルミンの無事が喜ばしいことを表すように、ちょっとした祭りのような雰囲気になっている。


 それから村の人たちに感謝されながら食事を済ませた。

 誰かにそこまで感謝されたことはなかったので、心が満たされるような思いだった。

 もっとも、ミレーナの活躍が大きかったことは差し引いて考えるべきだろう。

 今のところ、俺一人で何かを成し遂げることはできそうにない。


 こうして、ミルランの村を離れる頃には夕方の時間になろうとしていた。

 往路と同じようにミレーナにしがみつく状態で馬に乘っている。


 巨大なキノコや植物に襲われながら、怪しい森から村人を助ける。

 そして、魔法使いの美少女にくっついても拒否されない状況。

 学校ではパッとせず、勉強でも運動でもそこそこの域を出ない自分にとって夢のような時間だ。


 実は異世界召喚が全部夢で、目が覚めたら移動中のバスだったと言われても驚かない。

 大変な目に遭ったクラスメイトは気の毒だが、俺自身は順応できている気がする。

 

 手綱を握るミレーナは今も静かで何を考えているかは分からない。

 それでも、彼女と二人で馬に乘っている時間が大事に思えた。

 



 翌朝、ここまでと同じように洋館に向かった。

 前日の幻魔の森のことなどをウィニーと話したかった。


 通い慣れた場所のようにいつもの部屋に行くと、ウィニーとエリーがいた。

 それ以外に人影はなく、二人だけのようだ。


「おはよう」


「昨日はよくやった。幻魔の森はヤバかったろ?」


 ウィニーの言葉から確信犯だったことが窺える。

 あそこが危ないことは知っていたのだろう。


「森のブラウンベアーも危なかったけど、ポイズンプラントはとんでもないよ。ミレーナがいなかったら、どうなっていたか」


「とにかく、無事だったならいいじゃねえか」


「まあ、そうだけど」


「なあ、ちょっといいか?」


 二人で立ち話をする状況だったが、ウィニーに促されて別室に移動した。

 コンパクトな部屋で備品は少なく、普段は使われていない雰囲気だ。


「それで秘密の話?」


「そんなところだ」


 ウィニーは窓際に立つと、少しの間をおいてこちらに振り向いた。


「大事な話がある」


「改まってどうしたの?」


 ウィニーの表情はこれまでに見たことのない固さがあった。

 彼が何を話すつもりなのか、緊張が高まるのを感じた。



 あとがき

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

 本作を気に入って頂けたようでしたら、★で評価を頂けたらうれしく思います。

 引き続きお楽しみ頂けるように更新を続けていきます。


 ちなみにミレーナは強力な魔法使いですが、ウィニーはある目的から彼女を仲間にしました。

 その理由もこの後の展開で明らかになります。

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