第27話 幻魔の森
森の入り口らしきところを通過したところで、「ここからは気を引き締めて」とミレーナの緊張を帯びた声が聞こえた。
幻魔の森というぐらいなので、境界線を越えてから奇妙な感覚がしている。
霧のようなものが立ちこめており、視界を遮るように漂っている。
「私から離れないで」
「そりゃもちろん」
ミレーナがいるから大丈夫なだけで、危険度が高い場所であることは間違いない。
生い茂る木々と霧の影響で昼間なのに薄暗く、今更ながら引き返したい気持ちである。
ウィニーの無茶ぶりに抗議したいところだ。
ミレーナが先行するかたちで歩き、一歩ずつ足を運ぶ。
普段は人の出入りがないようで道なき道といった感じだ。
倒れた木の幹が横たわり、それを乗り越えて進む。
平坦な道を歩くのに比べて負担が大きい。
アルミンを早く見つけた方がいいだろう。
ミレーナから離れないように気をつけていると、道の先が開けた場所になっていた。
大人の胴体と同じぐらいの大きさのキノコがちらほらと生えている。
一見するとファンタジーなテーマパークのオブジェクトに見えなくもない。
「……? 毒キノコ?」
「ダメ、近づかないで」
ミレーナが手で制する。
毒々しい見た目から予想がつくが、触れてはいけないキノコだと理解した。
二人でキノコから距離を保った状態で歩く。
目を離さないようにしていると傘の部分が揺れて、胞子のようなものが舞った。
「あれを吸うと身体がしびれて動けなくなる」
「ひぃっ、それは怖いね」
そんなことを話しているとキノコの近くに小動物が歩いてきた。
いや、このタイミングで近づくと危ないんじゃ……。
案の定、胞子を吸いこんでしまい、バタンと倒れてしまった。
その直後、小動物から一番近くに生えたキノコが地面から飛び出した。
「――えっ!?」
出てきたキノコには手足が生えており、大きな口があった。
あっという間に小動物を掴んで、その口に投げ入れた。
その光景はホラー映画の一場面のようだ。
恐怖のあまり飛びのくように後ずさる。
片足で枯れ木を踏んでしまい、枝が折れる音がした。
音に反応したのか、一体のキノコが近づいてくる。
「しまっ――」
思考が追いつかないままだが、ミレーナが割って入ったことを視界に捉える。
彼女が手にした杖を掲げると冷気がほとばしり、瞬く間に向かってきたキノコが凍りつく。
「ふぅ、気をつけて」
「ごめん、ありがとう」
危ない状況だったこともあり、ミレーナがため息を吐いていた。
ここまで感情を表したのは初めてな気がする。
「今のが魔法?」
「うん」
呆れたような素振りを見せたのは短い時間で、すでに淡々とした様子に戻っている。
こんな森の中で責められてもいたたまれないので、救われるような思いだった。
「キノコはさっきの場所以外にはあんまりいない」
「そうなんだ。大事な情報をありがとう」
ミレーナが前を向いたまま説明した。
控えめな声なのだが、互いの距離が近いことで聞き取れた。
相変わらず足場は悪く、道なき道を歩いてアルミンを探す。
本当にこんなところにいるのだろうか。
さっきのキノコだけでなく、他にも怪しげな植物がちらほらと見える。
普通の村人が足を踏み入れるには危険なところだと再認識させられる。
おそらく、アルミンはミレーナのくれたアミュレットのようなものも持っていないだろう。
「早く見つけてあげないと」
「うん」
ここまで進んできて、ミレーナの足取りが明確にどこかへ向かっていることに気づいた。
彼女は口数が少ないので、詳しいことを適宜話すような性格ではない。
「今更だけど、アルミンのいる場所に心当たりが?」
「うん。この先に高く売れる野草の採取地がある」
「ああ、それを採るために来ちゃったんだ」
「たぶんそう」
幻魔の森に入ったことがあるだけあって、ミレーナは詳しいようだ。
これで目的地は分かったものの、アルミンを見つけてここから早く出たい。
今できるのは彼女の近くを離れずに足元に注意して進むことだけだった。
霧の立ちこめる森を進み続けると、前方に大きく開けた空間があった。
屋根のような木々がそこだけ少なくなっていて、風通しがいいように見える。
ぽっかりと空いた隙間からは青空が覗いている。
「――気をつけて」
ミレーナが俺の直進を手で制した。
これまでに見せたことのない切迫感に緊張が走る。
「……キノコの次は何なの?」
「あそこにポイズンプラントのツタが見える」
ミレーナが口にした固有名詞が分からず、指先で示した方向に目を向ける。
ありえない太さのツタがあちらこちらに伸びており、その中心には毒々しい紫色の花が咲いている。
「あれって、危ないよね」
「絶対に正面に立たないで。花粉に毒があるから」
「キノコの時に学習したよ」
ミレーナの話を聞きつつ、周囲を伺う。
すると、ポイズンプラントの脇に人が倒れているのが見えた。
「ミレーナ、あそこ!」
「あれがアルミン。依頼書にあった特徴と同じ」
「花粉にやられたってこと?」
「前に立たなくても、近づきすぎると花粉の影響を受ける」
アルミンは村の人間だから、あの植物が危険なことは知っているはずだ。
わざわざ近づく理由があるのだろうか。
「どうして、あんなところに?」
「ポイズンプラントの新芽が高く売れるから、それを採ろうとしたはず」
「なるほど」
「気を失った位置がよかった。まだ気づかれてないみたい」
ミレーナはそう言った後、ポイズンプラントに向けて前進した。
あとがき
お読み頂き、ありがとうございます。
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