第26話 行方不明の村人

 観光牧場でポニーに乗ったことはあるが、本格的な乗馬は初めてだった。

 二人乗りだというのに馬は力強い足運びで前進している。

 風を切る感触が心地よく、いつまでもこうしていたいと思った。

 もちろん、ミレーナにしがみついている状況というのもあるのだが。


「ミルランの村まではどれぐらい?」


「お昼までには着く。今日中に森に入りたい」


「人探しなら早い方がいいよね」


「うん」


 背中越しの会話はいまいち盛り上がらず、事務的な内容に終始した。

 ギャルゲーなら彼女を攻略するルートがあるのかもしれないが、今のところそんな気配はない。

 こんなことならもっと女子と話すようにして、コミュ力を高めておくべきだった。


 ミレーナに内心を悟られないように振る舞いつつ、流れる景色に目を向ける。

 街道沿いの風景は日本の都会のように機械的ではなく、どこか牧歌的に見えた。

 王都は全体的に栄えているものの、少し離れてしまえば畑や草原が広がっていた。


 ミレーナとの関係性を維持するため、おっぱいに触らないように気をつけながら座り続けた。

 まさにおんぶにだっこのような状況のまま、ボーナスタイムの終わりを告げるものが見えてきた。


「あそこがミルラン?」


「うん」


 ミレーナは村の外で馬を停めて、俺を先に下ろした。

 その後に彼女は馬が逃げないように縄を木の幹に固定した。


 ミルランの村はアインの町よりも少し規模が小さいようだ。

 アインでは商店や素材屋があったものの、ここには民家しかないように見える。

 見た感じの雰囲気では自給自足に近い生活を送っているっぽい。


 村の入り口から少し歩いたところで、白髪の老人が姿を見せた。

 彼はミレーナの存在に気づき、ゆっくりと近づいてきた。


「よくぞお越しくださいました。旅団の方ですな」


「うん。私はミレーナ。彼はカイト」


「どうも、よろしくお願いします」


 どのようにあいさつすればいいか分からず、とりあえず頭を下げておいた。


「わしは村長のモリッツです。こちらへどうぞ」


 村の中心に木製の椅子やテーブルが置かれており、村人たちの交流の場のようだった。

 今は誰もおらず、俺とミレーナはそこで腰を下ろした。

 モリッツは反対側に腰かけて話を続ける。


「行方不明になったアルミンは婚約を控えておりましてな。恋人のスザンナのため、高価な野草を採取しようと森に立ち入ったようです」


「あの森、幻魔の森は魔力が低い者が入ると迷ってしまう」


 ミレーナはわずかに怪訝な色を見せた。

 彼女がそんな反応を見せる程度には危ない場所ということだ。


「はい、その通りです。村の者には立ち入らんように周知していたのですが、二人の生活のためにアルミンは無茶をしたのでしょう。本来は村で解決せねばならんことですが、旅団の方なら力になってくださると」


 行方不明のアルミンは村で慕われているのだろう。

 こうして、お金をかけてまで探し出そうとなっている。

 そこまで心配された経験はなく、彼のことが少しうらやましく思えた。


「大丈夫。私は幻魔の森に入ったことがある」


「おおっ、それは心強い!」


 神妙な面持ちだった村長だが、ミレーナの一言で表情が明るくなった。

 自分のことではないのに誇らしい気持ちになる。


「アルミンさんの状況が分からないから、すぐに出発する」


「ありがとうございます。どうかお気をつけて」


 村長との情報交換が終わり、ミレーナと一緒に村の外へと向かう。

 最初に姿を見せたのは村長だけだったが、俺たちを見送ろうと数人の村人がやってきた。


「どうかアルミンを見つけてください!」


 村人の中の一人が悲痛な声で訴えた。

 おそらく、アルミンの恋人のスザンナだろう。


「うん、任せて」


 ミレーナはクールに応じた。

 俺は彼女に従い、二人で入り口とは反対方向に進んでいった。


 村を出て歩くうちに緑の気配が濃くなっていた。

 何となく人を遠ざけるようとするような気配を感じた。


「幻魔の森って危なそうな名前だけど、俺が入って大丈夫なの?」


 地元の人でさえも近づかないのに、この世界のビギナーが立ち寄るのは危ないに決まっている。

 ミレーナがいなければ、今すぐにでも引き返すところだ。


「これがあるから大丈夫」


 彼女はくるりと振り返り、俺の腕を取った。

 ドキドキしながら見守ると紐上のブレスレットのようなものを装着させた。


「……もしかして、魔道具?」


「アミュレット。私の魔力が宿っているから、森に入っても影響を受けにくくなる」


「ありがとう。頼りになるよ」


 ミレーナはこちらを向いていたが、ほんの少し恥ずかしそうにして前方に向き直った。

 あるいはわずかな違いだったので、俺の見間違いかもしれない。

 彼女が移動を再開したので、気を取り直して足を運ぶ。


 やがて、明らかに怪しい気配がしてきたところで、注意書きの看板が立っていた。

 何が書かれているかは考えるまでもないが、「この先、立ち入り禁止」だった。


「幻魔の森は入った者の心を乱して、道を変化させて惑わす。私から離れないで」


「分かった」


 ミレーナの声は真剣だった。

 ブラウンベアーの時も危険を感じたが、この森も危険度が高そうだ。

 魔眼の変化に注意を向けておいた方がいいだろう。 

 

 来る者を拒むような気配を感じつつ、重い足を引きずるように前へと進む。

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