第23話 魔眼の秘密

「その目からは魔王の力を感じる」


 リゼットは途中まで淡々した様子だったが、緊張感を漂わせるようになっている。

 何らかの力で魔眼を看破できたとして、これが魔王の力というのはどういうことだろう。


「……いや、そんなはずは」


 勇者召喚でこの世界にやってきた人間の片目が、魔王討伐を目的に付与されるスキルが――。

 魔王に由来があるわけがない。


 ――そう説明したいところだが、会ったばかりの彼女に話してもいいものだろうか。

 この鏡がここに置かれて経過した歳月は分からない。

 そして、リゼット本人がどこかで生きているのかも分からない。

 打ち明けた情報が外に漏れることもあるのでは。


「……誰にも言わない?」


 自分の中で話すことで生じるデメリット、リゼットからもたらされる情報を天秤にかける。

 本当に魔王が関係するのなら、聞いておいた方がいい気がする。


「安心して。鏡の中の私は外界から遮断されている」


「本当に魔王とつながりがあるなら、知っておきたい。俺のことを話すから、リゼットの見解を教えて」


「もちろん。君をだましても私は何も得しない」


 リゼットの言葉からは安心させようという気休めは感じなかった。

 しかし、取り繕う様子が見られないことで、逆に信じてもいいと思った。


「――俺は別の世界から、勇者になるために召喚された」


 ここまでの経緯を話し終えると、リゼットは納得したような反応だった。


「これで辻褄が合う。君の右目……魔眼は勇者召喚で生じた力に便乗して、その身体に宿った」


「そんな、魔王に利用されたってこと?」


「魔王に関しては謎が多い。私の情報の中でも、本体が封印されて十分な力を出せない点に関しては信ぴょう性がある」


 リゼットの話は的を得ていた。

 王城で魔王がやってきた時、影のような存在で実体はほとんどなかった。

 

「ああでも、これからどうすれば……。片目が魔王の一部なら、普通に暮らせないよね」


「隠すかどうか以前に、そのままにしておくのは危険。私が鏡に残された魔力で魔王の影響を押さえつける」


 リゼットの言葉が頼もしく感じられた。

 鏡にこんなことができるのならば、押さえつけることも可能な気がした。


「よかったら、そうしてもらえる?」


「分かった。そうしましょう」


 リゼットに鏡の前に立つように言われて、数歩踏み出した。

 彼女は鏡の中から手をかざして、すっと目を閉じた。


「さあ、君も目を閉じて」


 言われるままに目を閉じる。

 左目はいつも通りだが、右目に違和感がある。

 まぶたに何かが貼りついて、這うように動き回るような。


「ダメ、目を開けないで」


「う、うん」


 リゼットが初めて強い声を出した。

 彼女の制止のおかげで我慢することができた。


「これでおしまい。魔王の影響が出てくることはなくなった」


「……ありがとう」


 右目の上をうごめいていた何かは息の根を止められたように静かになっている。

 それが成功を意味している  あ


「君の役に立てたようでよかった……残された魔力を使い果たしたみたい……さよなら」


「リゼット!」


 彼女が寂しそうな声を出した後、鏡から放たれる光が弱まっていった。

 やがてそれは消え入り、残されたのは普通の姿見だった。


「……ごめん、俺のために」


 リゼットが死んだわけではないと分かっても、悲しい気持ちだった。

 魔王の一部であることを聞けなかったら、きっと大変なことになっていただろう。

 すぐに動き出す気持ちになれず、近くにあった椅子に腰かける。 


 しばらくして人の気配が近づき、それがサリオンであると分かった。


「ふぅ、無事のようですね」


「……うん」


 彼の呼びかけに応じたものの、まだ気持ちの整理がついていない。

 リゼットのことを話そうとは思えなかった。


「こんなところに一人でいたら、恐ろしくもなりますね。見回りも終わりましたし、帰りましょう」


「そうだね、帰ろう」


 サリオンと部屋を後にした。

 どうやら、リゼットの鏡があった場所は地下の一角だったことが分かった。

 一階への階段を上がってから城の外へと歩く。

 

 城内から外に出ると空気が新鮮に感じられた。

 鼻から息を吸いこみ、口から吐いてを繰り返す。

 特に地下の部屋は埃っぽかったので、いくらか吸ってしまった気がする。


 二人で城の前を離れて、誰もいない古城の敷地を後にした。

 見回りが終わったので、これで帰るだけだ。

 街の中心に近づくと、にぎやかな街の気配が感じられた。


「古城の見回りは報酬もいいですし、今日は天気もいい。私は馬毛亭で一杯やって帰ります。君は好きにしていいですよ」


「こんな時間から飲むんだね」


 足元の石畳をさわやかな陽光が照らしている。

 これから昼になろうかという時間帯だ。


「君の故郷ではなじみがないことですか? 冒険者連中もちらほらいますよ」


「いや、口出しするつもりはないよ。今日は助けてもらったし」


「さっきはケガがなくてよかったです。それじゃあ、馬毛亭は向こうなので」


 サリオンは上機嫌な様子で歩き去った。

 おそらく、酒が飲めることがうれしいのだろう。

 特にやることもないし、洋館に戻るとしよう。

 

 移動を再開して、ふと魔眼のことが気になった。

 人通りがまばらになったところを見計らって、スキルを表示する。


 名前:吉永海斗

 スキル名:転ばぬ先の魔眼

 能力:所有者の危機を予知する

 状態:大魔法使いリゼットによる封印――魔王の影響の無力化


 今までになかった項目が追加されている。

 リゼットがしてくれたことは効果があるようだ。




 あとがき

 今回は魔眼の秘密が垣間見えるエピソードでした。

 お読み頂き、ありがとうございます。

 本日18時頃にもう一話更新予定です!

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