第22話 不思議な鏡
コツン、コツンと足音が響く。
城内の手前の方は窓や隙間から日光が差しこんでいたが、奥に進むにつれて薄暗くなってきた。
ミレーナお手製である、蛍光灯型の魔道具がなければ何も見えないだろう。
「……普段はたいまつでも使ってるの?」
沈黙が続いていたので、サリオンに声をかけた。
彼がいるとはいえ、古びた城の中を歩くのは心細いのだ。
「大抵はそうでしょう。城の素材は石材ですし、燃えるものも残っていませんから。ただ、たいまつだとやけどに注意することで注意が散漫になるので、この魔道具の方が安全で適しています」
「まあ、そうだろうね」
俺は適当な返事を返した。
途中から彼の話が耳に入ってこなかった。
なぜなら、廊下の脇に置き去りにされた甲冑が目に入ったからだ。
薄暗い空間にひっそりと佇んでいる様は恐怖心を刺激して、その姿は国民的RPGに登場するさまよえる鎧を想起させる。
ゲームの中ではモンスター扱いだが、実質的にはお化けのようなものではないか。
この状況で動き出しでもしたら、恐ろしさで心臓が止まりそうだ。
何でもありの異世界とはいえ、中身が空の甲冑が動き出すことはなかった。
肝が冷えたことを実感しつつ、サリオンと城内の廊下を歩く。
どれぐらい歩いたか思い出せないが、それなりに歩き回った気がする。
「さて、もう少しです」
「それはよかった」
思わず弱々しい声が漏れる。
サリオンはサクッと見回りを終える気でいるのか、特に気遣いを見せなかった。
少し薄情に思えてしまうが、早く終わらせたい彼の気持ちも理解できる。
やがて奥まった部屋に入ったところで、ここで最後だと説明があった。
二人で室内をチェックして異常がないかを確認する。
ここまでに不審者の侵入はなく、目立つ問題はなかった。
「んっ?」
さあ、これで終わりだと思ったところで、片足に何かが当たったような感触があった。
そのまま反対の足を床に着地させるとめりこむように床が沈みこむ。
「……しまっ――」
あっという間に転がり落ちて、階下の床に投げ出された。
身体に鈍い痛みがあるものの、そこまでひどくはない。
魔眼の反応がないので、致命傷にはならなかったようだ。
「……ここはどこだろう」
魔道具を手にしていたのは不幸中の幸いだった。
周囲の様子を確かめることができる。
光で照らそうとしたところで、上からサリオンの声が聞こえた。
「――おーい、無事ですか?」
「うん、大丈夫」
「他から回れないか調べてみます」
彼がそう言った後、どこかに離れていく気配がした。
このまま一人は心細いので、早く合流したいところだ。
魔道具で周りを照らすと壁には古びた絵が飾られていた。
日本でいうところの戦国絵巻のように人同士が戦う様子が描かれている。
周囲に目を向ければ、倉庫というよりも誰かの私室だったことが分かる。
天井に近い壁に通気口のような隙間があり、部分的に外の光が差しこんでいる。
どこかに出口はないか調べてみると、大きな鏡が置かれているのに気づいた。
王族の姿見として使われていたようで、鏡の縁に凝った装飾がされている。
ふと、鏡の部分から淡い光が漏れているのが目に入った。
導かれるように鏡の前に立つ。
近くに誰もいなかったはずなのに、鏡の中に女性の姿が浮かび上がった。
「うわっ、びっくりした!」
城に潜む亡霊が映ったのかと思い、腰を抜かしそうになる。
慎重に後ろを振り返るが、誰も立っていない。
サリオンと二人なら背を向けて離れる一択だが、自分一人の状況で同じことをするのは勇気が必要だ。
冒険者や歴戦の戦士でなくとも、背中を見せるのがどれだけ危険なのか分かる。
冷や汗が出そうな感覚になりながら、鏡の方へと視線を戻した。
「――私の名前はリゼット」
「ひっ、しゃ、喋った!?」
鏡の中に3D映像が投影されたように、彼女は口を動かして話している。
俺は深呼吸して、改めて視線を向け直した。
「……えーと、どうなってるの?」
恐る恐るたずねると、鏡の中のリゼットは反応を示した。
あたかもその場にいるように臨場感がある。
「この鏡は私の魔力と記憶を移したものにすぎない。本当の私はどこか別のところにいる」
「へえ、そうなの」
リゼットは赤い髪を肩の辺りまで伸ばしており、ミレーナとは異なった意匠のローブを身につけている。
そこにあるのがコピーされた存在とはいえ、杖を手にした姿から魔法使いであると判断した。
彼女の外見から二十歳ぐらいに見えるが、こんなことができるのならば高位の魔法使いな気がする。
そうなると実年齢はもっと上なのかも。
「君の名前は?」
リゼットについて考えていると質問された。
鏡の中の姿は本人ではないと説明があったが、慣れてくると機械的な話し方をしていることに気がついた。
「俺は海斗」
「……カイト」
リゼットは俺の名前を反芻した後、こちらに視線を向けた。
実体がないと分かっていても照れてしまう。
「君の右目、何があった?」
「えっ、右目?」
魔眼のことを見抜いたのだろうか。
まさかの質問に動揺が隠せなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます