第21話 古城の見回り

 路地を進むにつれて、徐々に周りの建物が少なくなっていた。

 道に沿うように水量のある川が流れており、前方には王城とは別の城が佇んでいる。

 荘厳で息を呑むような完成度の王城に対して、この城は朽ち果てる最中に見えた。


「見えてきたけど、あれが古城かな」


「ええ、周りを見れば分かると思いますが、あまり人が来ません。それに川や茂みが隣接することで動物が入り放題です」


「これだと人が隠れても気づかないし、誰かが手入れをしないといけないよね」


 先ほどのサリオンの話では解体することもできず、かといって使い道がないという話だった。

 手入れは行き届かない状況で、報酬つきの見回りで済ませている状況なのだろう。


「出発前に確認すべきでしたが、武器の携帯はどうなっていますか?」


 サリオンの問いかけに荷物から、鞘に入った短剣を出して応じた。

 彼は鞘から抜き出して、刃の部分をさっと眺めた。


「気を悪くしないでほしいですが、君の技量ではこれを使いこなすのは難しいのでは?」 


「うん、その通り。俺が使っても振り回すだけになると思う」


 そう応じるとサリオンは短剣を鞘に収めて返した。

 彼は腕組みをして顎に手を添えて、何かを考え始めた。

 

「アインの町のように見通しはよくないので、古城の方が危険度は高い。短剣はおまけ程度に考えて、身の危険を感じた時は逃げてください」


「分かった。危ない時はそうするよ」


「素直でよろしい」


 サリオンは満足したように頷いて、古城に向かって歩き出した。 

 城門だった場所にたどり着くと、門は空いたままの状態だった。

 二人でそこを通過して城の敷地に足を踏み入れる。


 城壁の内側に入ると時間が止まったかのような静寂に包まれていた。

 人の気配はなく、城というよりも遺跡という名の方がしっくりくる。

 サリオンは少し進んだところで立ち止まった。

 周囲に目を向けて、状況を確認しているようだ。


「まずは外周の見回りをします」


 彼は手短に説明して城内への道ではなく、城を囲むような通路の方に歩き出した。

 それに続いて足を運ぶ。

 

「ここには誰も住んでないの?」


「見て分かる通り、劣化が進んでいますから。住もうとするのは野生動物かならず者しかいません」


「そりゃそうか。この感じだと、今の城に移ったのはだいぶ前なのかな」


「ガスパール王国の歴史は詳しくないですが、二つを比べた時に今の城の方が防衛力に優れています。魔王に攻めこまれることを想定したという噂も耳にしますが、誰も魔王を見たことがありません。人族同士の戦いもないわけではないので、先王に先見の明があったと見るべきでしょうか」


 うらぶれた城の敷地を歩きながらサリオン――目鼻立ちが整った――の話を聞いていると、ヨーロッパのツアーに行ったような気分になる。

 もっとも、地球にエルフは存在しないと思うが。


 それにしても、この場所は放置されてどれぐらい経つのだろう。

 城の外壁にはツタのような植物が生い茂り、緑色の一本線が引かれたみたいになっている。

 王都の中心から離れているため、時の流れとともに忘れ去られてしまいそうだ。


 二人で外周を回り、一周して城門近くのところに戻ってきた。

 途中で名前を知らない動物が歩いていただけで、何者かが侵入している形跡はなかった。

 お化け屋敷のようで気が進まないが、この後は城内を見ないといけないのだろう。


「さて、外周は問題ありませんでした。あとは城の中だけです」


 サリオンは荷物の中から何かを取り出した。

 それは太鼓を叩くバチのような棒状のもので、何に使うのか分からなかった。


「中は暗いところもあるので、これがあると便利です」


「うーんと、これは?」


「説明するより見せた方が早いと思います」


 サリオンは城の入り口にある大きな扉を引いて、中へと進んでいった。

 とりあえず彼に続いて歩いていく。


「ほらこの通り」


 バチみたいな棒は先の方が光っていた。

 懐中電灯ほどではないものの、窓から日光が差しこむ城内なら十分な明るさだった。

 見ようによってはオタ芸を打つ人が持っているサイリウムのようにも見える。


「へえ、便利だな」 


「ミレーナが作った魔道具です。君の分もありますよ」


 サリオンから受け取り、明るさを確かめる。

 青白い蛍光灯を素手で握っているような感覚だ。

 発光に伴う熱はなく、むしろ少し冷たく感じた。

 素材は陶器とプラスチックを合わせたような硬さだった。


「見回りの続きをしよう」


「では行きましょうか」


 二人で城の入り口辺りから歩き始めた。

 見回り自体は定期的に行われているようで、想像していたよりは埃っぽくない。

 城の外側は劣化が顕著に見えたが、中はそうでもないように思われた。


「意外と中はきれいだね」


「王家に由縁(ゆかり)のある人が掃除に来てくれているそうです。依頼を受けた者は見回りが依頼内容ですから、掃除は含まれません」


 サリオンの説明は分かりやすかった。

 掃除はしないことが薄情とは思えない。

 依頼としてならともかく、無償でやるには負担が大きすぎる。


「――そうそう、言い忘れていました」


「えっ、何?」


「見た目は大丈夫に見えても経年劣化はひどいので、足元には注意してください。他の人の話では床が抜ける場所があるようです」


「分かった。気をつけるよ」


 注意点に耳を傾けつつ、一歩ずつ床を歩く。

 今のところ異常はないように見えた。



 あとがき

 お読み頂き、ありがとうございます。

 本日は20時頃にもう一話更新予定です!

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