第13話 アインの町と依頼達成

 出発前に二人で周囲を確認してから移動を再開した。

 他のブラウンベアーが現れる気配はなく、道に倒れた遺骸を除けて馬車は進んだ。


「未熟なようですが、視野の広さは評価しましょう」


 順調に進みだしたところでサリオンが声をかけてきた。

 親しみが感じられるトーンに少し驚きを覚えた。


「ありがとう。あの時はたまたま見えたから」


「それでも十分です。気づくのが遅れていたら、積み荷を食べられるところでした」


 彼の中で自分への評価が上がっているのを感じた。

 とはいえ、魔眼という重要事項を伝えるには早すぎるだろう。

 ウィニーを含めた旅団の人たちが信頼に足ると判断できた時、あるいは必要に迫られた状況になることがあれば打ち明けようと思う。


 その後はそこまで話は広がらず、お互いに無言のまま時間がすぎていった。

 やがて辺りに生えた木々が少なくなり、道が開けてきた。


「ブラウンベアーが出たのは予想外ですが、もうすぐアインの町に着きます。抜け道を通った甲斐があちました」


 サリオンは独り言のように言った。

 言葉を返すべきか御者台の方に目を向けると進行方向に小規模な町が見えた。

 すでに目と鼻の先の距離にあり、馬車は町の手前に着いた時点で停車した。


「さあ、仕事ですよ」


 サリオンは御者台を下りてから、俺にも下りるように促した。

 呼ばれるまま荷車の裏側に向かい、次の言葉を待つ。


「積み荷を運ぶのを手伝ってください。丈夫な木箱に入っていても中身は果実。落とさないように気をつけて」


「分かった」


 二人で話していると町から中年の男性が現れた。

 使いこまれたエプロンを身につけており、職人か料理人に見える。


「待っていたよ。それが今回の分か」


「おはよう、ハインツ」


「いつもご苦労なこって。その少年は新入りか?」


 ハインツは興味深げにこちらを見た。

 彼にもイチハ族という種族に見えるのだろうか。


「彼はカイト。ウィニーが拾ってきた若者です」


「ははっ、あんたんとこの団長は飽きもせずに」


 サリオンとハインツの会話に入りこめず、傍らで聞くだけになっていた。 


「与太話がすぎたな。そろそろ荷物を運んでもらうか」


「場所はいつものところで?」


「それで頼むわ。ついでだし、おれも手伝おう」


 三人でそれぞれに木箱を抱えて、ハインツに案内されて町の中を歩く。

 小さな町のためすぐに目的地に着いた。

 彼は食料品店の店主で、商品として果実を仕入れたことが分かった。


「よし、ご苦労さん」


 店の前に木箱を下ろすと、ハインツは俺とサリオンにねぎらいの言葉をかけた。 

 続いて商品になる予定のリンゴを取り出し、小ぶりのナイフで器用に皮をむいた。

 ハインツの技術は曲芸のように見事だった。


「少し青いが、十分食べれるだろう」


 彼はリンゴを切り分けた後、皿に乗せて差し出した。


「では遠慮なく」


「……それじゃあ」


 サリオンが手を伸ばしたのを見て、俺も一切れのリンゴを手に取った。

 鮮度のよさが際立つようにみずみずしい。

 口の中に放りこむと、適度な甘さとさわやかな風味を感じた。


「さてと、依頼料はいつもと同じでいいか」


「王都に来た時に前回分とまとめて、ウィニーにお支払いを」


「今回はここまでだな。また頼む」


「ありがとうございました」

  

 俺はサリオンと二人でお辞儀をして、ハインツの元を立ち去った。


「これで依頼は完了です」


「あとは素材屋に寄るんだった?」


「そうです。ブラウンベアーの素材を回収してもらわないと」


 多少のぎこちなさはあるものの、徐々にサリオンに慣れてきた気がした。

 会話のテンポがより自然になっている。

 

 アインの町は広くなくて、ハインツの店からほど近いところに素材屋があった。

 店先にはシカの角みたいなものや毛皮が転がっており、知らない獣の部位も見受けられた。

 

「ビクター、いますか?」


「サリオンか。何かいい素材でも採れたか?」


 サリオンが店の入り口で声をかけると、中から短めの白髪に無精ひげを伸ばした男性が出てきた。

 こちらもサリオンとは顔なじみのようだ。


「ついさっき、ここへ来る途中でブラウンベアーを倒しました。それも二頭も」


「こいつはたまげた。あの森にいるのは知っちゃいるが、同じ日に二頭もか。早めに回収しておくから任せとけ」


 ビクターは驚いた様子で応じた後、俺の方に視線を向けた。

 それに気づいたサリオンが紹介を始める。


「彼はカイト。ウィニーが拾ってきた若者です」


「お前んとこの団長はそういうの好きだな。少年、さては冒険者になれなかったくちと見た」


 ビクターは勝ち誇ったように言った。

 彼に反発する理由もないため素直に応じる。

  

「うんまあ、そんなところ」


「わしは元冒険者だからな。それぐらいは見抜けるぞ」


「ふふっ、昔と違って今の冒険者にそこまでの権威はない。若い彼に勝ち誇るのはやめておきましょう」


 サリオンの年齢は容姿端麗なことで分かりにくいが、エルフであることを差し引けばビクターと同世代なのかもしれない。

 

「そうさみしいことを言うなって。それよりブラウンベアーのことで思い出したが、町の近くでゴブリンが出るようになったらしい」


「奇妙ですね。普通は人を恐れて人里から離れるものですが」


「何か変だな。そんな急にモンスターや猛獣が活性化するようなことなんてあるのか」


 疑問を抱いている様子の二人を見て、魔王が間接的につながっているような気がした。

 あくまで直感にすぎないが、ブラウンベアーのことも含めて何かが起きているような胸騒ぎがしている。




 あとがき

 お読み頂き、ありがとうございます。

 本日18時頃にもう一話更新予定です!

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