第12話 二度目の魔眼発動

 サリオンの元に駆け寄るとブラウンベアーと戦っているところだった。

 邪魔になってはならないが、魔眼で見た通りなら近いうちに次の一頭が現れる。

 彼と協力すべきであることだけは理解できた。


 助力するにしても、戦闘能力のない自分では足手まといになる。

 俺は担いだままの荷物を置いて、すがるような思いで中を探った。


 短剣と硬貨以外ばかりに意識が向いていたが、底の方に紙袋に包まれた何かを見つけた。

 急いで開けると注意書きが目に入った。

 日本語ではないが、不思議な力が作用するようで読むことができる。


「――緊急時以外は使わないこと。周りに人がいないか注意すること」


 使い方や説明があるのだが、遠くない距離にブラウンベアーがいることで集中できない。

 わずかな時間判断に迷ったものの、サリオンに声をかけることに決めた。


「サリオン!」


「カイト? 中にいるようにと――」


「それより、これの使い方を」


 注意書きの下にあった、黄色の宝石のような石を掲げた。

 サリオンが呼びかけに反応して振り返る。


「雷の魔石……なぜそんなものを、いやそれより――」


 彼はブラウンベアーとの距離を見極めながら、こちらに飛ぶような足捌きでやってきた。

 期待半分驚き半分といった様子だった。


「今回の依頼の報酬よりも高くつきますよ」


「それでもいいから、とにかく使ってみて」


「分かりました」


 幸いなことに決意が伝わったようだ。

 サリオンは魔石を受け取ると追跡してきたブラウンベアーへと押し出すように向けた。


 魔石から雷光が生じて、ブラウンベアーに直撃する。

 まるで強力なスタンガンを向けたような威力だった。

 初めて目の当たりにする魔法のような力。

 危険な状況であることを忘れそうになるほどの神秘的な力。


 サリオンはここぞとばかりに矢をつがえてブラウンベアーへと放つ。

 頭部に連射されたことが決め手になり、重量感のある体躯がずしりと倒れた。


「やれやれ、危ないところでした」


 ホッと息をつくサリオンだが、俺は脅威が去っていないことを知っている。

 魔眼の説明をするには時間が足りない。

 とにかく、彼を説得しなければ。


「さっき木の陰に、もう一頭いた」


「まさか、ブラウンベアーがですか?」


「うん、間違いない」


「積み荷の匂いに誘われてきたのなら、ありえない話ではないのか」


 サリオンは半信半疑といった様子だが、俺の反応を見てウソではないと判断したようだ。

 険しい表情を見せた後、再び矢と弓に手を添えた。


「君は気をつけてください。あと、魔石は?」


「残念だけど、あれで全部」


 サリオンは返事に頷いてから、素早い動きで荷車から矢を補充した。

 その直後、魔眼で見たのと同じようなタイミングでブラウンベアーが現れた。 

  

 普通の高校生――もちろん俺も含まれる――ならば脅威でしかないのだが、二頭目ということでそこまでの動揺はなかった。

 ここまでの状況からして、サリオンが優勢だと分かることで不安が軽くなるのだ。


 魔眼が発動に注意していたが、今のところは反応がない。

 三頭目のブラウンベアーはいないようだ。

 俺は馬車の陰に身を潜めながら、彼の戦いを見守ることにした。


 一頭目との戦いが肩慣らしになったのか、サリオンは落ちついているようだ。

 襲いかかるブラウンベアーに速射を見舞い、足止めに成功した。


「……すごい」


 サリオンは戦いに慣れていて、旅団に入ったばかりではないようだった。

 つまり、すでに何度か依頼をこなしていることになる。

 一定の力がない者に素人の俺を同行させるはずがなかった。


 団長であるウィニーなりの考えがあることに行きつかなかったことを痛感する。

 サリオンはルチア以上に渋っていたものの、こうして俺を守ってくれている。 


 彼はハンターが手負いの獣にトドメを刺すように距離を縮めて、弱点の頭部へと矢が放たれる。


「グゥワアアー!!」


 ブラウンベアーの断末魔の叫びが轟いた。

 少しの間全身を震わせた後、一頭目と同じように倒れた。


「カイト、周囲を確認してください」


「うん、分かった」


 サリオンは自らも状況確認をしつつ、俺に指示を飛ばした。

 スキルである魔眼の力で気づいたわけだが、そのことを彼に説明するのは早い気がする。

 ブラウンベアーは存在感がありすぎるので、いるかいないかの確認程度であれば、素人の俺でも見分けることができた。


「見た感じ、大丈夫そうかな」


「私の方も問題ありません」


 二人で周囲を確かめた後、馬車の近くに集まった。

  

「すまない。私のせいで怖い思いをさせてしまった」


 俺への言葉かと思ったが、馬車につながれた馬へのものだった。

 怯えている馬を撫でて安心させようとしている。

 馬はサリオンに慣れているようで、少しすると落ちつき始めた。

 

「大きなクマが二頭も道に倒れたままになるけど、あれはどうするの?」


「アインの町の素材屋に買い取ってもらいましょう。ブラウンベアー二頭ともなれば臨時収入です。半分は君にあげるので、魔石の分の足しにしてください」


「へえ、お金になるんだ」


 俺は絶命したブラウンベアーをまじまじと見つめた。

 毛皮や肉、それに脂などが換金されるのかもしれない。

 命を奪わずに済めばよかったが、襲いかかられてはどうしようもなかった。

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