第14話 新たな依頼と初めてのゴブリン
サリオンとビクターはだ世間話を続けている。
のどかな風景の中で二人が語らう様子はファンタジー映画の一幕のように映った。
緩やかな空気が流れていたが、それを破るように一人の青年が駆けてきた。
「ビクターさん、うちの家畜小屋がゴブリンに襲われた! 家畜は無事だったが、飼料の穀物を運び出そうとしてる」
青年は息を切らしながら声を上げた。
サリオンとビクターの表情がにわかに固くなり、ただごとではないことが伝わってくる。
「わしとサリオンで見に行こう。家畜小屋の辺りだな」
「ついさっきのことだから、まだいるはず」
ビクターは店の中に駆けこむと、二振りの剣を手にして出てきた。
そのうちの片方をこちらに投げる。
「ほれ、ショートソードだ」
「俺も行った方がいい?」
「いや、サリオンと二人で十分だ。もしも、町にやってきたらそれで身を守りな」
「カイトはここで待ってください」
「二人とも気をつけて」
ビクターとサリオンは青年がやってきた方角へと走っていった。
元冒険者だけあって、年配のビクターの足運びは軽やかだった。
「僕は町の人に状況を伝えてくる。ここまでは来ないはずだけど、気をつけてね」
手にしたショートソードを眺めていると、青年が声をかけてきた。
「うん、分かった。そっちも気をつけて」
「それじゃあ」
青年は肩で息をするような状態だったが、どこかへ走り去った。
ビクターとサリオンの会話では人里には近づかないと行っていたことから、ゴブリンの行動が想定外であることが分かる。
それを踏まえれば、彼が必死で伝えようとするのも当然のことだった。
素材屋の周囲に目を配ってみたが、ゴブリンらしき姿は見当たらなかった。
今のところは魔眼の反応もないようだ。
ずっと立ったままだったので、ひとまず店先の椅子に座ることにした。
腰を下ろした状態で町の様子を眺めてみるが、そもそもの人数が少ないせいか、慌てふためく人の姿がほとんど見当たらない。
それから少しして青年の報告が広まったのか、急いで民家に入る人がちらほらと見受けられた。
「……そういえば、馬車を町の外に停めたままだったな」
サリオンはここで待つように言っていたが、馬のことが心配になってきた。
長居するつもりはなかったようで、荷車につないだままだった。
自由に動ければ抵抗できるとしても、制限がある状態では危険なのではないか。
悪い想像が膨らんでいき、剣を握る手に汗がにじんでいる。
そう遠くはない距離なので、確かめに行ってもいいような気がしてきた。
俺は椅子から立ち上がって、町の中を歩き始めた。
来た時から静かだったが、住人が家に閉じこもったようで誰もいない。
まるでゴーストタウンのように静まり返っている。
自分一人だけが取り残されたような感覚に陥る。
サリオンがいない以上、馬の確認だけはしておきたい。
恐怖と不安に苛まれつつも、重くなった足を引きずるようにして前へと進む。
一人ぼっちで静かな状況にあると、取りとめもない考えが浮かんでは消えていく。
王様が自分たちを召喚しなければ、こんなことにならずに済んだのでは?
もしも、この瞬間が日常であれば、こんなことは考えなかったはずだ。
――きっと俺はどこにでもいる一人として埋没した日々をすごしている。
分かりきっていたこととはいえ、現実を直視するといたたまれない気持ちになる。
胸に湧いたざわつきを鎮めるように声をしぼり出す。
「……やめよう」
今は他にやるべきことがある。
改めて周囲に意識を向けると前方に馬車が見えた。
「よし、馬は無事だな」
首を下に向けて吞気に草をついばむ姿が確認できた。
ざっくり見た感じではゴブリンは見当たらない。
ひとまず安心してよさそうだ。
そのまま馬に近づいて、蹴られないように気をつけながらたてがみを撫でる。
もふもふとはいかないが、ふさふさして気持ちのいい手触りだ。
馬が抵抗することはなく、そのまま草を食べている。
サリオンたちが戻るまで、あるいはゴブリンの件が解決するまでこの状況は続くだろう。
こうして馬と一緒の方が気が紛れていい――。
緊張が緩んだところで、魔眼が発動する感覚があった。
これまでと同じように走馬灯のような映像が流れこむ。
馬のたてがみを撫でてご満悦の自分。
荷車の下に一匹のゴブリンが息を潜めており、無防備な俺の背中に襲いかかる。
「――はっ!?」
まさかこんな状況でと否定したくなる気持ちになるが、魔眼の予測は二回中二回とも当たっている。
馬を巻きこまないように数歩下がって、武器の位置を確かめる。
荷物に差してあるショートソードを掴んで鞘から引き抜いた。
ビクターが手入れをしているようで剣身は輝きがあり、使いやすい重さだった。
剣を構えてゴブリンの襲撃に備える。
そろそろ出てくる頃だが、少し待っても荷車の下から出てこない。
もしかして、俺が無防備ではなくなったことを警戒したのだろうか。
できれば遭遇したくないが、下に隠れたままというのも居心地が悪い。
それにそのままでは馬が襲われる可能性もある。
俺は意を決して、荷車の下を覗いてみることにした。
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