第10話 初めての依頼

 サリオンはさわやかイケメンな風貌だが、エルフが怒っているのは迫力がある。

 表情に大きな変化はなくとも声の調子から明らかな怒りが読み取れた。

 俺は身体がこわばるのを感じており、内川の顔からは血の気が引いている。


「まあ、落ちつけ。ルチアはもう片方のジンタの世話係なんだから平等だろ?」


「人族同士、ミレーナという選択もあると思いますが」


 サリオンは同意を示すことはなく、ミレーナという人の名前を出した。

 対するウィニーが臆せずに切り返す。


「おいおい、あいつが無口なの知った上で言ってんのか。お前がその気なら馬毛亭にかけ合って、二度と酒を出さないようにしよう」


 ウィニーはこういった状況に慣れているようで、終始優位に話を進めていた。

 酒のことが出たところでサリオンが怯んだ。

 勝負ありといったところだ。


「あそこは気に入っています。気が進みませんが、その役割を引き受けましょう」


「さすがはエルフ。損得を弁える利発さは嫌いじゃないぜ」


「それは褒め言葉と受け取りましょう」


 ウィニーとサリオンの話が終わったところで、サリオンがこちらに近づいてきた。


「せいぜい、迷惑をかけないように頼みます」


「……あ、はい。よろしく」


 サリオンはこちらの返事を聞くと部屋を後にした。

 気まずい感じがするので、離れてくれてよかった。


「そっちは大変そうだな」


「ルチアの方がよさそうだよ」


 普通にルチアの方が接しやすいので、俺の方がハズレを引いたような気がした。


 それから、朝食を用意してもらい食べ始めた。

 トーストにハムエッグというシンプルなメニューだった。

 エリーの食事はウィニーが丁寧に準備しており、パンケーキや温かいスープなどがあった。

 彼女はウィニーにとって特別な存在のようだし、実は身分の高い人であるという認識が強まった。



「――ごちそうさまでした」  

 

「おう、食い終わったか。皿はそのままでいいから話を聞け」


 俺と内川が食事を終えたところで、ウィニーが近くを通った。

 それぞれの顔を交互に見て、おもむろに口を開く。

 

「どっちも戦闘経験はないみたいだが、ジンタは運動能力もなさそうだな」


「……スポーツは陽キャの嗜みだ」 


 ウィニーの指摘に反発するように、内川はぼそりとこぼした。

 しかし、ウィニーは気にする素振りはなく、そのまま話を続ける。


「まず、ジンタは体力がつくようにルチアに鍛えてもらえ。あいつは身体能力を活かした戦い方が得意だからいい見本になるだろ」


「ええと、俺は?」


「カイトは依頼をサリオンとこなしてくれ。王都から馬車で少しの町だから、サクッと運搬して帰るだけだ」


「……分かった」


 ウィニーは内川の小言はスルーしたが、俺の気の進まない返事には反応した。


「ああ、サリオンは悪いやつじゃないから、心配するほどのことはない」


「……それならまあ」


「危険はないと思うが、何かあったらあいつに守ってもらえ」


「うん、そうする」


 俺のスキルである魔眼は危険回避はできても、自分から攻撃できるわけじゃない。

 ウィニーの言うように力を借りた方が安全だろう。


「馬車の手配はおれがやっておく。それまではこの部屋にいてくれ」


 頷いて返すとウィニーは部屋を出ようとした。


「――それから、ジンタは外に出てルチアに今のことを伝えるようにな」


「……仕方がない。そうする」


 内川は困ったような顔を見せたまま、部屋を出ていった。

 同じ部屋に居合わせるのは俺とエリーという状況になる。

 横目で見やると、彼女は黙々とパンケーキを口に運んでいる。

 

 相手が食事中ということもあり、話しかける勇気が出ないまま時間がすぎていった。


「よーし、馬車が用意できた。御者はサリオンに任せればいいからな。あと、馬も荷台も借りたものだから丁寧に扱うように」


「うっす」


「ルチアの特訓は厳しいはずだから、サリオンと運搬をこなす方が楽だぞ」


「はあ、なるほど」


 ウィニーは悪ふざけをするように笑っている。

 帰宅部校内代表の内川は二次元に傾倒しすぎた結果、かなりの運動不足である。

 ルチアが厳しいトレーニングを課さなければいいが。


「馬車は表に停めてあるし、運搬する荷物は運びこんだ。先にサリオンがいるから、二人揃ったら出るように伝えておいた」


「うん、分かった。それじゃあ行ってくる」


「おう、気をつけてな」


 ウィニーに見送られて部屋を後にした。

 洋館の外には馬車が停まっており、御者台にサリオンの姿があった。


 俺は階段を足早に下りて馬車のところに向かう。

 これ以上、機嫌を損ねられても面倒だと思ったからだ。


「ウィニーから依頼のことを聞いた。俺も行くからよろしく」


「はい、聞いています。荷車の裏から乗ってください」


 サリオンはあっさりとしていた。

 こちらに不満をぶつける様子はない。


 少し拍子抜けするような気持ちで、言われた通りに荷車に乗った。

 上には屋根のように幌がついており、依頼の荷物と思われるものが置いてある。


「カイト、気をつけてな!」 


 大きな声が聞こえたので顔を出す。

 ウィニーが手を振っていたので振り返す。

 そのうちに馬車が動き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る