第9話 海斗の世話係

 サリオンは二杯目のジョッキも軽々と空けており、対するドワーフも負けじと酒を呷(あお)る。

 どうやら中身はエールらしいが、度数はどうなっているのか。

 続いて三杯目が運ばれると、すかさずサリオンはジョッキを掴む。


「やれやれ、あのドワーフも気の毒っすね」


「いい勝負みたいだけど」


「サリオンは華奢なエルフなのに、ありえない量を飲むんすよ。大らかな団長が呆れるほどっすから」


 俺はルチアの話を聞きながら、勝負の行方を眺めていた。

 サリオンの顔色に変化は見られないものの、ドワーフの方は日焼けしたよう肌が赤く染まり始めている。

 ルチアは途中まで近くにいたが、料理が冷めると言って席に戻った。

 

 そして、観衆の盛り上がりがピークになった頃、ドワーフの方がギブアップした。


「ま、参った。こいつは敵わねえ」


「よろしい。褒め言葉として受け取っておきましょう」


 勝負が決すると歓声が沸いた。


「今日もサリオンの勝ちか!?」


「強すぎて賭けにならないな!」


 サリオンは周りを気にすることなく、今度はワインを頼んで飲み始めた。

 酒豪という言葉は彼のためにこそあるのだと思った。


 勝負の行方を見届けた俺たちはルチアのいる席に引き返した。

 椅子に腰を下ろして食事を再開しようとすると、彼女が得意げに言った。


「あたしの言った通りになったっすね」


「うーん、あそこまで強いとは。勝負にならないって感じで」


「ドワーフの連中も楽しそうだし、あれはあれでいいんすよ」


「ふん、そんなものなのかな」


 俺はナイフとフォークを手に取り、少し冷めて表面が固くなった肉を切って口に運んだ。

 そこまで風味は落ちておらず、旨味のある肉汁とソース味が口の中に広がった。 


「どうっすか? 美味しいと思うんすけど」


「うん、美味しいよ」


「ああ、美味しい」


 俺と内川は口々に感想を述べて、肉を切り分けては口へと運ぶ。

 付け合わせのパンと食べ進めるうちに完食した。

 口直しにリンゴジュースを口に運ぶと爽やかな甘みがした。


「そういえば、昼はカツサンドで夜は焼いた肉だけど、野菜も食べた方がいいんじゃない?」


 ルチアのことでもあり、今後の栄養バランスを考えた時に気になることだった。

 食堂ではサラダも出されているようなので、野菜が乏しいわけではないようだ。


「あははっ、何を言ってるんすか。あたしは獣人系の亜人だから、野菜なんてイヤっすよ。そういうのは馬とかウサギが食べればいいんす」


「それはそれとして、ここの支払いはどうすれば?」


「今夜はあたしのおごりっす。お金はあるみたいだから、次からは自分で払うんすよ」 


「おっ、太っ腹」


 俺がおだてるとルチアはうれしそうに微笑んだ。

 わりと調子に乗りやすいようなので、悪い人にだまされないか改めて心配になる。


「支払いは済ませておくから、食堂の外で待つっす」


「はいはい」


「了解した」


 俺と内川は席を立って、食堂の入り口をくぐった。

 外に出ると涼しい風が吹いており、通りを色んな種族の人たちが行き交っている。

 まだ夜になったばかりなので、それなりに通行人がいるようだ。


「エルフの人と話さなくてよかった?」 


「いや、あの雰囲気は気軽に話しかけにくい」


「まあ、分かる気がする」


 俺たちを召喚した王様は受け入れようという姿勢が見られた。

 一方でエルフのサリオンは勇者召喚のことは知らないし、今日が初対面だった。

 旅団の仲間らしいので、また顔を合わせる機会もあるだろう。


 何気なく空を見上げると今まで見たことがないほどの星が輝いていた。

 本来はバスで田舎に行くはずだったので、行った先でも見れたのかもしれない。

 それでも、今はこの瞬間に浸っていたいと思った。




 翌朝、目が覚めると見慣れない部屋の景色に戸惑った。

 まだ夢から覚めていないのだろうか。


「……はっ、そうだ」


 俺はクラスメイトと一緒に異世界転移をしたのだった。

 ガスパール王国の王様の魔王討伐を魔王目的としたと勇者召喚によって。


 昨晩、ルチアに紹介された宿屋は個室が空いており、予想よりも快適な部屋だった。

 聞きかじった知識ではあるが、王都では色んな種族が協力して技術を結集した結果、インフラ整備が進んでいるらしい。

 そのため、洗面台の蛇口を開けば水が出てくる。

 寝る前にシャワーを浴びることもできた。


 俺は改めて発展具合に感動しつつ、身だしなみと着替えを済ませるのだった。


 それから内川と宿を出て、旅団の拠点である洋館に向かった。

 宿屋でも朝食は出るのだが、旅団で用意してくれるらしいので頼まなかった。


 朝のさわやかな空気を浴びながら、通りを歩いて洋館の前に到着した。

 ちょうど近くをウィニーが通りがかり、声をかける。


「おはようございます」


「おおっ、おはよう」


 彼はそそくさと皿を運んで、お互いに自己紹介をした部屋に歩いていった。

 おそらく、同じ部屋にエリーたちがいるのだろう。

 彼の後ろに続くように歩いていった。

 

 空いたままの扉から部屋に入るとウィニーとエリー、それにサリオンがいた。

 ウィニーは食事の準備をしており、エリーは眠たそうな様子で座っている。

 そして、サリオンは何か本を読んでいる。


「サリオンは初めてだよな? そこのイチハ族みたいな二人はカイトとジンタだ」


「ほほう、またスカウトしたんですか?」


「まあ、そんなところだ」


 ウィニーは読みかけの本をテーブルに置くと、こちらに近づいてきた。


「私は風の森のサリオン。よろしく」


「よ、よろしく」


「……よよ、よろしく頼む」


 自己紹介が済んだところで、ウィニーが会話に加わってきた。


「早速だが、サリオンはカイトの世話係になってくれ」


「はっ、何を言っているんですか?」 


 そこまでのさわやかな態度は一変。

 サリオンは怪訝そうな態度でウィニーに抗議した。



 あとがき

 お読み頂き、ありがとうございます。

 本日18時頃にもう一話更新予定です!

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