第8話 風の森のエルフ

 ルチアは意外と責任感が強いようで、買い物の仕方や相場などを教えてくれた。

 武器屋と防具屋について簡単な説明を受けたが、俺たちのような素人はウィニーに用立ててもらった方が無難らしい。

 内川は剣や盾を見たいと駄々をこねたものの、買わないのに冷やかしに行くのは迷惑だとルチアに止められた。


 やがて、夕暮れが近づいた頃にルチアが腹が減ったと言い出した。

 その流れでおすすめの食堂を案内される流れになり、俺たちは一軒の食堂に足を運んだ。

 看板には馬毛亭と書かれており、夕食時ということもあってにぎわっている。


 俺たちは給仕の若い女性に案内されて、空いた席についた。

 樽の底のような丸型のテーブルには何も置いていない。


「あれ、メニュー表は――どうやって注文するの?」


「そんな上品なものないっすよ。ここで出る料理はお決まりものしかないっすから」


「ちょっと、うちのレパートリーが少ないみたいな言い方しないでもらえる」


 席に案内してくれた女性が近くに立っていた。

 彼女はルチアへ抗議しつつ、料理が盛られた皿をテーブルに置いていく。

 じゃがいもとベーコンが乗ったジャーマンポテトのようだ。


「ルチアはいつものでいいわね。二人は新入りさんよね。エールでいいかしら?」


「えーと、ソフトドリンクで……」


「ごめん、何? ソフトドリンク?」


 ここまで変換魔法的なものが効果を発揮していたが、相手が意味を理解できない言葉までは都合よく変換されないようだ。


「お酒以外で」


「僕もお酒はパスだ」


「うちに来てお酒を飲まないのはルチアぐらいだと思ったのに。フルーツジュースでいいかしら?」


 給仕の女性はめんどくさそうな態度だった。

 ある意味、素直でいいと思うことにした。

 相手が美人なので、あまり腹が立たないというのもある。


「ええ、それで」


「それで頼む」


「うん、分かった。あと、わたしはミナ。よろしくね」


「どうも、よろしく」


「よろしく頼む」


 ミナはカウンターへ注文を伝えると、忙しそうに別の席へ注文を取りに行った。


「ふふーん、あんたはああいうのがタイプっすか」 


 ルチアがいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 内心楽しんでいるのを表すように耳がピクピクと動いている。


「そりゃまあ、きれいだと思うけど」


 ミナは栗色の髪をポニーテールにしており、目鼻立ちが整っている。

 活発そうな雰囲気も好感を抱いた理由かもしれない。


「カイトはまだいいけど、ジンタは重症っすね。女の子が苦手と見える」


 ルチアの指摘を受けて、内川はうろたえたように瞬きを繰り返した。


「な、何を根拠に……」


「ははーん、さては童貞っすな。あんたたちは見た目がイチハ族っぽいから、年齢は十代半ばから後半。それで初体験がまだとは」


 ククッとほくそ笑む亜人お目付け役。

 俺もそうなので、内川をかばうようなことが言えない。


「はい、お待たせ! ルチアの分とそこの二人の分」


 中世ヨーロッパに出てきそうな木製のジョッキで飲みものが運んでこられた。

 俺と内川のものは見た目と香り的にリンゴジュースで、ルチアの分はホットミルクのようだ。

 ミナはカウンターを往復して、今度は料理を出していった。


「これで以上ね。追加があれば声をかけて」


 彼女はそれだけ言って、カウンターに戻っていった。


「ミナは人気者っすから、やめといた方がいいっすよ」


「もしかして、からかいたかっただけでは」


 俺がやんわりと指摘すると、ルチアは愉快そうに笑った。 

 

 ――とそこで、少し離れた席の方がにわかに騒がしくなった。


「おーし、負けるな!」


「ドワーフ族の意地を見せろ!」


 様子が気になり、声のする方へと視線を向ける。


「あちゃー、うちのサリオンがまたやってるっすね」


「サリオン……知り合いですか?」


「旅団のエルフっす。賢くて弓術の腕は抜群なのに、酒豪で手がつけられないんすよ」


 ルチアはうんざりするように言った。


「エルフがいるなら、見ていたいな」


「それはたしかに。俺も興味あるかも……あの見てきても?」


「ここで絡まれることはないっすけど、ドワーフは血の気が多いから気をつけるように」


「それはもちろん」


 ルチアは引率の教師のようなことを言って、行きたきゃ勝手に行けと言わんばかりに手で払うような仕草をした。


 俺と内川は席を立って、観客が輪を作りつつある近くまで向かった。


 片方のテーブルには筋骨隆々で背の低いドワーフ。

 反対側のテーブルには絹のような美しい金髪のエルフ――サリオン――がいた。

 二人とも大ジョッキを片手に強気な表情を見せている。


「これで二杯目だ。まだまだいけるよな」


 客の一人が二人を煽るように声を上げる。

 サリオンたちはそれに答えるようにジョッキを傾ける。

 ここからはよく見えないが、水を一気飲みするようなペースだった。


 酒を飲んだことのない俺からすれば、信じられない速さでジョッキが空になった。


「まだまだこれからー!」


「この程度で強気にならないでください」


 威勢のいいドワーフに比べて、サリオンは冷静な態度だった。

 端正な顔つきをしており、声の調子から男性だと分かる。

 

「ヤバい、エルフが目の前にいる……」


 隣でサリオンを見つめる内川は感極まったような声を出した。

 俺は彼ほどの感慨はないものの、同性だと分かっても見惚れるほどの容姿だと思った。

 酒の強さを比べている場面が初対面でなければよかったのに。


 少しがっかりした気持ちになりつつ、サリオンとエルフの戦いを見守る。

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