第7話 ルチア先生の教室

 カツサンドを食べ終わった後、ルチアに別室へ案内された。

 部屋の壁には黒板が設置してあり、ヨーロッパの昔の学校のような趣きがある。

 そこまで広い面積はなく、テーブルが二つと数脚の椅子が置かれていた。 


「適当に座るっす。この部屋の方が説明しやすいし、エリーの近くでうるさくすると怖いっすから」


 ルチアに促されて俺たちは椅子に腰を下ろした。

 彼女はさほど乗り気ではなく、ウィニーに頼まれたからやっているという態度だ。

 それでも教えてくれるところに人のよさを感じる。


「俺たちの故郷は田舎で知らないことばかりなので、基本的なところからお願いします。ルチア先生」


「ふむ、よかろう。まずは街でのすごし方から始めるっす」


 先ほどもそうだったが、おだてるとちょろい。

 ルチアはおもむろに取り出した銀縁メガネをかけて、チョークを手にした。


「最初は一番大事なお金の話から。二人の手持ちはどうっすか?」


 盗賊相手なら答えたくない質問ナンバーワンだが、ここは素直に答えて通貨のことを聞いておきたい。

 城を出る時に受け取りはしたものの、たんまりある硬貨の価値が分からないのだ。


「……今はこれで全部かな」


 俺と内川は荷物から硬貨を取り出して、テーブルの上に並べた。

 二人分ともなるとなかなかの量になる。


「うーん……うん?」


 ルチアは腕組みをして、不思議そうに首を傾げた。

 積まれた硬貨の中から一枚を掴んでいる。

 

「あのー、何か……?」


「これ全部ガスパール王国で流通しているシグル硬貨っすね。二人は辺境の村から転移したんすよね?」


「実は城の人から口止めに渡されたお金で……」


 あまり突っこまれてもボロが出るだけなので、なるべく言いづらそうにする。

 ルチアならそこまで追求しないだろうという読みもあった。


「ああ、そういうことっすか! 転移魔法陣のことが広まったら王様たちは困るっすから」


「たぶん、そうなんじゃないかな。あははっ」


 ルチアが相手だから大丈夫なだけで、勘の鋭そうなウィニーだったら看破されていただろう。

 おバカな亜人認定を詫びて、むしろ感謝したい思いである。


「にしても、これをくれた人はせこいっすね。精度の高い共通硬貨に比べて偽造ができるから、こっちの方が相場は低いのに」


「へえ、シグル硬貨は偽造しやすいんだね」


 俺が相づちを返すと、ルチアはうんうんと頷く。

 内川も彼女の話に興味があるようで、シグル硬貨をつまんで眺めている。

 同じように視線を向けるが、一見した感じでは精巧な造りだと思う。


「あんたたちがここにいるつもりなら、早めに共通硬貨に両替した方がいいっすよ。旅団への依頼は国外に行くこともあるし」


「おっ、依頼。ギルドに出されるような?」


 ファンタジー要素な話題になったところで、内川が反応を見せた。

 

「それは俺も知りたい。旅団がどういうことをするのかにもつながりそうだし」


「うんうん、そうっすね。お金のことは現地実習をするとして、旅団のことにするっす」


 ここまで黒板を使わなかったが、ルチアはチョークで何かを書き始めた。

 そこから講習形式のように詳しいことを教わった。


 深紅の旅団を始めたのはウィニーだが、最初からエリーは一緒だったこと。

 具体的な活動としてはギルドに日々依頼が集まる中で、そこで対応しきれないものを中心に対応している。

 例えばギルドは管轄エリアが決まっているので、二つのエリアを跨いで運搬しようとする際に手続きが煩雑になる。

 一方、旅団はそういった制約がないため、軽快に依頼をこなすことができる。


 すでに体験したようにギルドは実力主義であり、下働きから始めるという概念はなく、スライムを倒すとか、薬草を集めるような依頼はそもそも出ないらしい。

 ザコモンスターが脅威になることはなく、薬草程度なら誰でも集められる上に人気品種に至っては採取地ごとのテリトリーが確立されている。


 そのため、必然的にギルドに寄せられる依頼は素人の手には負えないものになる。

 危険度の高いモンスターの討伐、高難度のダンジョン探索、発見が難しい薬草の採取――。

 ギルドと冒険者にとって信用第一である以上、誰にでも依頼を任せられるわけではないことは筋が通っている。


 ……というわけで、ルチアのまとめでは旅団で活躍して、みんなでハッピーになろうというものだった。

 まだ立ち入ったことを聞けるほどの関係性ではないため、彼女の背景をたずねることはやめておいた。

 

「君は見た目によらず、脳筋キャラじゃないんだな」


「おいおい、それは失礼だって」


「その通りっす。もうあんたには協力しないっすよ」


「……ごめんなさい」


 内川は素直に謝った。

 右も左も分からないこの世界において、ルチアは貴重な協力者の一人だ。

 彼はそれが理解できないほどアホではない。


「ところで俺たちの宿はここなの?」


「いやー、団長とエリーが寝泊まりしているからダメっすね」


「それなら、どこかおすすめを教えてもらえると助かるかな」


「王都で野宿させるわけにもいかないし、しょうがないっすね」


 ルチアはウィニーに任されたこともあってか、引き続き面倒を見てくれるつもりのようだ。律儀なところは頼りになる。

 彼女は黒板消しで書いたものを消すと、部屋の外に出てついてくるように促した。

 

 それからルチアと俺たちは洋館を離れて、街の通りまでやってきた。

 横並びになって石畳の道を歩く。


「お金の使い方ぐらいは分かるっすね?」


「うん、それはさすがに」


「高額な商品だと足元を見てふっかけてくるやつもいるんすけど、食堂や宿屋でそんな話は聞いたことないっす。だから、提示された金額を払えば問題ないっすね。あと、さっき見た中にシグル金貨があったから、あれは出さないようにするっす」


「所持金が多いと分かると、ならず者に狙われるからだろ?」


 内川が得意げに話した。

 それを受けてルチアは感心したような反応を見せる。 


「おおっ、よくできましたっす」


「まあ、異世界ファンタジーの常識だな」


「んっ? イセカイファンタジーって?」


「それはあれ、俺たちの故郷で使う言葉で、深い意味はないよ」


「ふーん、そうっすか」


 会話が途切れたところで、内川にたしなめるような視線を向ける。

 彼は頭をかいて反省しているようだった。


 俺たちが勇者召喚で異世界転移したと話したところで、この世界の住人は混乱するだけだろう。



 あとがき

 ここまで読まれてご存知かと思いますが、ガスパール王国のギルドは入るのにハードルが高いため、有力者の紹介や実力が明白でないと入れない仕組みです。


 本日18時頃にもう一話更新予定です!

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