第6話 差し入れのカツサンド

 自己紹介が終わった後、ウィニーが不思議そうな顔でたずねてきた。


「イチハ族じゃないなら、お前たちはどうしてガスパール王国にいるんだ? 異邦の少数民族が来るには遠すぎると思うんだが」


 彼の態度からは疑いというより、単純な疑問を抱いているような印象を受けた。

 王様は勇者召喚を特別な儀式と言っていたので、そのことは明らかにしない方がいいだろう。

 秘儀を口外したことを理由に処罰を受けたくはない。


「それはその……」


 地理が分からないのに出まかせを話せば、すぐにボロが出てしまう。

 ウィニーは好意的に接してくれるので、なるべくウソを言うことは避けたい。


「教えるつもりはなかったが、僕たちは転移魔法陣で城の中に来てしまった」


 俺が言いあぐねていると、内川が葛藤を抱いているような素振りで話した。

 ウィニーは納得したように何度か頷く。


「やっぱり、城に転移魔法陣があるって噂は本当だったのか」


「城の人たちは知られたくないみたいだから、ここだけの秘密にしておいてほしい」


「分かった。約束は守るし、お前たちの事情も何となく分かった」


 内川の話は作り話なのだが、ウィニーに疑われるよりはマシだと思った。

 勇者召喚について秘密にしておくことの方が優先順位は上だろう。

 

「俺も仁太も知らないことだらけなので、よかったら教えてくれるかな」


「そいつは構わない。ところで、腹は空かないか?」


 ウィニーに問われるまで、腹の調子にまで気が回っていなかったことに気づく。

 のども渇いているし空腹になっている。

 見知らぬ世界に迷いこんだことで、気分の高揚や混乱が影響したのかもしれない。


「よければ、何か食べさせてもらえたら」


「僕もお腹が空いた」


「ルチア、お前が作ったあれ、まだ残ってるだろ。それとこいつらに色々と教えてやってくれ」


 ソファーに寝そべっていたルチアが耳をピクリとさせて起き上がる。

 まるで大型犬を思わせる所作だった。


「ええ、団長がやってくださいよー」


「おれはこれからやることがある」


「しょうがないっすねー」


 ルチアは渋々といった様子でどこかに向かった。

 めんどくさそうではあるが、キレているわけではなかったのでよしとしよう。


「じゃあ、これからよろしく頼むぜ」


 ウィニーは楽しげに言った後、この場から立ち去った。


「ひとまず、座ろうか」


「そうだな」


 俺たちは空いている二つの椅子に腰かけた。

 窓際の席は眺めがよさそうだが、エリーが使用中だった。

 彼女に近寄りがたいと感じるのは出会ったばかりというだけでなく、他者を寄せつけない高貴な気配を感じさせるからだ。


 君子危うきに近寄らないというらしいし、あえて機嫌を損ねる必要はない。

 それに俺たちはここでは新参者なのだ。


 エリーから内川の方に視線を向けた。

 改めて目にすると街の人に紛れるための服が似合っている。

 大臣に厄介払いされたような気持ちは残っているものの、実用的な服を用意してくれたことを考慮すれば悪い人ではないのかもしれない。


「――待たせたっす」


 とそこへ、ルチアが戻ってきた。 

 彼女の手には二枚の皿が乗っている。

 温かい料理のようで湯気が浮かぶ。


「いい匂いがしますね」


「今日の昼ご飯のカツサンドっす」


 ルチアは俺と内川の前に皿を置くと、一仕事終わったと言わんばかりの息を吐いた。

 それから、何かを思い出したようにげんなりした顔になった。

 彼女は表情豊かで見ていて飽きない。


「ああ、あんたたちに教えないといけないんすね」


「先生、俺たちは王都に詳しくないので頼んます」


「しょうがいないなー。団長の頼みだし、断るわけにはいかないっすから」


 ルチアは予想に反して、ツンデレめいた反応を見せた。

 意外にちょろいのかもしれない。


「ところで、君はウィニーのことを団長と呼ぶが、一体何の集まりなんだ?」


 内川は静観していたが、ここで会話に加わった。

 俺も団長と呼んでいる理由を知っておきたいと思った。


「団長が名前を決めた時、単に旅団とだけ名づけた後に団長の髪が濃い赤だから、通り名が『深紅の旅団』となった経緯っすね」


「つまり、旅団の長だから団長と」


「そういうことっす。せっかく作ったカツサンドが冷めるっすよ! さあ食べた食べた」


 俺たちはルチアに押されるまま食事を始めた。


 カツサンドのカツは普段食べるような厚みのあるものではなく、平べったいものだった。

 今までに食べたことのないソースが塗られていて、少しピリ辛でも美味しかった。

 温かい状態で出してくれのはルチアなりの気遣いなのだろう。


 食事を終えたところで口や手を拭こうと思ったが、そんな気の利いたものは見当たらない。

 用意してもらった側が頼むのは気が引けるなーと思いかけたところで、テーブルの上に紙ナプキンのようなものが置かれた。


「ルチアは料理の腕はいいけれど、ガサツなところがある。それを使って」


 差し出してくれたのはティータイム中のはずのエリーだった。

 近くに立つのは束の間で、用は済んだとばかりに席に戻ろうとする。


「ええーん、ガサツはひどいっすよ」


「ナイフとフォークも出したらよかったのに」


 二人は仲が悪いようには見えないが、エリーはルチアに追撃を加えた。

 ルチアは手厳しいっすと苦笑いを浮かべながら応じていた。

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