第5話 まさかのスカウト

 男が拠点へ案内したいようなので、ギルドを出て街中を歩き始めた。

 ママンから知らない人についていくなと教わって久しいものの、今のところ彼に不審な様子は見られない。

 もちろん、魔眼の反応も起きていなかった。

 

「おれの名前はウィニコット。ウィニーと呼んでくれ」


 ウィニーは濃い赤色の髪をオールバックにしており、伸びたひげが印象的だった。

 筋肉質な身体つきでサスペンダーのついた茶色いつなぎのような服を身につけている。

 力仕事が似合いそうな風貌ではあるが、冒険者にしては穏やかな雰囲気だ。


「俺は――」


 名乗ろうとしたところで、内川が慌てた様子で制止した。

 急な行動に戸惑いつつ、彼の話に耳を傾ける。

 

「(苗字を伝えると家名持ちか、身分の高い人かってなるかもな。過大評価されるのは城で懲りたろ)」


「(そういうことか。分かった)」


 俺たちのやりとりを見て、ウィニーが何か訳ありかと口にした。

 特に怪しまれることはなく、ホッと胸をなで下ろす。


「いや、何でもないです。俺は海斗で彼は仁太」


「カイトにジンタか。よろしくな」


「こちらこそ」


「よろしく」


 ウィニーが人のよさそうな人物であることは幸運だった。

 ギルドの酒場は近寄りがたい雰囲気だったので、こんな展開は予想しなかった。


「そういえば、スカウトって何を任されるんです?」


「それは着いてからのお楽しみってやつだ。あと、おれに敬語を使わなくていいぞ」


「分かり……分かった」


「そうだ、その調子だ」


 ウィニーは俺の様子を見て、明るく楽しげに笑っている。

 まるで太陽のように眩しい人だと思った。


 導かれるままに石畳の道を歩き、主要な通りから住宅街のようなところに入った。

 そこから路地を進んだ先に一軒の洋館が建っていた。


「さて、到着だ。遠慮せずに入ってこい」


 ウィニーに促されて、敷地に足を踏み入れる。

 洋館の手前にはバラの花が咲いており、美しい彩りを与えている。

 玄関までの階段を上がって、扉を開いて先に入ったウィニーに続いた。


「お邪魔します」


 床には紅色の絨毯が敷かれていて、外から見たよりも広い印象を受けた。

 ここまで高級感のある建物に入るのは初めてで、思わず周囲を見回した。


「二人とも、こっちだ」


 ウィニーに呼ばれて、玄関前の広間から隣の部屋に移動する。

 歩いている途中で紅茶の香りが漂ってきたような気がした。


 普通の家よりも広い廊下を渡って、今度は一つの部屋に入る。

 ウィニーの後を追うように入室すると、彼以外にも人影があった。


「団長、また捨て犬を拾ってきたんすかー」 


「まあ、言いっこなしだ。お前も似たようなもんだろ」


 部屋の中ではウィニーが誰かと話していた。

 声の様子から女性であることが分かる。


「二人とも、うちの仲間を紹介する。そこで紅茶をすすってるのがエリー。こっちのがルチアだ」


 エリーは美しい金色の髪を背中の途中まで伸ばしており、年齢は十代半ばぐらいだろうか。

 少女に似合いそうなワンピースを身につけている。

 上品な雰囲気を感じさせるが、どこか不機嫌なように見えた。

 

 一方のルチアは灰色の髪に褐色の肌で寒そうな服装だった。 

 俺たちよりも年上に見えるので、たぶん二十歳ぐらい。

 そんな情報が吹き飛ぶほどに、頭の上から二つの耳が出ていることが衝撃だった。


「す、すげ……亜人が目の前に」


 俺以上にインパクトを受けたみたいで、内川は興奮を抑えきれない様子だった。

 ルチアの方を凝視している。


「おっ、亜人を見るの初めてか」


「そんな目で見てほしくないっす。王都を歩けばどこにでもいるっすよー」


 ルチアは内川に抗議している。

 俺たちからすれば珍しいのだが、少なくとも王都では珍しいことではないようだ。


「その辺にしてやれ。こっちがカイトでもう片方がジンタだ」


 ウィニーはルチアをなだめながら、俺たちのことを紹介した。


「はじめまして、よろしく」


「よろしく」


 俺たちはエリーとルチアに対して言った。


「こちらこそよろしくっす」


「……」


 明るく応じたルチアとは対照的に、エリーはガン無視に近い状態だった。

 気分を害したのか心配になり、ウィニーに声をかける。


「もしかして、彼女はご機嫌斜め?」


「ギルドに登録できないはみ出し者をちょくちょくスカウトしてるから、そのことが不服なんだろうよ。それに紅茶の時間を邪魔されたくないのもあるだろうな」


「……ウィニー、今回の者たちは長続きしそうかしら?」


 俺とウィニーの会話が聞こえたのか、エリーはティーカップをテーブルに置いて口を開いた。


「まあ、いけるんじゃないか? 冒険者になろうって気概はあるみたいだぞ」


「ギルドの受付でも思ったんだけど、冒険者になるのって難しいの?」


 会ったばかりの相手に口を挟むのは抵抗があるが、大事なことは確かめる必要がある。

 ウィニーは気分を害する様子は見せず、エリーは表情を変えなかった。


「いやいや、そんなの当たり前だろ。王都に限ったことじゃない。よそでも同じだって――もしかして、お前たちはイチハ族じゃないのか?」


「えーと、イチハ族って?」


 いまいち話が通じていない。

 不安になって内川に助け舟を求めると、何か勘違いしているみたいだと返ってきた。


「ああ、悪い悪い。おれの思いこみだったみたいだな。イチハ族ってのはお前らみたいに黒い髪の人族で刀を使った剣術が得意なんだが、カイトとジンタは帯刀していないもんな」


「勘違いさせたのならごめんなさい。俺たちはイチハ族じゃないし、戦う力も大してない」


「かあー、受付嬢の怠慢でこぼれたイチハ族をスカウトできたと思ったが、おれの見こみ違いだったのか」


 ウィニーは人格者のようで、俺たちを責めるような言い方はしなかった。

 とはいえ、頭を抱えて残念そうにしている。


「行く当てがないから、できればウィニーたちの仲間に入りたいんだけど」


「僕からも頼む」


 二人で話し合うまでもなく、ウィニーは見知らぬ世界に差した光明のようなものだ。

 仲間に入れてもらえば、情報を得ることにもつながる。 


「いやまあ、イチハ族ならいいなってだけで、お前たちを追い返すつもりはないぞ」


「ホントですか?」


「何か訳ありみたいだし、おれたちでよかったら力になる。なあ、エリー?」


 ウィニーは温かな姿勢を見せた後、含み笑いを浮かべながらたずねていた。


「いいわよ。ただ、ウィニーが面倒を見ること。それが条件」


「へいへい、分かったよ」


 エリーの提案にウィニーは逆らえないようだった。

 実は彼女はどこかの没落貴族で……なんてありきたりなことはないか。

 それにこの世界に貴族がいるかどうかも分からない。

 改めて何も知らない状況なのだと理解した。



 あとがき

 今回はイチハ族についての補足です。

 日本人風の見た目の一族で、ガスパール王国から離れたところに彼らの祖国ミナヅキがあります。


 剣術が得意な者が多く、護身用に帯刀していることも多いです。

 海斗たちは同じ種族と間違われそうになりましたが、イチハ族と日本人は見た目が似ているだけでつながりはありません。


 本日18時頃にもう一話更新予定です!

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