第4話 王都とギルド
城の手前の坂は長くゆったりとしたもので、二人で時間をかけて歩いた。
坂が終わると石畳の道が続き、一本道から何本かの道に分かれた。
主要な通りへと続く道とそれよりも幅の狭い道。
――さてここは、どちらの方向へ進もうか。
「あの大臣、地図ぐらい渡してほしかったな」
内川が気だるい調子でぼやく。
「地図ね。荷物を確かめた時に気づかなかった」
「わざわざ来た道を戻るのは面倒だよな」
ここから引き返して、大臣に取り次いでもらうのは時間がかかりそうだ。
「言葉は通じるみたいだし、街の人と話してみるのもいいかもしれない」
「賛成だ。チートが無理ならスローライフを目指すか」
内川とは高校に入ってからの付き合いで、マンガやゲームが好きなところは共通点だ。
ただ、俺の異世界ファンタジーに関する知識は浅いもので、彼の予備知識に頼るべきだと思い始めている。
この世界が都合よくテンプレに当てはまるといいのだが。
道なりに進んで王都に近づくと人通りが多くなった。
城の周りは気軽に立ち入れない場所のようで、さっきまですれ違う人はほとんどいなかった。
「小林とか石井とか、転移魔法陣に入っちまった連中は無事なのかね」
「さあ、どうだろう。生き残ってるといいけど」
「うちのクラスの陽キャたちは気のいいヤツが多かった」
内川は心配そうな様子を見せた。
一年のクラスでは別の陽キャたちにイヤな思いをさせられることもあったが、小林ひなた、石井和馬などは俺たち陰キャに辛い仕打ちをすることはなかった。
少々しんみりした空気が流れたところで、街の活気が増してきた。
王都というだけあって、多くの人が行き交っている。
大臣が気を利かせて着替えさせてくれたおかげなのか、地球人の俺たちが歩いてもさして目立つ様子は見受けられない。
「腹の具合はどう? 露店で色々売ってるみたいだけど」
通りを歩きながら内川に声をかける。
話を振ってみたものの、俺自身はさほど空腹ではない。
「なあなあ、あっちにはエルフ、向こうにはドワーフ。まさに異世界だな!」
「……それはいいけどさ」
他種族に反応する友を横目で見つつ、周囲の様子に注意を向ける。
いわゆる人族だけでなく、複数の種族が通りを歩いていた。
意外にもアジア人風の種族もそれなりにいて、俺たちが目立たないことの一因なのだと気づいた。
「飯もいいが、宿探しや資金調達の方法、この世界の情報も早めに必要なんじゃないか」
「やけに落ちついてるよね。俺はまだ慣れないけど」
「異世界転移の基本だぜ。まずはギルドに行こうじゃないか」
こうして、内川主導でギルドへ向かうことになった。
どういう原理か分からないが、言葉が通じる上に文字まで読めてしまうので、街の人にたずねるうちにギルドにたどり着いた。
看板に冒険者ギルドと書いてあるので間違いない。
「……ここがギルド、ごくり」
詳しくなくとも、ギルドといえば冒険者ぐらいの知識はある。
未来の見える魔眼持ちと絶対領域以外、目立つ武器のない俺たちが足を踏み入れてもいいものだろうか。
入り口の前でたじろぐ俺を尻目に、内川は建物の中へと足を踏み入れた。
彼一人で無茶をさせるわけにもいかず、意を決して後に続いた。
扉の開放された玄関をくぐると、中にはRPGの世界をそのまま持ってきたような光景が広がっていた。
内川は好奇心を刺激されたようで、先に進んで周りを見ている。
部屋の左側が酒場になっており、右側がギルドの受付になっているようだ。
左側にはいかつい男がちらほらいるので、なるべく近づかないようにしておこう。
当たり前のように武器を携帯しているし、何だかおっかない。
こちらの心配をよそに我が友は酒場の辺りへと移動していた。
そのまま放置するわけにもいかず、彼の方へと歩みを寄せる。
丸テーブルでお食事中の面々はほとんどが男で、そのどれも体格がいい。
掴みかかられたら抵抗できそうにない。
俺は冷や汗をかきながら、内川を呼び止めることにした。
「怖そうな人がいるから、ここはやめておこう」
「んっ? ああ、なるほど。吉永の言う通りだな。ギルドの受付を見に行ってみるか」
木製のエールジョッキでのどを潤す男たちを横目で見ながら、反対側のギルドの方へと移動した。
酒場の方から視線を感じた気がしたが、男のうちの一人がこちらを一瞥しただけだった。
俺たちのような小物は相手にする気はないのだろう……おそらく。
先を行く内川に合流して、ギルドの受付に向かう。
ちょうど空いている時間のようで、二人でカウンターに立つと受付嬢がやってきた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。お二人は見ない顔ですね。こちらは初めてでしょうか?」
「……はい、初めてです」
内川は若い女子が苦手なので、口ごもっている。
ひとまず俺が質問に答えた。
受付嬢は制服に身を包んでおり、年齢は俺たちよりも少し年上といった感じ。
髪の毛は金色で肩の上の長さで切り揃えられている。
美人か美人でないかでいうならば、美人に含まれる容姿だ。
「それでは登録が必要になりますが、どなたかの推薦もしくは、実績の分かるものはお持ちでしょうか?」
出だしは愛想のよかった受付嬢だが、途中から値踏みするような気配を発している。
こんなことなら、王様か大臣に紹介状でも書いてもらえばよかっただろうか。
「そ、それなら――」
内川は虚勢を張るように、何かがあるようなことを言いかけた。
しかし、それを視線で合図して制止した。
ご都合主義万歳なのが異世界の常識かもしれないが、必ずしもここで通用するとは限らない。
「どうかされましたか?」
「いえ、彼の勘違いじゃないかなーと」
「左様ですか。それでは今回はご縁がなかったということで」
受付嬢は丁寧な所作でペコリとお辞儀をすると、どこかへ立ち去った。
俺はそれを見届けた後、内川に声をかける。
「不正で手配されるのは困るよ」
「うん、そうだな。止めてくれて助かった」
しょんぼりした友とカウンターを離れて椅子に腰かける。
途方に暮れるほどの状況ではなく、荷物の中には当面の資金がある。
とはいえ、肩を落とす内川を見ていると気の毒だった。
「――おう、お前ら。冒険者になれなかった口か」
よく響く低い声だった。
声の主に目を向けると赤い髪が特徴的な体格のいい男がいた。
力強い瞳と存在感――名のある冒険者だろうか。
「ええまあ、そんな感じです」
「それなら、うちに来ないか?」
「……はい?」
「いわゆるスカウトってやつだ」
突然の出来事に戸惑いながらも、運命的な出会いに惹かれる自分がいた。
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