01-02

 喫茶「コヨーテ」は昔ながらの喫茶店だ。

 所謂、映えというのとは無関係で客としているのは常連ばかり。

 正直、ここはやっていけるのかと心配になるが学生時代から通っていてマスターも寡黙な人のおかげか俺はここ以上にくつろげる場所を知らない。


 だが今日はどうやらくつろげるわけではないようだ。

 というのも目の前にいるのは大学時代の後輩で昔から妙に懐いてくる男だ。

 どうやら悩みがあるらしくコヨーテに呼び出された俺はたばこに火をつけながら悩みを聞く。


「相変わらず重いの吸ってんねぇ」


「うるせぇ、 健康なんて言葉はもう飽きたんだよ。 大体お前だって喫煙者じゃねぇか」


「時代は電子ですよ。 そうもしなきゃ許してもらえない」


 俺は昔から偉ぶれるほどの人間とは思っていないし敬語を使われるのが苦手で俺と口をきく人はほぼため口でしゃべる。

 それが俺にはかえって安心の材料になった。


「そんで、話って?」


「俺、今度結婚するんだ。 式はそんな豪華にはできないけど先輩にスピーチ頼みたくってさ」


 途端に顔にしわが寄る。

 俺がスピーチ? 盛り下げるのが目に見えてる。


「やめとけやめとけ。 もっと適任者はいくらでもいるだろ。 まぁ、二人のことは知ってるけど晴場に俺が出てくるほどでもないって」


「そうかなぁ……。 やってもらいたかったんだけどな」


 俺は新しい煙草に火をつけて頑として言った。


「見に行くくらいならそりゃやるけどこれだけは勘弁。 他あたってくれ」


 後輩は納得できてなさそうな顔をしながら渋々といった感じで

「分かった。 他の人に頼むよ。 ただ、式には来てくれ」

 と答えた。


「あいよ。 早めに言ってくれよ。 祝儀のために貯金しなきゃならんからな」


「分かりましたよ。 それじゃ俺はこれで。 これから新居探し」


 表情に幸せそうな名残を見せながら後輩は席を立った。


「おう。 じゃあ、またな。 あと、結婚おめでとう」


「ありがとう!」


 そのまま俺は出ていく気にもならず新しい煙草に火をつけて一息吸った後、ぬるくなったコーヒーに口を付けた。


(幸せそうでしたね)


(まぁ、いいんじゃないのか)


 ある日から幻聴が聞こえるようになった。

 医者から言わせるとストレスから来るものらしく、頓服で薬は渡されていた。


 1錠、飲む。


 数分すると落ち着きと頭に響くような言葉は消え去った。

 さて、帰るか。


「宇山さん! 」


 コヨーテのマスターの娘が俺を呼んだ。


「どうしたの? 」


「これ! 」


 伝票は置かれたままだった。

 あの野郎、話すだけ話してここの会計は俺に任せるのか。


 仕方なく思いのほかの出費を出し、マスターにお礼を言って扉を開けた。

 御祝儀にならないかな


「うーちゃん」


 マスターから声がかかる。珍しいこと。


「後輩君のはサービス。 うーちゃんだけでいいよ」


 話を聞いていたのか浮かれた顔をした後輩を察知したのかマスターはそう持ち掛けてくれた。


「ありがとう」


 そう言って500円ぽっちのお金を渡して店を出た。

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