第十話 玉間で

 食われる!!

 

 シャオは悲鳴を上げ後ろに飛び退り、尻餅をついた。


 鋭い牙を剥く龍が大扉に描かれたただの絵だと気付いたのは、その数秒後、


「龍の力を与るドラゴンナイトは、心身共に強靭な者だけがなれるものと思っていましたが…」


 呆気に取られたパイハールの呟きが、静かに響き渡る。


 立ち上がるよりも、穴があったら入りたい気分だった。

 シャオは俯きながらパイハールの後に続いて大扉を潜り抜けた。


 するとそこには果てが無いと思えるほどの空間が広がっていた。


「玉間でございますぞ。これから王に拝謁を賜ります」


 パイハールがそっと囁く。


 玉間。王。そうだった。王に呼ばれて、ここまでやって来たんだ。なぜ自分なんかが王に呼ばれるんだ?……ああ、そうだ。ドラゴンナイトになったからだ。


 ドラゴンナイトに。


 深紅の絨毯を踏み締めながら、シャオは頭の中を整理した。

 しかし、整えようとすればするほど、全てが嘘に思えてくる。


 本当にここは王城の中なのだろうか?

 本当におれはドラゴンナイトになったのだろうか?


 入口からは豆粒にしか見えなかったものが、ようやく形を成してくる。


 広大な空間の果てにあったのは確かに玉座で、そこには王冠を戴いた男が座っていた。そして彼の周囲には薄紫色の長い裾を引きずる女たちがいる。ざっと三十人はいるだろうか。


 どこかで見たような衣装だと思っていたら、さらに見覚えのある顔がその中にあることに気付いた。


 思わず相手の名前を呼びそうになったシャオの頭を、パイハールの肥えた手の平が伏せさせる。シャオは押されるまま膝を付き、視界は光沢のある深紅一色になった。

 

「御召しに従い新たなドラゴンナイト・シャオをお連れしました」


 恭しいパイハールの声が玉間に響き渡る。


 シャオの頭上でさざ波のように空気が揺れた。

 すべての視線が今、自分の上に降り注いでいるだろうことを嫌でも感じずにはいられない。


「おお、おお、待っておったぞ。面を上げよ」


 甲高い声が降ってくる。

 絨毯と睨めっこしていたら、横から伸びてきた肥えた腕に今度は顎を上げさせられ、シャオは声の主と対面となった。


 細面にきょろりと目ばかり大きい男だった。


 その目がじっと自分に据えられていることに居心地の悪さを感じ、下を向きそうになると、すぐに横から肥えた腕が伸びてきて、シャオの顎をまた上げさせる。


「なかなかの男振りではないか。さすがはドラゴンナイトに選ばれるだけあって、いかにも勇壮な面構えをしておる。そう思わぬか?パイハールよ」


「…は。真にその通りでございます」


 パイハールの返答に間があったのは、恐らくシャオの気のせいではないだろう。


「ドラゴンナイトの出現は天災と同じよ」


 王は吐息のような言葉を漏らした。


「どれだけ望んでも余らが天候を操れないのと同じように、朝な夕なに祈りを捧げ身を焦がして待ち望んでも、それに応えて現れてくれなんだがドラゴンナイトよ。最も、余は決して天災を望んだことはないのだがな」


「左様にございます」


 パイハールが深く頷くような素振りをしたので、シャオもそれに倣う。なにに頷いているのか、よくわからなかったが。


 階の上から王の言葉は続く。


「こればかりはな、余は守護神である龍を恨まずにはおれぬのよ。なぜもっと多くのドラゴンナイトを寄越してくれぬのか、と。幻影国などという得体の知れぬ国が横行しておる中、いかにドラゴンナイトが最強といえどたった四人では心許無いではないか。しかも、その内の一人はつい先達て死んでしまった」


 王の言葉に思わずシャオは視線を回らせ、エリゼを見た。

 そう、確かに彼女は薄紫色の集団の中に居たのだ。


 シャオと目が合うと、エリゼは眦をつり上げ睨み返してきた。そういえば彼女には、ドラゴンナイトになるのは諦めろと言われていたのだ。シャオは速やかに視線を下ろした。


「真にもって仰る通りでございます。ドラゴンナイト・ロセの死は予想だにしなかった残念な出来事ではございましたが、我らが守護神は決して我が国を見捨てたりはしていませぬ。それが証に、さっそく新たなドラゴンナイトを与えて下さりました」


 パイハールが促すような視線をシャオに向けてくる。


 何か気の利いた言葉の一つでも言うべきなのだろうか?おれに任せて下さいとでも言うべきなのだろうか?


 シャオは冷や汗をかきながら口をぱくぱくさせたが、何も出てこなかった。

 そんなシャオをじっと見下ろしていた王は首を振りながら、


「パイハール、そちの言う通り、ロセの代わりとなる新たなドラゴンナイトは喜ばしいことだが、それでも足りぬ」

 

 と、悩ましげに細い眉を寄せた。


「たった四人、四人だけよ。先々代の王の御代には八人もいたのだぞ。今の倍ぞ。どうして余の代にはたった四人しかおらぬのだ?これだけの巫女を集めておるというのに}


 王の恨めしげな目が周囲の薄紫色の女たちへと向けられる。


「そちらがもっと多くの予兆を受け取れば、ドラゴンナイトも増えるはずではないのか?そのためにそちらを置いておるというのに、未だ予兆らしい予兆をしたことのない者もおるではないか。のう、そうは思わぬか?」


 じとりとした叱責に、恥じ入るように巫女たちが顔を伏せる。


 人と神霊の境が分かたれた時に失ったはずの霊力を未だ持ち、龍の声という予兆を聞くことができる巫女は希少であり、一国の主さえ大切に崇めなければならない存在だと聞かされていたが……。


 シャオの前にいる巫女たちは、人数も多いせいもあってか、希少でも大切にされてるようにも見えなかった。

 

「四人で十分とお考えになることもできましょう。当代のドラゴンナイトには、歴代最強との呼び声の高いベルメザ殿もいらっしゃいます。彼一人で二人分は優に換算できましょうぞ。それにアンドリオス殿もハーラン殿もまだまだお若く、これから何十年も王の御代を支えられましょう。ロセの損失があったとはいえ、不足を感じる必要はないかと存じます」


 パイハールの進言は王の表情を緩ませたが、それでもまだ納得いかないらしく、王は駄々っ子のように唇を尖らせた。


「もっとよ。余はもっと我が御代を守る剣と盾が欲しい。先代の三十倍もの巫女を増やしたはそのためよ。巫女が三十倍なら、授かる予兆も三十倍であるはずではないか?それならば、余の前に三十人のドラゴンナイトが控えておらぬはおかしいではないか」


「―――恐れながら、数多ある予兆の中から龍の声をききわけるは巫女といえど至難の業にございます」


 ガラス細工のような声だった。触れれば割れてしまいそうな。


 ふいに背後から響いたその声に、シャオのすべての意識は奪われた。


「リーシャか」























































































  

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