第八話 ドラゴンナイト誕生

 それからさらに十日の時を経て一次試験がようやく終わり、日々列をなしていた志願者たちの姿もなくなった。


 シャオたちが寝泊まりする待合所には、最終的には十三人の一次試験通過者が詰め込まれることとなった。


 たった十三人と言うべきか、十三人も残ったと考えるべきか。


 シャオにはわからなかったが、ただ一つ確信していることはあった。それは、自分は決して二次試験は突破しないだろうということだった。


 二次試験は最終試験であり、すなわち次の試験を乗り越えた者がドラゴンナイトになる。

 それだけは天地がひっくり返ろうと絶対に無いと、室内に集う強者たちを眺めながらシャオは思う。


 だから、エリゼの忠告は無駄だったのだ。


「いや、そもそもベルメザがロセを殺したっていうのもな…」

「ベルメザがどうかしたのか?」


 耳聡くシャオの独り言を聞き付けたラッカスが、こちらに顔を向ける。シャオは何でもないと首を振った。


「二次試験はどんな内容なんだろうな?」


 待合所の扉が開かれ、今また一人志願者が呼び出された。


 その様子を見つめながら、今度はラッカスにはっきり問いかける。

 食事を運んで来たり、ベッドを整えたり、体調管理をしたりとシャオたち一次試験突破者の世話役たちとも親しく話す情報通のラッカスでもそれはわからないらしく、彼は「さあな」と首を傾げた。


「一人ずつ呼び出してどうするんだろうな?また手合わせするなら、別にここにいる全員を一度に呼んだっていいだろ。一次試験に比べて十三人しかいないんだし」


 二次試験が始まったのは、昨日から。

 十三人の内、四人が昨日は部屋を出て行った。そして誰も戻っては来ていない。


「さあなあ。まあしかし、試験が続いてるってことは、呼ばれた連中はみんな落ちたてことだ」

「簡単に言うな」


 シャオはため息を吐く。


「ここに居るのは、おれはともかく、全員正騎士から一本取ったヤツらだろ。そいつらが落とされるってことは、今度は誰を相手にしてるていうんだよ」


 猛る龍の紋章を身に付けることを許されてる正騎士は、文字通り龍神国の正式な騎士だ。序列の中でも上位に位置する。まっとうな人間の中では、最上級の強さの持ち主たちだ。


「そりゃあ、やっぱドラゴンナイトになるための試験だし、次出てくるのは当然ドラゴンナイトなんじゃねえの?」


 ラッカスは意味ありげな視線をシャオに向けつつ、続ける。


「お前はもうベルメザとはやり合ってるから余裕だろ?」


 ―――次こそベルメザに命を取られたくなかったら―――


 浮かんで来た言葉をかき消すために、シャオは急いで口を開く。


「そういうお前はどうなんだよ?お前の必殺剣でドラゴンナイトに泣きっ面かかせる自信はあるのか?」


「まさか」とラッカスは肩を竦めた。


「あんなの相手にまともに剣が振れるとは思えねえよ。お前が担架で運ばれた後も、会場に居た半分くらいはベルメザ一人で片したんじゃないか?おれもドラゴンナイトを間近で見たのは初めてだったけど、ハンパじゃねえよな。あんなに強えとは思わなかった。体は細そうだし、大して強そうに見えねえのに。しかも、顔もよく見えねえ」


 竦めた肩がぶるりと震える。武者震いではないだろう。意識を失った後の試験会場の様子が目に浮かぶようだった。


「まあでも、ベルメザは歴代最強のドラゴンナイトだっていわれてるくらいだもんな。ほかの二人相手ならまだマシに立ち回れるかもしれねえ。上手くすれば、半泣きくらいにはできるかもな」


 すぐに平素の陽気さを取り戻したラッカスを、シャオは呆れて見つめる。


大山たいざんのアンドリオスと疾風はやてのハーラン相手にか。お前の楽観さが羨ましいよ」

「氷のベルメザに盾突けるお前ほどじゃねえよ。お」


 ノックと共に開かれた扉の方へとラッカスは目を向ける。

 室内全員の視線が集中する中、呼ばれたのはラッカスの名だった。


 ラッカスは勢いよく立ち上がり、シャオの背中を叩くと、


「安心しろ。お前がベルメザとやり合うことは二度とねえから、帰り支度でもしとけよ」


 と震えを押し殺した声で言い、部屋を出て行った。


 その日の午後にはさらに二人が名を呼ばれ、部屋を後にした。

 シャオは彼らの背中をため息とともに見送った。




 次の日の朝にはギルジオの名が呼ばれた。


 彼はベッドの上で胡坐をかくシャオをひと睨みしてから、盛り上がった肩をいからせ扉の向こうへと勇んで行った。


 次に扉が開いた時、呼ばれたのはシャオの名だった。


「ラッカスの嘘吐きめ…」


 シャオは呟き、のろのろとベッドから下りた。


 迎えに来た世話役に連れられて行ったのは、小さな礼拝所だった。こぢんまりとしているが、見事な龍のレリーフがそこかしこに刻まれている。


「中へお入り下さい」


 促され、シャオは礼拝所の門をくぐった。

 世話役はこれ以上は先導するつもりはないらしく、門の手前で佇んでいる。シャオは一人で礼拝所の中へと足を踏み入れた。


 守護神である龍に祈りを捧げるための礼拝所は龍神国の至る所にあり、規模も様々だ。

 シャオの住む田舎町にも大きなものが一つあったが、これほどまでに微細に彫られた龍のレリーフはなかった。さすがは王都と言うべきだろうか。


「でも、こんな小さな建物の中で剣を交えるてことはないよな」


 シャオの独り言が狭い室内で反響する。


 周囲を見回してみたが、ほかに人気は見当たらない。隠れるような場所もないから、礼拝所の中にいるのは、やはりシャオだけのようだ。


 きっと、最終試験の前に龍に祈りを捧げ心身を改めよ、という趣旨なのだろう。

 そう解釈し、シャオは礼拝所の奥に安置されているだろう龍の像を目指した。


 程無く目的のものには辿り着いた。

 しかしそこにあったのは、シャオが予想していたものではなかった。


 数多の龍が飛翔する壁面に囲われたそこにあったのは、金の台座の上で燃える小さな炎だった。


 シャオは息を呑んだ。


 これだ、と直感的に悟った。これがドラゴンナイトへの最終試験なのだ。


 炎へと、シャオは恐る恐る手を伸ばした。そうしなければいけないように感じたからだ。

 すると、小さかった炎が突然うねりを上げ、シャオに襲いかかった。


 悲鳴を上げる隙もなかった。一瞬にして、シャオの体は燃え上がった炎に包み込まれた。まるで巨大な龍の顎に飲み込まれるように。





「ベルメザ」


 名を呼ばれてベルメザは振り返った。


 本当は彼がそこにいるのはわかっていたのだが、ベルメザ自身は話をするつもりはなかった。しかし、名を呼ばれて知らぬふりはできない。


 彼は、今現在ベルメザが無視することを許されないただ一人の相手なのだから。


「やっと現れたな」


 彫りの深い整った顔に笑みを浮かべて、彼は言う。

 ベルメザは視線を向けただけだった。そんなこと確認し合わなくてもわかっている。


「今洗礼を…いや、一応は二次試験というのだったか。それを受けているのは、シャオという名の二十一歳の青年だそうだな」


 彼はベルメザの隣に並びながら続ける。肩越しにベルメザを見下ろしながら。


「お前が唯一試験を通した相手だな」


 ベルメザは見下ろされることを不快に感じながらも、小さく頷いた。だが、銀色の長い前髪に覆われた瞳は、もう彼には向けられていなかった。 

 その視線は城壁の向こう、木々を超え、立ち並ぶ貴族の屋敷の先にある一つの小さな礼拝所へと向けられていた。


 ベルメザの隣に並んだ彼も同じ方向に目をやる。ここからは、城下の様が見渡しやすい。


 ふいに空気が熱をもって震えた。

 今この場でそれを感じたのは、同じ方向を見つめる二人の男だけだっただろう。


 彼は確固たる口調で言った。


「ドラゴンナイトの誕生だ」

































































 















 








































































































































 だから、エリゼの忠告は無駄だったのだ。


「いや、そもそもベルメザがロセを殺したってのもな…」

「ベルメザがどうかしたのか?」


 耳聡くシャオの独り言を聞き付けたラッカスが、こちらに顔をむける。











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