第五話 一次通過のち
「お、目が開いたぞ」
そんな声が聞こえてきた気がした。
ぼやけた視界の中を、誰かが覗き込んでいる。それから、ぱたぱたと足音がして、しばらくした後、自分を取り囲む顔が三つ、はっきりと目に映った。
どうして人の顔が上に浮いてるんだ?
その答えは意識が明確になるにつれ、自然とわかった。
顔が浮いているのではなく、自分が寝ているのだ。それなら、なぜ寝ているのだろうか?
「脈も正常。意識もしっかりしているようだ。起き上がれますか?」
浮いている顔の一つが聞いてきた。
なにをおかしな事を言うのかと思い、起き上がろうとしたシャオの体に激痛が走る。
「いって・・・っ」
呻き声を上げて、シャオはベッドに倒れ込んだ。
「声は出るが、全身に受けた打撲の痕がまだ癒えず――、と。ひとまず問題なさそうですな」
三つの顔の内の二つがシャオの身包みを剝がし、鼻がツンとする泥のようなものをベタベタと体に塗っていく。三人はそれが済むと、「もうしばらく安静に」と言い残して去って行った。
「なんなんだよ。一体・・・」
呆然とするシャオに年の近そうな男が話しかけてきた。多分、開いた目に最初に飛び込んで来た顔だろう。
「全身打撲の意識不明で十日間寝込んでたんだよ。良かったなあ、目が開いて」
「打撲・・・?意識不明・・・?なんで・・・・・・っつ!!」
体に走った痛みが、ようやくシャオを完全に覚醒させた。痛みを堪えて体中を弄る。打撲どころではない。傷が、剣で斬られた傷があるはずだ。
だが、どれだけ探ってもそれらしい傷跡は見当たらない。全身に感じるのは、どうやら刀傷とは違う痛みのようだ。
「斬られてもいなかったのか・・・」
ただ剣圧で吹っ飛ばされただけなのだ。ただそれだけで、十日も意識を失っていた。
歯噛みするシャオに、さっきの男が熱っぽく話しかけてくる。
「それにしてもお前すげぇなあ。見てたぜ、お前がドラゴンナイト・ベルメザに食ってかかるとこ」
シャオが視線を向けると、男はにっと笑った。方えくぼが浮かび上がる。どっかで見た顔だった。
「あれ?お前もしかして・・・」
「おっ、ようやく気付いたか」
方えくぼの男は嬉しそうにシャオの体をバシバシと叩く。殴打を浴びせている相手が、全身打撲を負ってベッドに横たわっていることを忘れてしまったのだろうか。
「お前とは試験の前に話したよな。おれを覚えてるってことは、頭の方も大丈夫だな」
「なんでここに居るんだ?」
というより、ここはどこなのだろうか?
察するに試験で傷を負った者を収容する場所っぽいが、彼は至って健康そうだ。シャオを叩く力も強かった。
見回せば、広々とした室内には五、六人ほどの男たちの姿があった。
そこここに簡易ベッドが置かれ、その上で休む者もいれば、せっせと腕立て伏せをしている者もいる。傷を負ってそうな者もいなくはないが、ほとんどが無傷のようだった。
「おいおいおい、とんまな事を言ってくれるなよ」
笑みを深めて男が覗き込んでくる。
「試験に通ったからここに居るに決まってんだろ。ここは一次試験通過者の待合所なんだよ。晴れてドラゴンナイトに一歩近づいたってことだ」
「へえ、そいつは良かったな。おめでとう」
シャオも笑顔を乗せて返すと、男は奇妙な顔をした。
「なに他人事みたいに言ってるんだよ。お前もその内の一人だぜ」
「一人て、なんの?」
「だから、一次試験突破者の一人だよ」
シャオは目を瞬かせた。しばらくしてから、
「おれが?あの試験を通ったていうのか?」
「そうだよ」
「なんで?」
「知るか」
甲冑の騎士にもベルメザにも敵わなかったというのに。それどころか、ベッドの上から起き上がれもしない。
シャオの困惑を読み取ったのか、方えくぼを覗かせ男は言った。
「まぁでも、ドラゴンナイト・ベルメザとやり合ってたお前はなかなか凄かったぜ。そもそもドラゴンナイトに盾突こうなんてこと自体誰も考えやしないからな。そこんとこのガッツを買われたんじゃないか」
ふんと鼻で笑う声が間に入ってきた。見れば険のある目付きの男がシャオを見下ろしている。
「ドラゴンナイトに歯向かうようなヤツが試験を通るはずがない。ベルメサ様も言ってただろ。お前は罪人だと。どうせ死ぬからと思われ放置されただけだろ」
男はシャオを一睨みしてから、背を向け離れて行った。
方えくぼの男が肩を竦める。
「ベルメザ様だってよ。信奉者は怖えなあ」
言ってから、シャオに向かって白い歯を見せた。
「ラッカスだ。おれはドラゴンナイトに憧れてるし凄えと思うが、女に剣を向けるのはどうかと思うよ。だからお前がベルメザを止めた時は正直ホッとした。勇気あるな、お前」
「シャオだ。あれは、単におれがとんまで相手がドラゴンナイトだって気付かなかっただけだよ。勇気とかじゃない」
「ははは。それもすげぇな」
ラッカスと名乗った男はもう一度白い歯を覗かせ、
「そのドラゴンナイトとやり合ったんだ。命あって何より、だろ。ま、ゆっくり休めよ」
と言うと、シャオの側から離れて行った。
「命あって何よりか・・・」
ぽつりと独り言つ。
確かに死んでいてもおかしくなかった。ベルメザはシャオを殺すつもりでいたのだ。剣圧だけで、殺せると思っていたのだ。
シャオは動けない体で、ただ白い天井を見つめ続けた。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます